第9話 自分の気持ち
ウェインとエリシアの2人はサンセルトの町に着く。その町は壁もなければ検問すらもないのですんなりと入ることができた。衛兵らしき者の姿も見えない。
町には町の大きさに似合わないほどに人がおり、賑わっている。
もうすぐ夜になるというのに外にいる人間は一向に減らない。
「宿までは一緒に行くか?」
ウェインは振り向きエリシアの方を見る。エリシアは少し後ろの方で立ち止まりながら街の様子を見ていた。
「…どうした?」
少し近づくとエリシアはこちらを向き、立ち止まった要因を話し始める。
「あまり大きくない町と聞いていたんですが…自分の想像以上に人がいて少し驚いてしまいました」
「そう思うのも無理はない。実際、町の大きさに住んでいる人間の数が釣り合っていないらしい。ここ最近ではもう空いている家がないからと短期間に新しい家をどんどんと建てていっているそうだ」
エリシアは首を傾げながらウェインに問う。
「なぜこんなにもサンセルトの町には人がいるのですか?」
「…そうだな、元からこんなに人が多かったわけではなく、多くなった理由が一つある」
そう言うとウェインは前に歩き出す。そのすぐ後ろにエリシアもついていく。
「理由…ですか?」
「それにはこの土地が関係している」
「ここの土地の付近には危険なモンスターの巣穴がないらしい。明確に言えば昔はあったが今はもうないそうだ」
「危険なモンスターの巣穴がない、つまりモンスターの襲撃に遭う心配がないから人がこの町に集まっていると言うことですか?」
「あぁ、冒険者や騎士などの武装している奴らとは違い、普通に生活をしている人たちは自衛の手段を持っていることが少ない」
「だからいつモンスターの襲撃を受けるかわからない村や町に住むより、危険なモンスターがおらず遥かに安全なサンセルトの町に住む方が良いと考える人が案外いる、と俺は聞いた」
エリシアは少し考えてウェインに質問をする。
「…ですがモンスターが襲撃してくる可能性が0ということはないんですよね?これではあまりにも危機管理能力が足りないと思えてしまうのですが…」
壁のない夜の町で、なんの警戒もせずに歩いている人々を見て言う。
「その通りだ。俺も危機管理能力の甘さについては俺も思っていた。町を守る騎士もいないようだからな。だが、どうやらそれにも理由があるらしい」
「エリシア…君はこの街町を歩いて気づいたことはないか?」
「気づいたことですか?」
エリシアは自分の周りをキョロキョロと見てから答える。
「そうですね……特段おかしなところはないと思うのですが…」
「…そうか、君はこのような町に来るのは初めてか?」
「はい。村の外にはあまり出たことがないので…」
「では教えよう。この町には冒険者が他の町と比べ、極端に少ないのだ。いや、ほとんどいない」
「…確かに言われてみれば、冒険者と思わしき見た目の方を片手で数えるほどしか見ていません。この人の多さならもっといてもいいと思うのですが」
「そうだ。この町の付近には危険なモンスターがあまり出ない。つまりギルドの依頼などによってモンスターを討伐し、金を稼ぐ、冒険者の役割のようなものがこの町にはないのだ」
「冒険者がこなす仕事がないのですね?」
「あぁ、依頼もあるにはあるが薬草の採取やら荷物持ちやらの仕事しかない。しかも報酬が安いから誰も依頼を受けず、多くの冒険者はこの町には立ち寄っても長居はしない」
「はっきり言って稼げないからな」
「…ですがそれだともしもの時に冒険者に守ってもらえないのではないですか?むしろ危機管理能力が上がりそうだと思うのですが…」
ウェインはその場に立ち止まりエリシアの方を振り向く。
「この町には絶対的な守護者と言われている元冒険者がいるらしい」
守護者…危険が現れたら守るべき対象を保護し、守護する存在。
「守護者ですか?」
「あぁ。名をアルディア・シクシスと言うらしい。実際に会ったことはないが町の人間の話を聞くに、長い剣を持った年寄りの元冒険者の男が町にきたモンスターを颯爽と現れて蹴散らしてくれる…だそうだ」
「それを見て町の人間はこの町は絶対に安全だと確信したのだろう。だから大きな壁もなければ門番も存在しない、町を警護する兵士もそこまでいない、そんな町を平然と歩いていられるのだろう」
(はっきり言って…愚かと言わざるおえないがな)
「その守護者の方はとてもお強いのですね…」
「らしいな。町の人間の安心は絶対的なもののように見える。実際アルディアが来てから町にきたモンスターによる被害は0らしい。少なくとも2級以上の冒険者なのだろうと俺は考えている」
「2級以上…そういえばウェインさんは何級の冒険者なんですか?」
「…俺は一月前に三級に上がったばかりだな」
「三級…どうしたら級は上がるのでしょうか?」
「少なくとも俺は地道に依頼をこなしていただけだ。強いモンスターを倒す、だったり依頼達成率の高さ、周囲の評判などで上がると俺は聞いたことがある…」
「む…やっと宿屋があったな」
歩くこと数分、ようやく一つの宿屋に辿り着く。
「冒険者があまりこの町に来ないから宿屋も少ないのですかね?」
「そうかもしれないな……ここまでで同行は終わりだな」
「え?そ…そうですね…」
エリシアは悲しげに地面を見つめる。
「君ならじきに良い仲間ができるだろう。俺が保証しよう。だがこの町には冒険者があまりに少ない、パーティメンバーを探すならここから北部方向にある[イーデル]の町に行くと良い。ここよりはるかに冒険者がいる」
「では、短い間でははあったが楽しい旅ができた。達者でな」
