17.




「そういえば、お姉さんって何歳なの?」


 金髪碧眼の軽薄そうなナンパ男――改めヴェリスは、焚火を挟んで向かい側に座るマイにそう問いかけてきた。

 現在は、件のモンスターの出現場所までの移動中であり、その場所まではクエストを受けたエルレ村から徒歩で三日程度かかる予定で、今日は日も落ちてしまったため、簡易テントを張り二人はここで休憩することにしたのである。

 ちなみに、余談であるが相変わらずマイはラピスのことを連れて来ておらず、ヴェリスも猫の獣人族を連れていなく、こういった場合の食事というのは基本的に彼ら猫の獣人族が作ってくれるものだが、互いに猫の獣人族を連れていないことに、マイはいつも通り携帯食料を食べようとした。結果、ヴェリスに「嘘だろ!? 毎食携帯食料で行く気!? 俺作るから!!」とそれを止められ、今はヴェリスの作ってくれた鹿肉――道中で狩猟した――のシチューを食べている。一口食べて、「美味しい」と言えばヴェリスは嬉しそうに「そりゃよかった!」と笑い、先ほどの質問が飛んできた。


 ヴェリスの質問に対して、マイは少し考えるようにした後、焚火に目を落とした。


「うーん……諸事情で正確には分からないが、多分……二十くらいだと思う」


 そう答えれば、ヴェリスは「ふうん」と鼻を鳴らす。


「じゃあ――――マイちゃん、だ」

「えっ?」

「俺、三十六歳だから~」

「――えっ、」


 にこりと微笑みながら言われたヴェリスの言葉に、マイは思わず驚きの声を上げてしまった。何故なら、ヴェリスの見た目から年上は年上だろうとは思っていたが、二つか三つくらい上だと思っていたから。どう見たって、ヴェリスは二十五歳前後にしか見えない若々しい見た目の容姿である。マイは、自分の予想よりもヴェリスが十も上だったことに驚いたのだ。


「み、見えないな……? じゃあ、あの、さんとか、つけた方が――……」

「あははは、止めて止めて。いーっての、普通に呼び捨てで。喋り方も敬語とかじゃなくていーから。俺、堅苦しいのヤなのよ」

「そ、そうか……? お前がそう言うなら、そうするが……」

「ん! そんでいいよん。そういうわけだから俺、マイちゃんよりかな~り先輩ハンターだから何か分かんないことあったら聞いてくれていいからね~」


 言いながら、自分の作ったシチューを口にかきこんだヴェリスを見つつ、マイもマイで器によそわれた自分の分を一口食べて、ヴェリスに目を向ける。


「…………貴方は、」


 ぽつりとマイの口から出た言葉が、「お前」から「貴方」に変わったことにヴェリスは特に何も言わず、「うん?」とマイに首を傾げて見せた。すると、マイはヴェリスの目を射抜くように見つめたのだった。


「貴方は、わたしを止めるためについて来たのか……?」


 そんな、聞かれた言葉に対してヴェリスは「へえ……?」と笑った後、水筒に手を伸ばし水を飲み、はっと笑うように息を吐いた。


「そういうことを、考える頭はあったんだねえ、一応。それと、君は他人の機微にまま鋭いようだなあ」

「……どういう意味だ」

「そのままの意味さ。ひとまず質問に答えようか――俺は別にマイちゃんがこのクエストを遂行しようとするのを止める気はないよ。最後まで手伝いをするさ」

「わざわざわたしについて来たのは、」

「うん? 最初に会った時に言ったろ? 俺は、人助けが趣味だって」

「だからついてきて、討伐を手伝うのか」

「まあ、もっと言えばちょ~っと違うんだけど……そうすれば、ある程度は気付いてくれるかなあ~と思って」


 訥々と話すヴェリスの言葉の正しい意味は殆ど分からず、マイが「一体、何に……」と問いかければ、ヴェリスはマイに向かってにこりと笑いかけてくる。出会った時から浮かべられている人懐っこい笑顔だったけれど、その時は何故かそれにマイは畏怖を感じた。


