靄が青い
@rawa
第1話 5つの約束
【夜露 無義(よつゆ むぎ)】
お友達から始めましょう、なんて言える人は、きっと友達が多いんだろうと思う。
僕のような人間には、好きとも言いきれない微妙な距離感の相手をそんな貴重なポジションに置ける神経が分からない。
だからこの話は、こんな良く分からない返事で始まることになったんだ。
「なつく相手を間違えたペットと、コミュ障で人間初心者のご主人。そんな感じでも良いだろうか」
【野隈 浅火(のくま あさひ)】
ひとつめ。僕は男の人が怖いので、がっついて警戒心を抱かせないで欲しい。
ふたつめ。僕は男の子としか遊んだことがないので、女の子らしさを期待しないで欲しい。
みっつめ。僕はリードされることに慣れているので、あんまり積極的に引っ張ることは期待しないで欲しい。
よっつめ。僕は相手を立てることに慣れていないので、愛想が悪くても気にしないで欲しい。
いつつめ。さびしいときにちょっかいを出すから、相手をして欲しい。
《かぐや姫かよ。なんだその唯我独尊な条件は》
《アサヒには、どうせなら織姫と呼んで欲しいね。後から面倒くさい奴だってばれるの、なんか嫌じゃん》
《俺ならその条件を出された時点で逃げるわ。自分をどんだけ高く見積もってんだよ》
《んー、だよね。実際、この辺の話をするとこっちから振るまでもなく周りは逃げていくんだけど。特にひとつめといつつめかな、ハードル高いのは》
《ムギお前、付き合うってなんだか分かってるか?》
《相手を自分の世界に引き込みながら、相手の世界に自分を溶け込ませることだろう。世の中の人達は、どうしてそんな難しいことを平気で出来るんだろうと不思議で仕方ないよ》
《相変わらずくそめんどくせーガキだな。まー、こういうのは外から口を出す話しでもねーか。取り敢えずおめでとう》
午前2時。面倒な幼馴染みのムギから、面倒なメッセージがやってきた。
世の中には物好きもいるようで、こんな奴にも一応は相手が出来たらしい。コイツには自慢する友達もいないので、俺は幼馴染みの義理としてノロケかどうかも分からないガス抜きに付き合わされている。
《僕ばかりが嫉妬するのは疲れるからね。アサヒにも同じ気持ちを味わってもらわなくちゃ。彼女さんは元気かい?》
《ちょっとケンカしたが、なんとかなるだろ。変なちょっかいかけるんじゃねーぞ》
《なんならそのまま別れても構わないよ。アサヒには僕がいるじゃないか》
《付き合いたての恋人がいる奴の台詞じゃねーよ》
《恋人ねえ。それって、アサヒより大事にしなくちゃいけないのかい?他人でしかないだろう、所詮は》
…悪気はないのだろう、本当に。
武士の情けというか。恥をさらしたくないというか。ケンカの原因がこのちんちくりんだということは、言わないでやる。
全く自慢ではないのだが、この幼馴染みは俺のことが大好きだ。ちょっと病的なレベルなので、うまく手綱をとらないと引き込まれそうになる。 この間、彼女にムギとの連絡を見られてプチ修羅場化した。
最近も、非常に迷惑な話に巻き込まれた。もう二度とあんな変な格好はするもんか。
それはさておき。
《あんまりバカなことばかりしてるとマジで愛想尽かされるぞ。ムギだって、その男を少しはマシだと思うからOKしたんだろ?》
《そうだね。声を聞いてくれたし、それに》
次に並んだ文字だけで、コイツの浮かべている表情が分かる。俺も大概だ。そして、そんな奴が本当に存在するのかと思えてしまう。
《少し、僕に似てたから》
【夜露 無義】
ひとつめ。僕は男の人が怖いので、がっついて警戒心を抱かせないで欲しい。
そのかわり、きみに警戒心を抱かせるものがあれば斬ってあげる。
ふたつめ。僕は男の子としか遊んだことがないので、女の子らしさを期待しないで欲しい。
それと同じで、きみにもきみらしさしか期待しない。
みっつめ。僕はリードされることに慣れているので、あんまり積極的に引っ張ることは期待しないで欲しい。
そのぶん、ちゃんときみについていく。