そう淡白に別れの挨拶を言うとウェインは宿屋の中に入って行ってしまった。
「あ……その………はい…」
少し顔を青くしながら思わず返答をしてしまう。
エリシアはすぐにウェインに向かって何かを言おうとした。が、声に出すことができずにその後ろ姿を見送った。その場には顔色が少し悪く、地面の一点を見つめている少女だけが残った。
(少し…気持ちを確かめる時間がほしい…)
そう心の中で思いながらエリシアはその場をふらふらと離れる。そして、辺りがすっかり暗くなるまで周囲を散歩してから宿屋に入るのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
宿屋の一室
「ふむ」
宿屋の中でウェインは荷物を下ろし、自身の装備を外し、揃えて床に置き、考える。
(剣は以上なし。兜と胸当てそして籠手……鎧は全体的に修理に出さなければいけないな…)
そしてウェインは自身の金入れを見てため息をつく。
(鎧全体を修理に出すとして大体5000ルミナほどか?痛い出費だな…。今手持ちにあるのは21000ルミナ…他にも根本から壊れた左腰につける小バッグの変わりや…
ウェインは窓からすっかり暗くなった空を眺めつつ考える。
(そういえば、今回のクエストの報酬もまだもらっていないな…誰も依頼に手をつけなかった分、少し報酬が釣り上がっていたような…その分を入れたらなんとか足りるか…)
その時、ウェインはあることに気がつく。
(しまった…!エリシアと報酬の分配について話していなかったか…半分…いや3分の2を渡してもらうように受付嬢に明日伝えるとするか)
ぐぅ…
そう結論づけた後に男の腹が少し鳴る。
「…そういえば朝から何も食べていなかったか…よし、何か食べに行くとするとしよう」
(食事を終えたら大浴場でも行くか…)
装備品の点検を終えて袋に装備を詰める。そして服を着替え、着替えを入れた袋を持ちながら部屋のドアを開ける。
するとそこには…
「……………」
「……………」
なぜかエリシアが壁にもたれかかるように立っていたのであった。
「…俺に何か用か?」
ウェインが声をかけるとエリシアは肩をビクッと跳ねた後、こちらを向く。
「あの…ウェイン……さん……?ですよね?」
「何を言…ああ、素顔は見せていなかったな」
アリシアの目の前には兜と鎧を外した、薄い
「それでもう一度聞くが、何か用か?」
ウェインは再度エリシアに問う。
「…少し話したいことがありまして…お時間よろしいですか?」
「ああ構わない、入ってくれ」
(報酬のことだろうか)
そう考えながら部屋の中へと引き返し、エリシアを部屋に招く。
「お邪魔します」
そう言ってエリシアも部屋に入る。
ウェインはベッドに座り、エリシアは備え付けの椅子へと腰を下ろす。
「それで…話したい事とはなんだ?」
ウェインがそう言うとエリシアは少し深呼吸をして口を開く。
「私、ウェインさんと宿屋の前で解散した後に考えたんです。自分がこれからどうしたいのかを」
「…確か勇者フリンダルのように人々を笑顔にするために冒険をするのだろう?」
「はい、そこは変わっていません。ですが、違うのです。どうやって夢を叶える中ではなく誰と叶えたいのかを考えたのです」
エリシアは深呼吸を一度した後、ウェインの目を見据えて言う。
「自分勝手なのは重々承知していますがお願いします!私をあなたの旅に同行させてはもらえないでしょうか?」
ウェインの思考が停止する。そして言葉の意味を頭の中で繰り返し再生し、少し間を空けてから
口を開く。
「……何を言っているか分かっているな…?俺の旅は言ってしまえば一つの場所に長く留まらず移動し続ける、果てしなく長い旅なんだぞ?」
「はい分かっています。それを承知でお願いします」
「…基本的に俺と君の2人旅だ。人数が少ない分危険度も上がるぞ?それでもか?」
「はい!あなたとならたとえ危険だとしても共に歩ませてください!」
「……なぜだ?俺と冒険をするメリットなどないだろう?」
「メリットデメリットの話ではないのです!私が!あなたと!冒険をしたいと心の底から思った、理由はそれだけで充分なんです!」
「出会ってから短い期間ですが、あなたの優しさに、強さに触れて一緒に冒険に出て、同じ景色を見たいと、そう心の底から思ったのです!」
「……………」
あまり気の強い方ではないと思っていた少女から熱い言葉を一身に受けて、男は固まる。
(俺と…冒険がしたい…?………自然と嫌ではない)
しばしの間沈黙が続いた後、ウェインが口を開く。
「分かった。だがついて行けないと思ったらすぐに離脱してもらって構わない。良いな?」
「はい!!ありがとうございます!!」
少女の顔が不安げな顔から満面の笑みは変わった。
その直後、エリシアのお腹からキュルルと可愛らしい音が鳴る。
「あ!これは…!その…違うんです!」
エリシアは顔を赤くして弁明を始める。
すると、
「…フッ……はっはっは」
と男が笑い出す。
「え、あの…?」
(ウェインさんが初めて笑った?)
「いやすまない。そういえばちょうど何か食べに行こうとしていたことを思い出してな、一緒に食べに行くか?」
「!はい!!行きます!!!」
「よし、今日は新たなパーティメンバーを迎えたということで奢らせてもらおう」
こうしてウェインとエリシアは晴れてパーティメンバーとなり、共に夕食を食べに行くのであった。(エリシアも大浴場に行く予定だったので、着替えを持って行きました)
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