「いやあ、だあって放っておけんだろう――自殺しようとしている人間が目の前に居たら」


 変わらない調子と、変わらない笑顔で、緩やかに言われたヴェリスの言葉にマイは「自殺……?」と言葉を繰り返す。そんなマイの反応は、予想通りだったのかヴェリスは特に何も言わず、シチューのお代わりを器に注いでいた。


「ほらな、無自覚だった」

「無自覚……? そもそも、わたしは自殺などする気は――」

「ふうん、なら聞くが……マイちゃんの目から見て俺が強いってのは分かるかい?」


 聞かれたそんなことにマイはヴェリスに目を向けて、強いか強くないかを計る。


「……何となく、わたしよりは強いんだろうなあということは」

「どのくらい強いかは?」

「どのくらい……?」


 ヴェリスの質問にたじろぎ、マイが少しだけ身を引くような素振りをしたのを見て、ヴェリスはにこっと笑った。


「分からないだろ? そして、それが分からないような今の君の実力じゃ――このクエストに単独で挑むのはただの自殺行為さ」


 人助け、自殺行為、無自覚、だから「手伝い」をする――ヴェリスの言っている意味が漸くすべて線で繋がり、マイは言葉を返せずに息を呑み込んだ。

 そんなマイの様子を見てからヴェリスは、空になった鍋に空になった自分の器を投げ入れ、カランっという音が小さく響いてから、ふと息を吐く。


「――ま、そういうわけで俺はマイちゃんがこのクエストを遂行することを止める気はないよ。手伝いはするけど。だって俺、別にマイちゃんが居なくったってこの程度のクエスト一人で成功させる自信あるしねえ」


 さらりと言われたヴェリスの言葉にマイは顔を上げて、ヴェリスに目を向ける。そうして、持っていた器を抱えるようにぎゅっと手に力を込めた。


「貴方は……一人で、あのモンスターを狩れる、のか……」

「ん? さあね、この世界はどんな下位級のモンスター相手にしたって絶対なんてないから、分からんよ。言い切ることはできない……まあ、ただ俺はその自信はあるけど」


 飄々と答えたヴェリスの答えははぐらかすようなものだったけれど、それに納得したのかマイはそれ以上何も言えず、器に残っていたシチューをスプーンで掬う。それを口に運んだけれど、美味しいと感じていたはずのシチューは、何故か味を感じなかった。


「――さて、じゃあ今度は俺から質問させてもらおうか」

「えっ……?」

「君は、何故このクエストを受けたんだ?」


 ヴェリスに自殺行為と断言されたことの理由を聞かれ、マイはふっと笑う。


「…………強く、なりたくて」

「強く……? そのために、身の丈に合っていないクエストを受けたのか?」

「そう言われると、もうぐうの音もでないが……そうだ。わたしは早く強くなって、仲間の足を引っ張らないようになりたい……っ」

「……聞く限り、君の仲間は随分いい人たちそうだけれど?」

「何故そう思う」

「推測するに、君の言いぶりからマイちゃんは三人パーティの人たちの四人目として誘われたんじゃないか? そして、そのパーティのランクはそこそこ上で、君はパーティメンバーたちとランクを合わせるように今のランクまで、パーティのメンバーに手伝って引き揚げてもらったんだろ。そんなことをわざわざしてくれる人たち、いい人以外の何物でもないさ」

「……よくわかったな、そんなこと」

「年の功さ。そうじゃないかなってのは、君のことを見てたら分かる」

「そう、か」

「で、君が強くなりたいってのが仲間のためだというのなら……人のいい人たちだろうっていうのは、想像つくさ」


 そんなヴェリスの言葉に、マイは何故かくすくすと笑い、やっと空になった器をヴェリスがそうしたのと同じく、シチューの入っていた鍋に投げ入れた。


「ヴェリス、だったか……貴方の名前は」

「ん、ああ……そうだよ」

「――ヴェリスは変わっているな、人助けが趣味だなんて」


 ふと笑ってそう言ったマイだったが、ヴェリスの目にはマイが笑っているというよりも泣いているように見えてしまい、息を止める。


「わたしは、そんなに助けを求めているように見えただろうか」

「……助け、求めたろ」

「えっ?」

「俺が一人で行くのは危ないって言ったあの時……君は震えたじゃないか」


 言われたそれにマイはぐっと眉を寄せて、歪に笑った。「ああ、気付かれていたのか」という思いから笑いが零れ落ちた。


 ――あの時、「一人じゃ危ない」という言葉を、見ず知らずの人に言われて思ったのだ。想像した。一人で危険種大型甲殻モンスターに挑んでいる自分の姿を。そして、それに確かに恐怖を感じたのだ。