よっつめ。僕は相手を立てることに慣れていないので、愛想が悪くても気にしないで欲しい。
多分、きみが思うよりも楽しんでいる。
いつつめ。さびしいときにちょっかいを出すから、相手をして欲しい。
僕の世界に入るなら、少し覚悟を決めてくれ。
「やっぱり、重い、よねー…」
恥ずかしくって、アサヒへの報告ではそれぞれ後半は省略したけれど。こんな条件を真面目に守ろうと、あの子はけなげに頑張っている。
こちとら、こんな奴と付き合おうとする子がいる時点で驚きなのだ。
「男は狼というし、取り敢えずそういう雰囲気を出したら切り捨てようと思ってるんだけど…自分から人を振ったことがないから、分からないや。人間、飢えすぎるとこんなちんちくりんでも手放したくなくなるものなのかな?ねえ、どう思う?」
「…ここをアサヒくんとの秘密基地か、精神と時の部屋か何かと勘違いしてないかな、ムギちゃんは。絶望してないのなら、早く朝に帰りなよ」
魔法使いはさすがに苛立った様子だ。
そりゃそうだ、次の日に彼氏と話す内容が決まるまで夢の中で考えて過ごすなんて、ズルや怠惰もいいところだろう。
この世界には、朝がない。
夜にとどまりたい人の思いを触媒にして、僕が望んだ魔法で出来た夢の世界。
だけど、その世界にとらわれた人は他にもたくさんいたみたいで、僕は勇者の見習いとして朝に連れ出す手伝いをしている。
「ムギちゃんをここに呼ぶのは、朝へ導いて欲しい人がいるからなんだけど。勇者としてやる気がないなら、あんまり都合良く死にたくならないで欲しいな」
魔法使いは理不尽なことを言う。
「そうは言っても、しょうがないじゃん。あんなのどうやって倒せってのさ」
目の前には青い靄(もや)がかかっている。モンスターの一種らしい。
僕らは一度完敗し、今も勝てる見込みがない。魔法使い達に助けてもらわなければ、僕の意識はあのもやのなかに永遠にとらわれたままだったろう。
「幸せな幻想を見せるモンスターとか、この世界に来るような連中には特効なんだよ、僕も含めて。とてもじゃないけど、今相手できる見込みは立たない」
「まあ前回も、アサヒくんの幻想でふにゃふにゃになったムギちゃんを取り出すのが限界だったからね。ムギちゃんもすごいけど、こんなに何度も人に付き合わされてこの世界に呼ばれるのはアサヒくんが初めてかもしれない。今度お礼を言っといてよ」
「うるさいうるさい。アサヒの前では忘れたことになってるの」
このいじわる、あんなの本人にみられたなんて恥ずかしくて死んじゃうじゃん。
「キャラが崩れてるよ、ムギちゃん。しかし、あれをほっといたら被害は拡大する一方だ。もや自体を捌くのは厳しいし、産み出している奴を朝に連れ出すしかないね」
モンスター。
この世界におけるそれは、人の思い出に由来する。多くはストレス源や、縁深い相手。
モンスターの姿をした子もいたけれど…結局は彼も、無害で寂しい人間だった。こんなわけの分からない存在は、初めてだ。
「ていうかここ、来る度にどんどんファンタジーに染まってない?最初に僕が来た時はもっと、現実の街と地続きだったでしょ」
「現実逃避をする人の心象風景だから、どうしてもどんどん現実離れしてきてしまうんだよ。普通の子は、ムギちゃんみたく狂気と現実のバランスがとれてないから」
「誉められてる気がしない…」
「誉めてないから。とりあえず、周囲を探索しようか」
結論から言うと、この日のミッションは失敗した。
彼に何を言おうかなって考えてボーッとしているところを、苦手なクラスメイトの女子のモンスターに刺し殺された。ムカつく。
僕はゲームオーバーになっても朝に引きずり出されるけれど、死にたい気分のペナルティがあるので出来れば避けたいのだ。
「…私も出来るだけ頑張ってみるけど、ムギちゃんが斬った方がうまく行く気がする。とても残酷なようだけど、待ってるからね」
魔法使いの声が遠く聞こえ、僕は少し前の敗戦と彼のことを思い出していた。
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