10.



 あれから、ものの一ヶ月くらいの話だった。マイが、上位級のライセンスを取得するまでは。


 モンスターを狩りに行って、大体が一日休息日を取り、また別のモンスターを狩りに行く。それを繰り返していた結果、マイはわけも分からずギルドから上位級のライセンスが支給されたのだ。

 マイがわけも分からずと思っている理由は、勿論この一ヶ月間の話にある。


 何故なら、あれからマイはただの一度も、パーティで大型モンスターに出会っていないのだから。見ているのは、全て倒され終わった後のモンスターの死骸か、捕獲されて鎮静化されているモンスターの姿。

 この一ヶ月、ずっとアルガと共に各地帯の採取ポイントのツアーをしていただけだった。そうこうしている内に、持っていた武器もいつの間にか上位級に対応できるくらいに強化できてしまったし、装備もそこそこ堅くなっている。

 パーティのリーダーであるアルガに、勧められるままに武器や防具を作って、上位級のハンターの装いになっていたが、マイは不安しかなかった。


(わたし……パーティでの実戦を全然していないが大丈夫なんだろうか……?)


 アルガと共に動く間は、戦闘以外のことでも勿論ハンターとして覚えることはたくさんあるため、それらを覚えることに必死であまり考える暇もないのだが、家に帰ってベッドに寝転ぶと、どうしてもそんな不安が襲ってくる。


(…………明日は、一人で炎属性の飛竜種を狩りに行こう)


 だから、マイはアルガたちには内緒で休息日として設定された日に、一人で大型モンスターの狩猟に向かっていた。

 アルガからは、口酸っぱく「休息日はちゃんと休息しなさい」と、毎回言われていたが、マイはそれをほぼ毎回無視している。


(明朝に出れば、夜には戻れるから大丈夫……)


 バリーにも、アルガにも、始めたばかりの自分の弓について「使えている」とは言われていたが、マイ自身、「使いこなせている」と思えなく、それはどうしようもなく焦りを生んだ。

 その理由の一つとして、この一ヶ月間で一度だけ、ノアールとロクがモンスターと戦っている姿を見てしまったことにある。


 発言からして、二人が可笑しいとは思っていたマイだが――二人の戦闘は、マイの想像を余裕で超えていた。

 他人と狩りに行ったことがなかったため、人の動きを見て「上手いなあ」と思うことはなかったが、二人は、本当にモンスターに対しての動きが上手かったのだ。


 普段虫を怖がったり、アルガの小言やロクのいじめに、ベソをかくくらいにヘタレているノアールだったが、モンスターを前にしたノアールは全くの別人だった。

 太刀を構えて戦うノアールは、モンスターの思考が読めているんじゃないかというくらいに正確に、攻撃を避けてカウンターを打つ。荒々しい、けれど太刀捌きは美しかった。


 そして、人一倍身体が小さく小柄なロクは、モンスター相手に好戦的に笑う。身丈程のハンマーを振り回して戦う姿は、見ている姿の何倍も大きく見えて、そして、戦い方はノアール同様酷く正確だった。モンスターがどう頭を動かしても、執拗に追従して頭を叩く。


 そんな二人の戦いっぷりを数分だけ見る機会が一度だけあったが、見て、マイは思ったのだ――そりゃあ、こんな速さでモンスターが討伐されるわけだ、と。


 二人とも、実力自体はきっともう、高難易度に挑めるくらいなのだろう。足りてないのは実績であり、きっと、すぐにも高難易度のライセンスが取得できる実力を持っている。


(……だから、アルガは二人とパーティを組んでて……わたしは……)


 折角誘ってくれたんだ、見合うような実力に早くならなければと思いつつ、マイは目を閉じた。







「アルガ」

「あら、バリー。珍しいわね、そっちから声を掛けてくるなんて」


 休息日、パーティのリーダーであるアルガは一人、ギルドに足を運んで明日から向かうクエストの資料を受け取った、そんな帰り道だった。ギルドの建物と隣接されている、訓練所から姿を現して声をかけてきたのはバリー。

