Red Genesis:異能補完研究所 ―― 異能狩りの街で、俺は目を覚ました。 ──人類脳補完計画の断章

アタヲカオ

プロローグ 1 Rabbit Shock Death(ウサギの恐怖死)

『2060年の幸福と、RSDという名の眠り』


2060年──ネオ東京。


EDENというAIによって最適化された世界。


この国では、幸福は“感じるもの”ではなくなった。

《脳波マップ》が示す波形の安定こそが、国家の定める“幸福の基準”だ。


怒りの波形は「危険」。

悲しみの波形は「異常」。

不安の波形は、EDENが即座に“修正”する。


EDENの《LAPIS計画》は、

生物が苦痛を避ける仕組みそのものを模倣し、

国民の脳から“苦しみの兆し”を次々に削除していった。


──こうして日本は、世界で一番“幸福な国”になった。


表面的な数字では。


犯罪ゼロ。

飢餓ゼロ。

格差ゼロ。


だが、ひとつだけゼロにならないものがあった。


人間の心の揺れ。


どれほど“修正”されても消えきらない、

言葉にならない空洞。


それを抱えた人々は、統計上ただひとつの場所へ流れついていく。


「重度心波形異常者」と分類された者たちが受け取る薬。

《Rapid Synaptic Downregulator》──通称RSD。


医師は優しく伝える。


『恐怖波形を落ち着かせるだけです。

 あなたは苦しみから解放されます』


だが若者たちはこう呼んだ。


──Rabbit Shock Death(ウサギの恐怖死)


野兎が極度の恐怖で心臓を止める現象になぞらえて。

服用した者は静かに眠り、

二度と悩むことはない。


国家はそれを“幸福な最期”と呼んだ。


EDENセンターの白い廊下で、

その薬のボトルは今日も静かに並び続けている。


そして、そのうちの一本が──

とある銀行員のポケットにすべり込んだ。


御影 遙。


真面目すぎて、素直すぎて、

アンケートに本音を書いてしまう男。


——この日、彼はまだ知らなかった。


それが「死ぬほど危険」な行為であることを。


RSDのボトルは、

透明な光を静かに揺らしていた──。


(つづく)

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