39.
――――わたしには、優しい両親など居なかった。
記憶があるのはおそらく五歳くらいからだろう。誕生日を祝われたことはないから、正確な年齢はずっと知らない。いつ生まれたのかも分からない。
わたしの母親は、多分優しい人ではあった。ただ、その優しさというのは人に向けられる優しさではなく、偽善者だとか、優柔不断だとか、そういったものだ。父親は知らない。わたしは母親と二人暮らしだった。
毎日、死なない程度の食事は与えられていた。わたしを育てたくてではなく、自分のせいでわたしが死ぬところを見たくないからという理由から。そのくせ捨てる勇気はないから、いつも疎まれていたと思う。
憎まれてはなかった。多分、恨まれてもいなかった。ただ、愛されてもいなかった。
ずっと、母にとってわたしは必要ではない子だった。
そんなある日だった。母と知らない男が話し合っていた。そして自分は、母と別れてその男に連れられた。
母と男の会話から聞こえてきた単語をつなぎ合わせても、知識のない自分にはその時、母と男が何を話し合っていたのか分からなかったけれど、暫くしてからそれは分かるようになった。
わたしはあの日、大金と引き換えにその男に売られたのだと。
男に連れられ母と別れた時、わたしは特に何も思わなかった。悲しいとか、寂しいとか、そういう感情を何も知らなかったから。
わたしは母に、名前を付けられてすらいなかった。
男は、自分のことを「先生」と呼べとわたしに言った。「先生」は、とても怖い人だった。
常にその顔に笑顔を張り付けていて、感情が全く分からない。けれど、いつも困った顔をしていた母よりはマシかもしれないと、最初は思っていた。
先生に連れられた場所には、先生以外にも何人か男が居た。
男たちはわたしを見て、口々に「また買ってきたのか」「今度は幼いな」「どれだけ持つのやら」と、わたしには分からないことを言っていた。男たちと先生は少し話して、わたしに目を向け「十一番目だから、イレヴンと呼ぼう。今日から君の名前はイレヴンだ」とそう名付けた。
そして、先生は何も知らないわたしに教育を始めた。
読み書きを教えられ、本を与えられ、「先生」にとって必要な言葉の意味だけ教えられた。ある程度知識が付けば、今度はわたしに剣を教えた。
知識が付いたわたしは、剣の修業がきつかったのに「やりたくない」と言ったことがある。その時は酷いものだった。
頬を叩かれ、痛みに涙を流せば「泣くな」とまた殴られた。わたしが泣くのを止めるまで、死なない程度に強かにずっと鞭や木の棒で殴られた。
「疑問を持つ必要はない」「君に感情は要らない」「私の言う通りに動けばいい」「返事は“はい”以外教えていない」と、泣く私を殴りながら淡々と言っていた。
その間、先生はずっと変わらない笑顔をその顔に張り付けていた。
怖かった。だから、従った。
従わないと、もっと酷く殴られるから。
知識が付いたことで芽生え始めていたわたしの感情というものは、先生への恐怖以外なくなった。先生が、それ以外は必要ないと言ったから。
先生から殴られることが大分減り、身体に残る痣が少なくなったころ、わたしに初潮が来た。
それが何なのか分からず、自分の身体に起きたことを先生に伝えると、先生は嬉しそうな笑みを浮かべてから何かの準備をした。麻酔を打たれて、目隠しをされて、医師のような人物に身体を弄られたと思う。終わった後、ただ痛かった。それから、「これでいい」という先生の満足そうな声が聞こえた。
子どもだったわたしの身体は、気が付けば鍛えてはいるけれど女性らしい身体つきになっていて、どこかのタイミングで夜に先生の寝所に呼ばれるようになった。そして、好き勝手にわたしの身体を弄んだ。相手が先生だけの時はまだ楽だった。
これだけのためにわたしを育てたのなら、何故剣を覚えさせたのか分からなかったけれど、その日はやってきた。
先生は、わたしにハンターのライセンスを持たせた。そして、何匹かモンスターを狩りに行った。
今度はモンスターの狩り方を教えられ、ある程度それをこなすと、先生はわたしにギルドナイトの装備と双剣を与えた。よくよく考えてみれば、先生はギルドの上官の服を身に纏っていて、わたしはやっとその時先生がギルドの人間だったと気付いた。思い返して見ると、先生以外のあの男も、その男も、そんな服を着ていた。
そして、先生はわたしに任務を与えた。
モンスターを狩りに行かせる時、先生はモンスターの絵と地図をわたしに見せて、「これがここに居るから、殺してくるんだ」と言った。それも、同じだった。
一人の人間の写真と地図をわたしに見せて、「これがここに居るから、殺してくるんだ」と先生はわたしに言った。人だったことに、わたしが頷けず動きを止めていれば先生は、「何も疑問に思わなくていい」「モンスターを狩るのと同じだ」「君なら簡単にできるだろう」と言った。
そこまで言った後、変わらない笑みで「イレヴン」と呼ばれたことに、先生への恐怖を思い出して、わたしはただ頷いた。
頷いて、言われた通りわたしが任務を遂行し終えれば、先生は今までで一番満足そうに笑った。それから先生はこう言ったのだ。
「――ああ、漸く完成した……私のイレヴン」
と。
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