 アルガの言葉に、バリーは若干苦い表情を浮かべて見せる。


「そういうことを言うから声をかけ辛いんだ……」

「冗談よ。で、なあに? 用があるんでしょう」

「ああ。その、そこまで俺が口を出すことではないが……アルガたちは、今一体どういう頻度で狩りに行っているんだ?」


 唐突に言われたそんなことに、アルガはきょとりとしてから首を傾げた。


「どうって……フィールドに行って、戻ってきて、一日は必ず休息日を取ってから次のクエストに赴いてるけれど」

「うむ、そう、そうだよなあ。君がリーダーなんだ、尚更のことだ……」


 思い悩むように返答をしてくるバリーに、アルガは更に首を傾げる。


「何でそんなこと聞いてくるのよ」

「余計なお節介かもしれんが……彼女から目を離さない方がいいと思うんだ」


 バリーから言われた「彼女」という単語から、思い浮かんだのはマイの姿だった。


「彼女って……マイちゃんのこと?」

「うむ。そうだ」

「どうして」

「彼女は人一倍この訓練所に通ってくれてな、話す機会も多くあり……俺の見解では、彼女はかなり責任感が強い」


 言われたそれに、これまで行った狩りでモンスターを討伐し終えた後に素材だけを剥ぎ取る時など、「わたし、何もしてないんだがいいんだろうか……?」というのは、よく聞く言葉である。それを「やったー! ラッキー!」だとか「楽できた〜」と喜べていない辺り、それはそうなのだろうとアルガは頷いた。


「アルガは知っていると思うが、自分はこう、その人をよーく観察すれば筋肉の動き等でその人の疲労度なんかが分かるんだが」

「ああ、そういえばそうね」

「アルガは文句なしに、いつ見ても健康なわけだが……この間見かけた彼女の疲労度が、おかしいものになっている」


 言われたそれに、何故バリーが「どんな頻度でクエストに赴いているのか」と聞いてきたのか分かり、アルガは黙り込む。


「それと、少し前のことだ。弓使いの玄人を知らないかと、彼女から聞かれたのだが……何分ハンターたちは殆どが近接武器を使用する者が多いからな、そもそも弓を使う人間は少なく、この村で見かけるハンターの中なら現状君以上の使い手は知らないと俺は答えたわけだが」

「ああ、まあそうなるわね……」

「その答えに納得してくれたように見えなく――、彼女は、酷く焦っているように見えた」

「…………」

「おそらく君たちと狩りに行って帰ってきたその足で訓練所に足を運んでは、必ず二百本は矢を射っていくしな……」


 やれやれと息を吐きつつ、「訓練所に足を運ぶことを禁止することなどできんしなあ」と続けたバリーにアルガはまた少し黙り込んでから、目を細めた。


「……ありがとう、バリー。私のパーティメンバーの心配をしてくれて」

「いいや、ただ、こんなことで潰れてしまうには彼女は惜し過ぎる」

「そうねえ……私も気付いてはいたのだけれど、あんたに言われるってことはきっと相当ね。様子を見てくるわ」

「ああ、うむ!」


 バリーに一度礼を言うと、アルガは自分の借家に戻るつもりだった足を、マイの借家へと向けたのだった。









「――え? マイちゃん、居ないの……?」


 訪れたマイの借家の戸を叩いて、当然出迎えてくれるのはマイだと思っていたアルガだが、出迎えてくれたのはラピスだけだった。


「にゃあ……だんにゃさまは明朝に狩りに出て行かれましたにゃ」


 耳を寝かせて、心配そうな目と声色でそう言ったラピスを見て、アルガは少し考える。


「……ラピスちゃん、もしかしてだけど、マイちゃんって私たちとパーティを組んだこの一ヶ月、ほとんどここに居なかったりするのかしら」

「にゃあ……その通りにゃ。昼頃に帰って来た時は、訓練所に行くと夜まで帰ってこにゃかったり、今日みたいに明朝狩りに出て行って、深夜に帰って来たり……ここで過ごすのは寝るときくらいにゃあ」


 寂しそうな表情で、続けて「作ったご飯は食べてあるけれどちゃんと休めてるのか……」と言ったラピスの言葉に対して、アルガは静かに「ふうん……」と言った。

 そうして聞こえたアルガの声は、どう考えたって重暗いものであったことに、ラピスは恐る恐るアルガのことを見上げる。

 すると、アルガはラピスに対してにこりと深い笑みを浮かべた。そんなアルガの笑みに、ラピスは恐怖で全身の毛が逆立ったのだった。


「ラピスちゃん」

「に、にゃ……」

「マイちゃんが帰ってくるまで、ここで待たせてもらってもいいかしら」

「で、でも、今日も多分深夜ににゃるかと……」

「いいかしら?」


 アルガの圧に、決して「いいえ」と言えずラピスは小さく「にゃ……っ」と頷いたのだった。

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