第10話 歯車は止まらない
「どうなっている」
商業組合からの支援要請を受けたギルバーンの部隊が現場に来てみれば、エルドファミリーが拠点周辺を取り囲んでいた。
話ではミカという少年だけが狙いであったはず。
「なぜあいつらがいるんだ」
商業組合の動きを察してエルドファミリーが動くということ自体、何らおかしなことではない。しかしあまりにも早すぎる。逐一情報が来ていたギルバーンよりも早くに現場に到着するのはおかしい。
何かが起きている。想定外の何かが。
裏で誰かが動いている。エルドファミリーかミカという少年か。
いずれにしても、すでに幹部は死んでいる。連絡は取れない。
商業組合は潰された。
その報告を持ち替えることさえできれば、今は十分だ。
◆
徒党、ギルバーンの拠点にある一際豪華な一室。それは徒党の長、ギルバーンが使う自室だ。
彼は悠々自適に仕立ての良いソファに腰かけ、足を組み、部下から送られてきた資料に目を通していた。
ギルバーンは長身で、金髪の男だ。スラっとした細身に見えるものの、服の下には夥しい数の強化手術の結果得た鋼の肉体がある。
資料の大半は商業組合の顛末とミカのこと。そして拠点は現在エルドファミリーが包囲していることなどについて書かれている。ギルバーンとエルドファミリーの関係を考えるのならば、今回の事件はかなりの問題だ。
そもそもとして商業組合という手下を失ったのは大きい。南地区においてあの組織は重要な役割を果たしていた。パウペルゾーンの一部利益をエルドファミリーから奪い、構成員が立ち入れないようにしていた。
もし商業組合が潰れるとなるとエルドファミリーがまた昔のように、パウペルゾーンを支配し、莫大な収益をあげる可能性がある。ここ最近、低迷していたエルドファミリーだが、新たなボスが舵を取るようになってからまた成長を見せている。
今回の一件もしてやられた形になる。
「となると、こいつは敵か」
ミカについて書かれた資料にナイフを突き立てる。
逐一情報の伝達がされていたギルバーンよりもエルドファミリーの方が早く動けた理由はミカがエルドファミリーの構成員だから。それか外部の協力者か。いずれにしても、ミカの動きとエルドファミリーの行動の速さを見るに、この二つには関係があった。
この混乱に乗じて来た、という線もありえるが、些か行動が早すぎる。情報を逐一報告されていたギルバーンよりも早い、というのはありえぬ話だ。
やはりミカとエルドファミリーが関係があったと考える方が自然。
エルドファミリーと関係のある奴はもれなくギルバーンの敵だ。
それに、小難しく考えなくても商業組合を潰した時点で敵であることは確定している。
「そろそろか」
エルドファミリーとはいつか潰し合わなければとは思っていた。構成員同士での小さな小競り合い。互いの支配する領域に侵入し合い、けん制し合い。構成員の間でも緊張は高まっている。
商業組合の件を使えばいつでも抗争に発展させることができる。
果たして、それが最善かは分からない。しかしいつかはやり合わなければとは思っていた。
このジャンクヤードを支配し、ダストシティへと踏み入れるための足掛かりを得るためには、やはりエルドファミリーは邪魔だ。
潰しておく必要がある。
そのための準備をしてきた。
その時、部屋の扉がノックされる。
「なんだ」
「追加搬入が来ました」
「リストでまとめて報告しろ」
「了解しました」
扉越しに部下と会話を行う。
ここ最近、ギルバーンには良い商売相手がいる。その商売相手から質の良い銃器を大量に仕入れていた。
いつか来る大抗争に備えて。
◆
「はあーー」
ミカがソファに座ったまま天井を見上げていた。
商業組合の拠点を潰してから二日が流れた。この間、治療やエルドファミリーとの取り引きなど色々としなけばならず、趣味の武器制作もスクラップ集めも出来ない日々が続いた。だが二日間色々と頑張ったおかげで、ミカは今ここにいる。
「……ま、いい選択だったか?」
苦笑交じりに呟く。
ミカはライアンから出された条件を
ただ、そのまま飲み込むというのも味気ない気がしたし、労力と見合わない気がした。
(住居と金と移動手段と……一気に手に入ったな……)
ミカはライアンの提案を飲む条件として、拠点の金品すべてと代わりの家を用意すること。そして商業組合が保管している幾つかの銃器やデバイス。車両とバイクをそれぞれ一台ずつ貰うことで意見の合意へと至った。
商業組合が持つギルバーンとの通信記録や文書など、エルドファミリーが最も欲する物を見抜いた上で、ミカは最善の選択肢を手繰り寄せた。あれだけの死闘を行った上に負傷までしている。
さすがに医者に行かねばならず、法外な治療費を払う必要がある。
そういった事情も加味して、またこれからの生活のことも考えて、拠点の金や移動手段として車両とバイクを一台ずつ貰い受けた。そしてまだ使われていない通信端末。
あれだけの危険を冒した甲斐があったと感じる報酬だ。
今、ミカがソファでくつろいでいる家もエルドファミリーから貰い受けたもの。ウィンドウで調べてみて、盗聴器やカメラの類の設置が為されていないことは分かっている。
ただ、元々は取り付けてあったのだろう。
急遽取り外したような跡が残っていた。ライアンの命令によるものか。ただ、これはライアンが自分を信用に足る男だと誤認させるために、わざわざ跡を残したという可能性も否定しきれない。
「考えすぎか……?」
疑い深すぎる自分に苦笑する。
スラムで生きていれば些細な事でも怪しく思ってしまう。
仕方のないことだ。
「まあ、少しはゆっくりするか」
貰った家の地下には作業スペースがある。防犯面も前の家とは比べ物にならないので、前と違って腰から工具を吊るして移動する必要もない。地下の整備空間で今まではできなかった大きな品物を組み立てることもできる。
大量のスクラップを保管しておくこともできる。
危険を冒して手に入れた報酬。
ほそぼそと暮らしていた日々が馬鹿らしく思えるほどの成果だ。
「うかうかしちゃいられないけどな」
ミカを取り巻く状況は複雑怪奇だ。
浮かれていたらどこかで足をすくわれる。
だからこそ、ここでもう一度気を引き締めなければならない。
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