第43話 手取り足取り
ダストシティの東側、その中心を通る大通りと、そこから枝分かれしたように分岐する道。
一つ曲がって一つ進み、振り返って壁を上って、また進んで曲がる。
入り組んだ道を突き進んだ先にメルヘンコーラと呼ばれる地区がある。
他のダストシティの街並みと違って幾たびもの再開発を拒否し続けた結果、古い都市の街並みを残した旧市街地。
入り組んだ狭い道やネオンの明かりなどの環境、行き交う人々の
古くからの街並みを残したメルヘンコーラには絶対的な規則が不文律として残っている。
ミカが育ったゲルグに『来る者拒み、去る者殺す』というルールがあったように、メルヘンコーラにもルールがある。
基本的に意味のない殺しは禁止。
その規則のおかげでメルヘンコーラの治安は保たれている。
(……慣れないな)
メルヘンコーラの中に、ヴードゥー・ヘイブンというバーがある。
ミカは今、このバーの中にいた。
ボロボロのジャケットを羽織って周りを見渡す。
このバーにはあらゆるモノが集う。
それは人であり、情報であり、様々だ。
ミカはここで情報屋を待っていた。
「あなたが依頼人ね」
カウンターで座るミカの隣に女性が座る。
腕や足、首に至るまで、見ればすぐに彼女が義体だと気がつく。
サイバー空間で情報を求めるのならば、より機械に近い義体化手術を行っている方が親和性が高い。
彼女もその手合いだろう。
「頼まれてた情報はこれね」
女性がカウンターの上にICチップを置いて軽く
ICチップはちょうど一回転をして、ミカの前で止まった。
「確認する」
レトロな無駄にでかい旧型の読み取りデバイスにICチップを差し込み、中の情報を閲覧する。
同時に、ウィンドウも表示させてICチップの内容に嘘偽りがないのか確認していく。
ミカが調べていると女性が耳元で話しかけてきた。
「ここは初めて?」
ミカは動じずに情報の羅列に目を通しながら答えていく。
「そう見えるか?」
「質問を質問で返さないの。もったいぶってちゃいやよ?」
そこでミカがICチップを読み取りデバイスから取り出す。
「確認した。報酬は支払ってある」
無駄な会話など挟まず、ただ取り引きだけをするミカに僅かながらのつまならなさを覚えながら、しかし仕事が早いのは女性にとっても好ましいこと。
不満を見せつつ感謝を述べた。
「仕事が早くて助かるわ」
女性が言い終わる前にミカがICチップを懐に仕舞って立ち上がる。
長居はしないようだ。
つれない男。
「ああ。そっちこそ半日で調べ上げてくれて助かった」
「あらそう」
立ち上がったミカが礼も告げずにそのまま去って行ってしまうのではないかと思っていた。
しかし彼は立ち止まって軽く感謝を述べた。
「私が色々と、教えてあげましょうか? ここのこと」
彼が立ち止まった隙に言葉をかける。
だが、淡泊に返される。
「遠慮しておくよ」
「えー、もったいない。整形手術もしていない生ものの若い男。この街じゃ人気よ? 自分の価値は上手く使わないと」
「自分のことは自分が一番知ってる」
「あら振れらちゃった」
女性はミカのことを足先から頭まで見て、そして見送る。
「じゃあ次も私を頼ってね?」
「機会があったらな」
「良い返事」
立ち去るミカの後ろ姿がブードゥー・ヘイブンの出口から見えなくなると、情報屋はため息交じりにマスターに声をかけた。
「いつものやーつ」
「振られたな」
「うるさいわよ」
マスターからすぐに差し出されたグラス一杯の酒を飲み干して、カウンターに肘をつけてため息を吐く。
(厄介ごとに関わっていそうではあったけど)
ミカに依頼されたのはある傭兵の居場所と諸々の情報。
渡されたのは監視カメラに映っていた男の顔。
まずは顔から誰なのかを特定。
そして周辺の情報について調べる。
見る限りで、男の顔を映した映像の画角からすると、恐らくは企業ビルに取り付けられたカメラの切り取り。
どこでそんな映像を入手したのか。
企業関係者ではないだろう。
かといって傭兵やギャングの類でもない。
一体何を嗅ぎまわっているのか。
気になりもするが、関わるのはここまで。
依頼を受けたら調べるし、受けなかったら必要以上には動かない。
それが情報屋としての彼女の流儀。
「マスターもういっぱーい」
「はいよ」
◆
グレム・マルコイを殺したのはガンゾォ・キッケルという傭兵だ。
繋がりのあるギャング、企業までは分からない。
