6.



「じゃあひとまず、わたしから。私はアルガ、ハンター歴は十年くらいになるわ。使用武器はボウガンとか、銃火器類で遠距離系のものが多いかしら。時と場合によっては、大剣も使うわ」


 座った円形のテーブルにて、頼んだ軽食と飲み物が出てくるとアルガはそう言った。


「ハンターやる前はとある騎士団に居たのだけれど、色々あって今はハンターやってるの。放浪癖があって拠点はころころ変えてたのだけれど、今の拠点はこのエルレ村よ」

「じゃあアルガは元々別の村を拠点にしてたのか?」

「ええ、まあ。ほら、ナビーさんね、私は古くからの友人になるんだけど、頼まれたのよ。この村のハンターの手が足りてないからって」


 それにマイが「ふうん……」と言えば、マイの正面に居たロクが「はいはいはいっ!」と手を挙げる。


「今度はあたし! あたしはロクです! 十六歳! ハンター歴は二年だよ! 使用武器はハンマー!!」


 堂々としたロクの発言に、マイは「あ、ああ……」と若干引いた声を出した。ロクのテンションについていけない――わけではないが、多少それもある――のではなく、ロクの言葉にマイがたじろぐ理由があった。


 ロクが言った「使用武器はハンマー」という言葉と、ロク自身を見比べてマイは「嘘だろう」と思ったのである。

 何故なら、ロクの言ったそのハンマーという武器はいうなればパワー特化の武器だ。彼女の身の丈の半分以上あるサイズで、モンスターを叩き潰すための重い頭部がある武器。それを振り回して戦うことになるハンマーであるが、とてもじゃないがロクがそんなハンマーを振り回せるような身体付きに見えなかった。


 百五十センチもないだろう小柄に、自分よりは細いだろうなあと思える腕。そんな彼女の使用武器がハンマーだとは信じ難かった。

 そんな思いから無意識にマイは、交換したロクのハンターカードに目を落とす。ハンターカードには、これまで使ったことのある武器の使用回数が見れたが、どうやらロクの言葉は嘘偽りなく、清々しいほどにハンマーのところにしか数字が刻まれていなかった。


「ハンマー……一筋なんだな」

「うんっ! というか、あたしハンマー以外使えないの! 下手でっ!」


 言い切られたそれに「ははは……」とマイが返せば、ロクはにこーっと笑って自分とアルガを交互に指差す。


「で、あたしがアルガちゃんと最初にパーティ組んだのー! それこそ二年前に!」

「あ、そうなんだな……?」

「うん! で、のいれが加入したのは半年前だっけ?」

「だからのいれじゃなくて、ノアール! も〜……そ、オレがアルガちゃんたちのパーティに入ったのは半年前〜」


 言って、ノアールはマイに目を向け、マイと目が合うとにこりと人懐っこい笑顔を見せた。


「改めて自己紹介ね、オレはノアール。ハンター歴は五年くらいかな〜? 使用武器は基本的には太刀で、あとは棍とかも……」


 そうして話す中で、ふとノアールの肩にもぞりと芋虫が動いたことに、マイは目を点にさせる。見たところクエストから帰ってきたばかりなのだろう様子であったし、道中の森かどこかから連れてきたのだろうと、マイは特に何も思わずその芋虫を指差した。


「――ノアール、肩に虫が……」

「ウッッッッッソ!!!! ドコドコドコ!? 取って取って取って!! ロクちゃんっっ!!!!」


 自分が示した五倍以上の声を出して、顔を青ざめさせ身体を跳ねさせたノアールに、マイはびくっと肩を跳ねさせて驚く。

 そんな間に、ロクは「も〜仕方ないなあ〜っ」とため息混じりにノアールの肩に居た芋虫を指で摘み、ぺいっと近くの窓の外に投げ捨てていた。

 涙目になっているノアールと、二人の様子をじっと黙って見た結果、マイの中でとある結論が生まれる。


 ――こいつ、ヘタレなのか……と。


「あ〜びっくりした〜っ、オレ本当に虫ってダメでさあ〜」

「へ、へえ……(ハンターなのになあ……)」

「ごめんごめん、脱線したけど続きね! えーっと、使用武器は基本的に振り回しやすい細長い武器が多いかな! 今は太刀が楽しいから太刀ばっか!」

「太刀、な」

「ほいで、オレは四分の一くらい竜人族の血が入ってます! ほぼ人だけど、生まれは竜人族の里で、家業のモンスター観測を手伝いつつハンターやってて、ハンターに本腰入れたのはアルガちゃんたちと組むちょっと前から! 歳は二十三だよ〜」


