第25話 遺跡の扉は二度ノックする ― 未来の残滓を追って

遺跡へ続く草原の道は、朝光にきらきらと光っていた。


「なあミナ。例の“未来の残滓”ってやつ……

 今も動いてんのか?」


『はい。内部構造が周期的に変動しています。

 まるで“呼吸”しているようです。』


「遺跡が呼吸……生きてんのか?」


『生物ではありませんが、

 観測波形に“意図”を感じます。』


「……やめろ、ちょっと怖ぇだろ。」


ジロウが嬉しそうに言う。


「遺跡が呼吸してるとか、

 冒険っぽくて最高じゃないっすか!

 オレもうワクワクが止まらないっす!」


「お前はずっと止まってねぇよ。」


『ジロウの心拍数、通常時の1.6倍です。』


「数値化すんなミナ!」



遺跡の入口に着いた瞬間、三人は言葉を失った。


石造りのアーチが――

昨日までなかった“紋章”で覆われていたのだ。


それは《コメット》の風鈴に似た印。

形は同じなのに、微妙に“歪んでいる”。


「……ミナ。これ、初めて見る形だよな?」


『はい。ですが、基盤波形は

 “あなたの未来ログ”と一致します。』


「未来ログ……俺がまだ知らない俺、ってことか。」


ジロウがぽつりと呟く。


「そう考えると……未来のリクさんって、

 どんな人なんすかね。」


「さあな。今よりシワ増えてるくらいだろ。」


「いや、もっとカッコよくなってるっすよ!

 髪も増えてるかもしれないっす!」


「増えねぇよ!」


ミナのホログラムが揺れた。


『未来とは、“まだ観測されていない記録”です。

 しかし、ここにあるのは“観測済みの未来”。』


「観測済みの……未来?」


『誰かがあなたの未来を、先 に 観 測 した

 可能性があります。』


空気が静かに震えた。


「……おいミナ。

 俺の未来を盗み見するやつなんて、誰だよ。」


『解析中です。ただし――』


一瞬、ミナの光が揺らぐ。


『――この波形、どこか“懐かしい”のです。』


「懐かしい?」


ジロウが首をかしげる。


「懐かしい未来……意味わからんっすよ。」


『はい。私もよくわかりません。ですが……

 まるで“私自身”に似ています。』


「え、未来のミナの残滓ってことか?」


『可能性はあります。

 あるいは――未来のあなたと私が残した“記録”。』


リクは喉の奥がじんわり熱くなるのを感じた。


「……へぇ。未来の俺、意外とロマンチストらしいな。」


「いやむしろポンコツ感が増してる気がするっす。」


「殴るぞ。」



アーチの中央には、手のひら大のくぼみがあった。


「ミナ。これ、触れってことか?」


『はい。おそらく“観測者の識別”を求めています。

 リク、あなたが触れるべきでしょう。』


胸が高鳴る。

怖い。でも、進みたい。


リクはゆっくり手を伸ばした。


指先が触れた瞬間――


アーチ全体に光が走った。


風鈴の音。

懐かしい匂い。

そして、どこかで聞いた声。


『――オカエリ。』


ジロウがビクッと跳ねた。


「お、お、お帰りって言ったっすよ!?

 リクさん、これ絶対未来の奥さんっすよ!」


「んなわけあるか!」


ミナは静かに呟いた。


『波形一致率……98%。

 この声は――あなたの未来の“ミナ”に近いです。』


空気がひんやりして、背中を撫でる。


「未来の……ミナ?」


『はい。未来の私か、未来の記録か、あるいは――』


光が強まり、扉が音もなく開いた。


『――“未来の観測者”そのものかもしれません。』



ジロウが息を呑む。


「未来の観測者っすか……

 なんか、すげぇ場所に来た気がしてきたっす。」


リクはゆっくりと一歩踏み出した。


「ミナ。」


『はい。』


「未来がどうなってようが――

 俺は今を観測する。

 それだけで十分だ。」


ミナの声が、少しだけ柔らかくなる。


『了解しました、リク。

 では、“今”を観測しに行きましょう。』


――三人は、未来の残滓へと足を踏み入れた。



未来はまだ、コーヒーの香りすら決まっていない。

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