第3話「森の主と銀色の絆」
雪白カブの成功に自信を深めたカイトは、次に麦の栽培に着手した。やはり『万能農具』の力は絶大で、黄金色の穂はわずか一月ほどでたわわに実り、村始まって以来の大豊作となった。
収穫した麦で焼いたパンは、噛みしめるほどに豊かな香りと深い甘みが口の中に広がり、これまた村人たちを熱狂させた。食料事情が劇的に改善されたことで、ヴェルデ村には以前とは比べ物にならないほどの活気が満ちあふれていた。
「この調子なら、もっと畑を広げられるな」
カイトは村の裏手に広がる広大な森に目を向けた。この森の木をいくつか伐採し、新たな農地を開拓しようと考えたのだ。彼はクワを頑丈な斧に変化させ、森へと足を踏み入れた。
森の中は静寂に包まれ、ひんやりとした空気が心地よい。木漏れ日が地面にまだら模様を描き、鳥たちのさえずりが耳に届く。彼は手頃な太さの木を数本選び、伐採を始めた。万能の斧は、いともたやすく巨木の幹を断ち切っていく。
作業に没頭して数時間が経った頃、ふと背後から鋭い視線を感じた。振り返ると、茂みの奥から二つの黄金色の光がこちらをじっと見据えている。
『獣……?』
カイトは警戒しながら、ゆっくりと斧を構えた。茂みががさがさと揺れ、その中から一体の巨大な獣が姿を現す。
それは、銀色に輝く毛並みを持つ一頭の狼だった。体長は牛ほどもあり、その全身からは神々しくも恐ろしい威圧感が放たれている。何より目を引くのはその黄金の瞳。高い知性を感じさせる、厳かな光を宿していた。
狼はカイトの足元に転がる伐採された木々と彼の持つ斧を交互に見つめ、低い唸り声を上げる。その声には明らかな怒りと警告が込められていた。
『まずい……この森の主か、あるいは守り神のような存在なのかもしれない』
カイトは敵意がないことを示すため、ゆっくりと斧を地面に置いた。
「森を荒らすつもりはなかったんだ。ただ、みんなが食べるものを作るために少しだけ土地を借りたかった」
言葉が通じるはずもないが、カイトは必死に語りかけた。しかし銀狼は警戒を解かず、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。その巨体から放たれるプレッシャーに、カイトは冷や汗を流した。
その時、カイトは銀狼の脇腹に赤黒く染まった深い傷があることに気がついた。傷は深く、化膿しているようにも見える。呼吸もどこか浅く、荒い。
『怪我をしているのか……? だから、気が立っているのかもしれない』
このままでは危険だ。しかしここで逃げ出せば、二度とこの森には入れなくなるだろう。それどころか村に被害が及ぶ可能性さえある。カイトは覚悟を決めた。
彼は背負っていた袋から水の入った水筒と、採れたての雪白カブを一つ取り出した。そしてそれをゆっくりと地面に置き、両手を広げて敵意がないことを示す。
「これを食べてくれ。きっと、その傷にも良いはずだ」
銀狼はカイトの行動に戸惑ったように立ち止まり、足元の雪白カブを鼻先でくんくんと嗅いだ。その野菜から放たれる濃密な生命力の香りに気づいたのだろう。
しばらくの間、睨み合いが続いた。カイトは動かず、ただ静かに狼の出方を待つ。やがて銀狼は警戒しながらも、おそるおそる雪白カブに口をつけた。
シャリ、という音が静かな森に響く。一口食べた狼の動きが、ぴたりと止まった。そして次の瞬間には、まるで飢えた獣のように夢中でカブをむさぼり始めた。その食べっぷりは、先ほどまでの威厳が嘘のようだ。
カブを一つ食べ終えた狼は、カイトの顔をじっと見つめた。その黄金の瞳から、先ほどまでの敵意が薄れているように感じられる。カイトは安堵の息をつきながら、もう一つカブを差し出した。
狼はそれも平らげると、おもむろにカイトの足元に歩み寄り、その巨体をごろんと横たえた。そしてカイトの手に自分の頭をすり、と擦り付けてきたのだ。
「え……?」
驚くカイトをよそに、狼は気持ちよさそうに目を細めている。まるで撫でてくれとでも言うように。
カイトがおそるおそるその銀色の毛並みに触れると、信じられないほど滑らかでひんやりとした感触が伝わってきた。
『懐かれた……のか?』
状況が飲み込めないまま、カイトは狼の頭を撫で続けた。すると狼の身体が淡い光に包まれ始める。光が収まった時、そこにいたはずの巨大な銀狼の姿はなく、代わりに銀色の毛並みをした子犬ほどのかわいらしい狼が、カイトの足元で尻尾を振っていた。
「小さくなった!?」
子犬サイズの狼は、きゃん、と嬉しそうに鳴くと、カイトのズボンをくいと引っ張った。そして先ほどまであったはずの脇腹の深い傷が、跡形もなく消えていることにカイトは気づいた。
どうやら雪白カブの持つ治癒効果が、この森の主の命を救ったらしい。そしてこの不思議な狼は、カイトを主として認めたようだった。
カイトはこのもふもふで愛らしい相棒に、「フェン」と名付けた。
この出会いが、カイトの運命をさらに大きく動かしていくことになる。一人の青年と一匹の聖獣。その間に結ばれた銀色の絆は、やがて森と人とを繋ぐ架け橋となるのだった。
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