第27話
「皆さんお疲れ様でしたー」
ピンクゴールドのヘアクリップに触れる。
やっと終わった。明子に会える。
…正確には我慢できなくてさっき会ってしまったけど、嬉しい。
私は一目散にワンピースに着替えて控え室を出た。写真を撮りあったりしている人もいたし、通路もスタッフや出演者が和気あいあいとしていたが、私はそれよりも優先すべき人がいる。
周りに人が少なくなると一気に駆け出した。さっきと同じ場所だ。
最後の全員曲の時も私の視界には明子しか映っていなくて、口を動かし笑顔で踊るけど、内心明子のことしか考えられなかった。
「ももさん!そっちダメです!!」
スタッフの一人が私よりも早いスピードで駆けてきて、私の腕をとる。
「とりあえずこっちへ戻ってください!」
「もう終わったんじゃ」
「それどころじゃないんです!」
私はそのスタッフに引っ張られて、さっきいた控え室とは別の部屋に入らされた。そこには出演者、マネージャーさんや今回関わったスタッフの方々が沢山いて、そこにはいるはずのない人がいた。
「けい…さつ……」
警察官が複数人。なぜか泣いている出演者の人もいて状況が呑み込めない。
「とにかく今は落ち着いてください。外は警察が対処していますからご安心ください。」
安心させるために女性警察官なのか、優しい口調でこの場を落ち着かせようとしている。
何が起こっているのか分からない私はきょとんとして入口近くで突っ立ったままでいた。なんで泣いているのか、怯えているのか、分からない。
「安全が確認でき次第、帰れますので。」
私の隣にいた、こちらも優しそうな雰囲気と口調の女性警察官が私を宥めるようにそう言った。
「何があったんですか?私分からなくて。」
明子へ向かうために勢いのまま走っていたから、その状況に気づかなかったのか。私の聴覚はどうやら明子に操られてでもいたのか。
「銃で女性が撃たれたんです。」
銃声を私は聞いていなかった。聞こえなかった。そして自分でその方向に向かっていたなんて危険すぎる。引き戻してくれたスタッフさんに感謝すると同時に、明子は無事か心配になった。
「ファンの方々は無事ですか?」
「客席にいた人は全員退場したあとだったのでそちらの心配はないです。」
内心ほっとする。誰かが銃で撃たれたというのに不謹慎な気がするけど明子は大丈夫だ。
スマホを取り出し、明子に連絡する。きっとホテルに戻っている途中だ。明日日本を発つから、明子なら計画的に荷造りでもして私を待っているだろう。
『会場で事件があったから帰るの遅くなる。』
『私は無事だよ!』
『明子も大丈夫?』
メッセージを送り、そのうち返ってくるだろうとスマホの画面を閉じた。
────────────────────
帰路に着く頃にはライブ会場での銃撃事件はネットニュースになっていて、それと同時に事務所のSNSには演者、スタッフ、観客全員無事だという文面も出された。そして、一人の所属タレントが逮捕されたとも発表された。
私の隣でメロンパンに齧り付いていた女の子だった。
顔と本名がニュースに載っていたけど、アイドルをやっていたらしいが聞いたことも見たこともない人だった。
そして射殺された人物の情報がない。親族が大事にしたくないのかもしれない。
私の隣に座っていた子が犯人だということが信じられないでいた。他の演者と共に歌い踊っていた。今から人を殺そうとしている人なんて微塵も思わなかった。
明子からは変わらず連絡が無い。ホテルで疲れて寝ているのかもしれない。もう深夜だけど夜食でも買っていて最後の日本食を楽しもう、と私はコンビニで2人分の揚げ物やスナックを買った。
ライブが終わったし私もお腹がすいていた。早く明子に会いたい。
「ももちゃん!」
私の隣に一台の車が停車する。
「社長!?」
「ホテルまで送ってあげる。乗って?」
「いいんですか?」
社長とはリモートで会話をしたことはあって、今日のライブ前に初めて対面した。
ホテルは事務所が取っていてくれた場所だからどこにあるかは知っているはずだ。私はご好意に甘えて社長の車に乗り込んだ。
私とほぼ変わらない年齢の女社長だ。かなり美人で芸能人だと言われても違和感がないくらいだ。
助手席に座って社長の車で東京の街を走る。昔はまだ新人だったアイドルの広告、脇役ばかりだった俳優が主演のドラマのCM、見たことがないファッションブランド、
車窓からの東京は変わらないようで変わっている。幾分か皆疲れきった顔をしている。
「今日のライブ、やっぱりももちゃんソロが熱かったってSNSでバズってたわよー」
「ほんとですか!?」
「うちの人気No.1になる日も近いかもね。」
人気No.1…
逮捕されたあの子だ。
所属タレントが逮捕されたにもかかわらず社長は平然としている。そのくらいでないと若くして社長は勤まらないのかもしれないが、あっさりしすぎている気がする。
「人気が上がるのは嬉しいですけど、複雑です……。」
「まぁ、そうよねー」
私は正直な意見を言う。自分が上に行くためには時には何かを蹴落として突き進まなければならない時があるけど、今回は刑事事件であるから何とも言えない。
「ホテル。あの部屋楽しんでくれた?」
「はい!広すぎてびっくりしました。夢みたいな一週間でした。」
「でしょう?せっかくの帰国なんだから、お友達も一緒に楽しんでほしくて!」
"お友達"。
本当はそんな関係では無い。だけど私たちは私たちを守るために嘘をつき続ける。海外では堂々としていられるのに、日本にはそれを受け付けないような圧迫感がある。随分多様性の世の中になったけど、それでも偏見の目は確かに存在する。
「一緒に住んでいるのがお友達なんて楽しそうよねぇ」
「友達と住むのは楽しいですよ?」
「私は一人の時間が欲しくなっちゃいそう。四六時中誰かといるなんて耐えられなさそうだわー」
「…失礼ですが、ごけっこ」
「ガールフレンドが一人、いるわよ」
意外だ。てっきり美人だし結婚していそうな落ち着きがあるし、女性より断然男性に好かれそうなセクシーなフェロモンが溢れ出しているような人だからだ。女性に好かれる人もあんまり分からないけど、確実に男性からはモテるんだろうなというのは何となく分かる。
脇見運転もせず真っ直ぐ前を見て社長はそう答えた。社長のことが少し気になる。
「どんな方なんですか?」
「うーん。付き合いは長いわね。あと可愛い。」
機嫌が良いらしく、社長の口角が自然と上がっている。
「どんなところが可愛いんですか?」
「そうね…」
頭の中でガールフレンドを思い描いているのだろう。うーん、と悩んで選び抜いたことを社長はつぶやく。
「共犯者、ってところかしら。」
社長の言葉の意味が分からなかった。社長は顔色を変えず平然と車を走らせる。
「あの、道って合ってますか?」
「ん、どうして?」
おかしい。こんなに時間がかかるはずがない。見たことがない道を通っている気がする。気のせいなのだろうか。
「ごめん。そんなに早くお友達に会いたいのね。」
「はい。大切な………なので。」
社長にガールフレンドがいることを知ってうっかり口を滑らせるところだった。
私と明子の関係には誰も足を踏み込ませない。
「っ!!!!!!!あ゛っ!!!!ん!!!」
体が痺れる。動かない。
椅子が電流でも放っているのか、だけどこれは普通の車で、
息が出来ない。
「さよなら。百瀬みのり。」
意識が遠のく直前に耳元で聞こえた声は、聞き覚えのある懐かしい声だった。
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