ICチップを完全に破壊できなかったところや、犯行現場をミリアに見られていたことからも、その仕事ぶりはお粗末として言いようがない。コーディネーターから直接依頼を受けれるほどの実力も人脈も無かったところを見るに、使い捨ての人材。
一応、ガンゾォがグレムに恨みを抱いていた可能性も完全には否定しきれない。
限りなく低い可能性ではあるが。
情報屋が調べた限りで、ガンゾォ・キッケルは現在消息不明。
お粗末な仕事をした責任を取らされたのか、それとも取らされる前に逃げたのか。
あるいは別の線があるのか。
それを調べるために、ミカはガンゾォの自宅前に立っていた。
(……いくか)
ガンゾォの自宅はメルヘンコーラのぼろいビルの三階、端の部屋。
ミカは扉の前でウィンドウを表示させてパスワードを覗き見る。
物体に関してのあらゆる情報を網羅するウィンドウにかかれば、単純なロックは意味を為さない。
簡単にパスワードを入力して家の中に入る。
中はあまり広くない荒れた部屋が広がっていた。
当然ながら室内にガンゾォの姿は無い。
争った形跡などは残されておらず、生活感を保ったまま。
玄関入ってすぐの廊下にほこりが積もっているのを見る限り、一週間は人が入って来ていない。
(何かあればいいが)
今回の捜索で事件の核心に到れる証拠を見つけられると思っていない。
腐ってもガンゾォは傭兵だ。
自分が死んだ時のことも考えて、依頼者が不利になるような証拠は残さない。
依頼者も通信記録やチャットの削除などを行って隠蔽を計っているだろう。
もとから最高の成果を求めていない。
真相に到るために必要な次の一手が残されていないか、それを見つけたい。
(観戦チケット……賭けか)
テーブルの上にくしゃくしゃに丸められて置かれた賭けボクシングのチケットを手に取る。
そして流れるような動作で、懐からP-34ラグナイト拳銃を取り出した。
(……)
誰かが玄関のパスワードを入力している。
ガンゾォが帰って来たのか。
それならばありがたい。
証拠が揃っている今、ミカの権限であれば身柄を拘束できる。
問題はそれ以外の場合。
横開きの扉が自動で開くと二人の男が姿を現す。
ミカはリビングの死角に隠れて男達の様子を確認した。
「ったくなんで俺らがこんなことしなくちゃいけねえんだよ」
「さっさと調べ終えて撒くぞ」
軽口を叩きながら玄関前の通路を進む。
刺青を見る限り、ダストシティ東地区のギャングの構成員に見える。
企業部隊ではない。
ミカは安全装置を外し、リビングに足を踏み入れようとする二人の前に姿を現す。
「なんだてめぇ!」
「誰だクソ!」
ミカの姿を見た瞬間、二人が飛びのいてそれぞれ武装を構える。
「聞きたいことがある」
ミカは動じずに質問を投げかける。
「お前らはなぜガンゾォ・キッケルの家に来た。なぜパスワードを知っている。誰だお前らは」
矢継ぎ早の質問に二人は戸惑う。
「こっちこそ! 誰だてめぇは!」
ミカには己の身分を証明する物をなにも持ち合わせていない。
何しろ、今は業務中ではないのだ。
仕事中ではあるが。
「一応、
ミカの恰好はとても
だが有無を言わさない権力側に所属する者の雰囲気を漂わせていた。
「そうかよ」
男達は直感で目の前にいるミカが警察であると理解した。
同時に、姿を見られてしまった以上は相手が警察であっても手を下さなければならない。
男達はミカの質問に答えず、瞬時に戦闘態勢にうつ――
「出来れば抵抗しないでいてくれると助かったんだがな」
男達よりも遥かに早くミカがP-34ラグナイト拳銃の引き金を引いた。
男達は皮下装甲で拳銃の弾丸程度ならば弾ける装甲を持っていたが、独自の改造経て威力の増したP-34ラグナイトを前に撃ち抜かれる。
身体拡張者を前に今持っている装備では拘束が不可能だと理解し、ミカは男たち二人の頭をそれぞれ撃ち抜いた。
(恐らくギャングの手合いだろうが……調べてみるか)
男達の体に刻まれた刺青、そして被った帽子に刻まれた模様を見て所属しているギャングを推測する。
もしガンゾォ・キッケルがギャングから頼まれてグレム・マルコイの暗殺をしたというのであれば、ミカ一人での捜索が困難になる。相手はギャング。警察として出張っていかなければ対処できない。
ただ、今日はあと少しだけ捜索を進められる。
ミカは一度ため息を吐くと証拠物の捜索に戻った。
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