 ノアールの言葉に、マイは「ふぅん」と息を吐きつつ、ノアールのことを見つめた。


 ノアールの言った、「竜人族」というワードについて考えて、「四分の一」と思う。

 竜人族とは、名前の通りその身体に竜の血が流れていると言われている種族だ。多くがほとんど普通の人と変わらない見た目であるが、その人たちは大体にして耳が尖っている――いわゆるエルフのような耳を持ち、また、特徴として長命というものがある。普通の人の寿命が平均で八十歳くらいであるが、竜人族の寿命というのは解明されてはいなく、とある文献では千年間生きている者も居るとあったりする。

 そして、マイにとって身近な竜人族の人といえば――この村の村長がそうだった。興味本位でマイは一度村長に聞いてみたことがあるのだ、村長が一体今何歳なのかと。村長の答えはというと、「詳しくは言えないけれど、二百年は生きてるわ」というものだった。


 長命である竜人族は、その長命さ故に多くの独自の文化や技術が存在している。ノアールの言った、「モンスターの観測」というのは、古来より竜人族が行ってきた文化の一つだとマイは本で読んだことがあった。

 独自の技術で気球などを飛ばし、空から地上のモンスターの様子を観測し、その観測結果は基本的にギルドに送られ、そうしてギルドによりクエストが発行される。大体のクエストというのは、そうやって作られているのだ。


「――で、肝心なマイちゃん! 自己紹介どーぞっ」


 そう、ノアールからバトンを渡されて、マイはひとまず口を開ける。


「ええっと……、わたしは、マイ、だ。武器は、とりあえず双剣を使っている……」

「うんうん!」

「ハンター歴は、多分、三ヶ月……」

「え〜? 多分って何? それでそれで?」


 ロクから先を期待され、促されたがマイにはそれ以上言えることが何も無かった。


「…………以上だが」


 そのままそれを口にした結果、ロクとノアールからは「え〜っ!?」と落胆の声が上がる。


「それだけ!? 歳とか、今まで何してたとかは!?」

「それに多分って何!? ハンターカード見ればいつから始めたかは――……」


 言いながら、マイのハンターカードに目を落としたノアールは「えっ!?」とおどけた声を上げた。


「マイちゃん、本当に始めて三ヶ月なの!?」

「あ、ああ」

「は、始めて三ヶ月で――あの一角獣モンスター討伐成功って、活動記録に書いてあるんだけど……」

「えっ!? わあっ、ホントだ!」

「あのって言われてもよく分からないが……この間一角獣モンスター討伐はしたよ」


 マイの答えにロクとノアールは何故か「ええ〜……っ」と若干引いた声を上げて、信じられないものでも見ている目をマイに向ける。

 そんな目を向けられたマイは、二人の様子に「息ぴったりだなあ」とぼんやり思った。


「マイちゃん……普通ね、あのモンスターって一人で討伐できるようになるまでに最低半年かかるって言われてるモンスターなんだよ……?」

「そーそー。それを一人で狩れたらようやく一人前のハンターって認められるようなモンスターなの! あたしはきっちり半年かかったよ〜」

「オレは八ヶ月かな〜……何回か途中でリタイアもしたし……」

「そ、そうなのか?」

「そーだよ? それなのに三ヶ月で狩ってるとか……」

「マイちゃん何者〜?」


 二人から言われるそれに、どう答えようかマイが考えていると、それまで黙っていたアルガが「ねえ」とマイに目を向ける。


「貴女の言葉、幾つか気になるから聞いてもいいかしら」

「あ、ああ」

「まず、使用武器についてだけど”とりあえず”ってどういうことかしら。それに伴って貴女がハンターやっている歴も”多分”っていうのも。貴女、自分のことを随分と他人みたいに語ってるけど、何か理由がある?」


 そんなアルガの鋭い指摘に、マイは却って気が楽になり息を吐いた。


「ええっと、まずわたしを仲間に誘ってくれたのは嬉しく、一応それを了承した形に今なっているわけだが……今から言うわたしの話を聞いて、改めてわたしを仲間に誘うかどうか考えて欲しい」

「……それはまあ、構わないけれど」


 アルガから目配せされ、ロクとノアールがそれに頷いたのを見てから、マイは息を吸い込む。


「――――わたし、記憶がないんだ」





「なるほど……それで”とりあえず”で、”多分”だったのねえ」


 自分の知っている自分のことをマイが全て話し終えれば、最初に言葉を発したのはアルガだった。頬に手を当てて、やれやれと息を吐くアルガに対し、マイは苦笑を浮かべる。


「そういうわけで……、自己紹介と言われても、本当にこれ以上言えることが無いんだ」

「そっかー……あれ? マイちゃん、自分のこと何も分からないんだよね?」

「ああ」

「じゃあマイちゃんって、その名前はどこから来てるの? 名前は覚えてたとか?」

「いや、わたしは自分の名前も覚えていなくて……唯一の所持品だった、このイヤーカフに”M.A.I.”と掘ってあったから、そこから取っただけだよ。ハンターをやるのに名無しじゃダメだからな」


