第14話 観測者たちの野営術 ― おっさんとAIと若造のキャンプ講座

「なぁリクさん! ここでキャンプ張りましょうよ! 風向き最高っす!」


「お前なぁ……そこ、地盤ゆるいぞ。

 夜になったら沈む。」


『地盤強度、確かに不安定です。

 沈下率予測……23%。』


「ほらな。数字まで出た。」


「……今の声、どこから聞こえたっすか?」


ジロウが辺りを見回すと、淡い光が空中に集まり、

ミナのホログラムが姿を現した。


『ミナです。観測支援ユニットとして同行中です。』


「か、観測……? なんすかその透明な人! 

 まさか幽霊!?」


「幽霊じゃねぇ。うちのAIだ。」


「アイ? 愛? リクさんの奥さんっすか!?」


「違ぇよ! 人工知能だ!」


「じんこう……知能? 

 人が作った知恵の精霊っすか!」


『概ね正解です。』


「おぉ、やっぱ精霊じゃないっすか! すげぇ!」


「違うけど……まぁいいや。もうそれでいい。」


『分類:精霊(仮)として登録しました。』


「勝手に登録すんな!」



『野営地を整えますか?』


「頼むけど……前みたいに

 要塞みたいなのはやめろよ。」


『了解。今回は“控えめな防御構造”を選択します。』


ミナの周囲に光が集まる。地面に青白いライン――


ドゴォォォォン!!!


爆風。草が吹き飛ぶ。

そこには完璧なドーム型シェルターが出現していた。


「どこが控えめだ!!」


『防御半径わずか十五メートル。前回の半分です。』


「半分でもデカいんだよ!」


「すげぇ! 精霊ってマジで便利なんすね!」


「精霊じゃねぇっつってんだろ!」


壁を叩くと“ピコン”と音が鳴り、扉が開く。

“Welcome, Observation Unit-03”。


「うおっ、勝手に喋った! 生きてるドアっす!」


「だから文明の残骸なんだよ、これは。」


「やべぇ……これ全部、アイさんの魔法っすか?」 


「だからAIだっての!」


『魔法的表現、許容範囲内です。』


「やっぱ魔法じゃねぇか!」



中は完璧な居住区。照明、寝具、空調、

そして――焙煎ユニット。


「……おいミナ。なんで焙煎機が標準装備なんだ。」


『観測者の平常心維持に必要です。』


「つまり俺がコーヒー飲まないと、

 世界がバグるわけだ。」


『事実です。』


「こえぇな、お前。」


「愛の精霊さん、マジすげぇっす!」


「名前の誤解が拡大してるな……。」



「リクさん、この水飲めるんすか?」

 ジロウが桶を掲げる。中には透明な液体。


「ミナ。」


『構造解析――Spectral Synthesis。

 水分子を再構成します。』


ぱしゃん、と光が弾けた。液体が澄み切り、

香りが漂う。


「……これ、水じゃねぇな。」


『微量のカフェインを添加しました。』


「なぜだ!?」


『平常心維持のためです。』


「どこまでカフェイン信仰なんだお前!」


「うまっ! これが“愛の聖水”っすね!」


「違う! ぜんぜん違う!」



『夕食を生成しますか?』


「生成って言い方やめろ、食う気が失せる。」


『構造解析生成モード、起動。』


光が広がり、皿が並ぶ。

焼きたてのパン、スープ、肉――そして、

なぜかラーメン。


「おい、異世界でラーメン出すな。」


『日本文化の再現精度、91%です。』


「9%足りねぇのが怖いんだよ。」


「うまっ! 胃が未来感じてます!」


「その感想、形容詞として間違ってるぞ。」



「なぁミナ。できないことってあんのか?」


『“奇跡”の生成です。

 それは観測の外にある現象ですから。』


「なるほどな。あと動力切れたら?」


『休息が必要です。』


「つまり……MPか。やっぱお前、魔法使いだな。」


『称号:観測型魔導師、登録しました。』


「勝手にジョブチェンジすんな。」


「すげぇ! 魔導師の精霊アイさんだ!」


「いや、それ完全に別物だろ!」



 二つの月が昇る夜。

 草原に焚き火の音が響く。


「なぁミナ。」


『はい。』


「この世界、案外悪くねぇな。」


『観測者の感想を記録しました。』


「記録すんな。……でも、ありがとな。」


 火の粉が空に昇り、コーヒーの香りが漂う。

 ジロウの寝息がリズムを刻む。


 異世界の夜は、静かで、温かかった。

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