「……あれをそうだというのなら、間違いなくそうだろうな」

「俺にはそう感じた」

「そうか……こんな風に巻き込んでおいて、それを申し訳なく思う。けど、その上でわたしはそれでもこのクエストをリタイアするつもりはない。なあ、人助けが趣味だと言ったヴェリスよ」

「何……?」

「迷惑な話だと思うが……わたしはお前に相談をしてもいいだろうか」

「相談……?」

「わたしには、何かを相談できる友が居ない。仲間は仲間で、その仲間について悩んでいるのだから、わたしはそれをそいつらに相談することができなくてな」


 言って、握った拳に目を落とすマイは今にも泣きだしそうな表情だった。


「巻き込んでおいて虫が良すぎると思う。しかも、見ず知らずの人間に相談などされたって何だとも思うだろう。ただ……お前が強いと、それは分かる。お前のように強い奴は初めて見る。だから、お前になら相談してみてもいいかなと……そんなことをわたしは、」

「マイちゃん待った。ん~……色々と間違ってるから、訂正させてもらってもいいかな」

「はっ?」

「まず、俺は巻き込まれたんじゃなくて、最初から巻き込まれに来たんだけど。んで、マイちゃん、俺の名前は?」

「え……ヴェリス、だと名乗ったよな……?」

「俺の職業はなあに~?」

「え? ハンター……じゃ、ないのか?」


 戸惑いながらも答えるマイの答えに、ヴェリスはなぜか満足げに笑い、マイに向かって握手を求めるように手を差し出してきた。


「はい、握手しよ! マイちゃんっ」

「えっ、あ? 何で、」

「早く早くっ!」


 急かされて、マイが慌ててヴェリスの手を取ると、ヴェリスはマイの手をぎゅっと握り、ぶんぶんと振った。何が何やら分からず、それを大人しく受けていればヴェリスはにこりとマイに向かって笑いかけた。その笑顔はそれまで見てきた人懐っこい、相手の警戒心を解こうとするものではなく、ちゃんとした笑顔であったため、今までずっとヴェリスが浮かべていた笑顔というのが作り笑いだったというのに、マイはその時初めて気づいたのだった。


「――ん、この握手を以てして、俺とマイちゃんは友達になったってことにしよう!」

「え……」

「マイちゃんは俺がヴェリスっていう名前で、ハンターだってことも、三十六歳だってことも知ってる。見ず知らずの人間じゃないだろう? 次から俺のこと見かけたら、ちゃんとヴェリスって呼びかけれるんだから」

「………………」

「俺とマイちゃんはもう友達だよ。だから、何だって相談してくれていいのさ!」


 そう言って、ぱっと手を離したヴェリスの滅茶苦茶な理論に、マイは思わず「ははっ……」と口から乾いた笑いが零れ落ちる。

 滅茶苦茶だけれど、滅茶苦茶なのはお互い様でもあった。だから、いいかと思ってしまった。


「……わたしには、記憶というものがないんだ」

「記憶……?」

「半年くらい前、気付いたらわたしは傷だらけでエルレ村に居た。それから村長に勧められてハンターを始めて……それ以前の記憶が全くなくてな」

「記憶喪失、ってことか?」

「ああ。わたしの記憶の始まりは、雪山で飛竜に襲われて崖から落ちたところからで……死を覚悟したところから始まった。そうして、エルレ村で目覚めて、勧められるままに武器を握ってみれば武器の使い方を身体が覚えていた。だから、半年足らずで仲間の助力もあってのことだが、ここまで来れた……けれど、仲間はみんな優秀で、わたしよりも遥かにハンターとして上の方に位置している……同じランクになれたけれど、現状足を引っ張ってばかりで……」