 ノアールからの質問にそう答えれば、質問をしてきたノアールと、答えを聞いたロクは同じタイミングで「そっか〜」と息を漏らした。

 見た目はまるで似ていないが、兄妹のように同じ反応を見せる二人に、マイは何だか笑えてくる。


「あの……それで一応聞いておきたいんだが、お前たちはわたしのことを知らないか? どこかで見かけたことがあったりとか」

「んー、オレは無いかな〜。そんなに顔も広くないし、初めましてだと思う」

「あたしもー。見たことないかなあ。その可能性なら一番高いのアルガちゃんじゃない? アルガちゃんが多分一番顔広くて、色んなとこ行ってるだろうし」


 ロクの言葉にマイがアルガに目を向ければ、アルガはじっとマイの顔を見つめ、「んー……」と鼻を鳴らした。


「私も無いわねえ。記憶力はいい方だし、人の顔覚えるのも得意だから、話してれば覚えてると思うけれど……私も初めまして……ま、正しくは二度目ましてかしらね」

「そ、そうか……」

「にしても、マイちゃんはそうやって聞いてくるってことはもしかして――記憶を取り戻すためにハンターを始めたのかしら?」

「まあ……一応それもある」

「一応?」

「一番はこの村の村長に恩があるからだ。それに伴ってハンターを勧められて……、わたしの身体が武器の扱い方を知っていたんだ」

「武器の扱い方って、」

「そのままの意味さ。それを持って戦った記憶はないが、武器の構え方を知っていて……バリー教官に”ちゃんと鍛えられた身体だ”と言われ、ハンターをやってみることが自分の記憶を取り戻すのに一番近い気がしたんだ」


 話されたそんなマイのことについて、アルガは静かに思う――だから、三ヶ月という短さで、あの一角獣モンスターを討伐成功出来たのか、と。


(ふうん……素性は分からないけれど、今のところ何の嘘偽りもなく話してるし、根もいい子そうね。それに、あのナビーさんが認めているということは、多分マイちゃんの実力自体は上位級でしょうし……)


 現状、三人パーティのリーダーという立場であるアルガであるため、マイのことを吟味するように観察し、そして、にっと唇に弧を描く。


「とにかく……わたしはそんな感じで、普通に考えてとても面倒くさい存在かと思う。わたしとしては、パーティを組んで貰えたらありがたいと思うが、今の話を聞いて面倒に感じるなら、パーティを組む話はなかったことにしてくれて構わない」

「――私は、最初に言った通り貴女にパーティに入って欲しいと思ってるわ」


 まるで断って欲しそうなマイの言葉に対して、アルガはそう言ってにこりとマイに笑いかけた。


「ま、素性なんて別に分からなくったって構わないのよ。私たちだってみんなそうなんだから」

「え……そ、そうなの、か?」

「ええ。そうね、例えば――……ノアール、私の名前は?」

「へっ? アルガちゃん」

「それが本名か、ハンター名か、知ってるかしら」

「え……、知らないや」

「本名だとして、アルガ・なにか知ってる?」

「えー……知らない」

「私の出身地とか」

「え〜……? 聞いたことないから、知らないや」

「ね、ほら。半年一緒に居たけれど、こんなものなのよ」

「そ、そうなのか? ものすごく仲良さそうだったから、意外というか……」


 戸惑いつつ言われたマイの言葉に、ノアールとロクは「仲はいいよ!」と返してくる。


「狩りをする上で、私は相性さえよければいいし、みんなそんなものだから……自分には記憶がないからとか、そんな理由で引け目を感じる必要は別にないわよ」

「うん、まあ記憶無いっていうのはびっくりしたけど、へえ、そうなんだ〜ってくらいかなあ。今目の前にいるマイちゃんがパーティに入ってくれるなら、オレは超嬉しいかな〜!」

「あたしも〜!」


 迎え入れてくれる言葉をそれぞれから掛けられたが、その理由が分からず、マイが思わず「何で……」と零してしまえば三人とも、にっと笑った。


「私たちと相性良さそうだから」

「オレたちと相性良さそうだからっ」

「あたしたちと相性良さそうだから!」


 重なって言われたそれに、マイはきょとりとした後、「ふふっ」と笑う。


「お前たちは……ものすごく相性良さそうだな?」

「そそそ! で、マイちゃんもそんな感じするから!」

「オレもそー思う〜!」

「そうそう、私も」


 三人からにこやかに笑いかけられ、マイも釣られるように笑ってから息を吐き、三人を見据えた。


「そうだな……選んでもらうのは止めにしよう」

「あら、じゃあ……」

「ああ。改めて――わたしのことを、お前たちのパーティに入れて欲しい」


 そんなマイの言葉に対し、アルガはふと不敵に笑い、ノアールはにっと歯を見せて笑い、ロクはふふっと楽しそうに笑う。

 そして、「ようこそ!」と歓迎されたのだった。

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