「だから、強くなりたい?」

「……頭の中で、思い描く動きがある。それは、このモンスターに対してはこう動けばいいと、多分身体が覚えているもので……でも、わたしはそのモンスターを知らないから、どうしても身体がついてこないんだ。自分の記憶と、身体が覚えているものが伴っていないせいで、どうしても動きが遅れてしまう。だから、わたしが早く強くなるには記憶を思い出すことが手っ取り早いんじゃないかって……危険に身を投じてみれば、何かを思い出せるんじゃないかと……――だって、武器の使い方は身体がこんなにも覚えているんだから」

「………………」

「わたしは、みんなの重荷になりたくない。置いて行かれたくない。記憶のない私を、普通に受け入れてくれた彼らの……足手まといになりたくない、んだ」


 そう言い切って俯き、ぎゅうっと自分で自分の手を握るマイにヴェリスは一言「そうか」と呟くように言った後、俯いていたマイの顎を徐に片手で掴み、ぐいっと無理やり上に向かせたのだった。

 唐突にそんなことをされ、マイが目を見開いていれば、ヴェリスはマイの目を覗き込んで「ん~?」と悩ましい声を上げて首を傾げて見せる。


「ブラフじゃなくて、本気で言ってたのか」

「えっ……は?」


 そうしてヴェリスは「ごめんごめんっ」とマイの顔から手を放し、何を確認したのかマイの目を見たヴェリスは「うんうん」と頷きながら笑う。


「結局マイちゃんが自殺願望者だったってことが分かったよ」

「はっ……? 何で、そうなるんだ」

「だあって要約すると、マイちゃんは記憶喪失でー、でもそれを受け入れてくれる仲間が居て? その仲間のために早く強くなりたかったから、危険に身を投じてるってことでしょ?」


 要約されて口にされてしまえば、何ともチープなものになってしまったように感じたが、何一つ間違ってはいなくマイは頷くしかなかった。すると、ヴェリスは一度「はあっ」とため息を吐いてから、マイの目を射るように見つめる。


「――だとしたら、やっぱそれはただのちょ~自己満足な自殺行為だよ」

「なっ、」

「だってそうだろ? マイちゃんは仲間の誰かに自分の力が及ばないことを責められたのか? それとも記憶がないことを責められた?」

「っ……、」

「話を聞く限り、されてないよなあ。君の仲間はきっと、そんなことを言うような人たちじゃない」


 言い切られて、マイが思い返したのは仲間から貰った言葉たち。


 ――記憶がない? ふうん、別にいいんじゃないの。私は今、目の前にいる貴女に用があるんだから、過去の話はどうでもいいことよ

 ――マイちゃんはマイちゃんだから、そのまんまでいーよ! あたしはマイちゃんのこと大好きだもんっ

 ――足引っ張ってる? ええ〜? 全然そんなこと思わないけど……俺もまだまだだし、強くなりたいんなら一緒に強くなっていこーよ!


 今更のように気が付いて、マイは自分の口を手で覆った。そんなマイの様子に、ヴェリスは優しく笑う。


「気付けたんなら、行くの止めるか? このクエスト……まだ、引き返した方が早いけど」


 そう問いかければ、マイは顔を上げてヴェリスに向かって縋るような目を向けてきた。けれど、すぐにぎゅっと目を閉じ、首を横に振って見せる。


「……止め、ない」

「おお、止めないのか〜。いいけど何で?」

「それでもわたしが強くなりたいというのは、変わりないからだ。だからヴェリス……お前の力を貸してくれ」

「ん?」

「お前は、強いんだろう。そして多分、今向かっているこのモンスターに対して知識がある。……わたしがこいつに挑もうと思ったのは、今度仲間たちと同じ種の別地方に出現しているこいつに挑む予定があるからだ。その時に、わたしはみんなの役に立ちたい。その思いは変わらない。だから、こいつに対しての立ち回り方を教えて欲しい」


 強い意志を持ってそう言ったマイに、ヴェリスは驚くように目を見開いていたが、それらを聞き終えてからにいっと楽しそうに笑った。


「――うん、いいねえ。今、自殺行為ってのからマイちゃんは漸く外れたよ。おじさん、そういう向上心高い子大好きだから、特別に指導してあげよう! 代わりにマイちゃんは俺の言うことちゃあんと聞くこと! いいね?」

「ああ。よろしく頼む」

「友達なんだから、お安い御用さ」


 言って、ウインクして見せたヴェリスにマイは思わず笑ったのだった。

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