第15話

今日はいつもよりよく眠れた。今年はまだ雪は降らないけど暖房が必須になって、喉を傷めないように加湿器も併用する。


2人が寝ると丁度いいサイズ感のベッドに、2人でくるまっても少し余るくらいの大きさの掛け布団。多分掛け布団とかはこう、私のだー、寒いー、もっと分けろー、とかそういう感じで引っ張りあったりするものなのかもしれないが、私たちはずっとくっついて離れないからそんなことは起こらない。



「もう起きなきゃだね。」



数十分前からお互いが起きていて寝たフリをしていることには気づいていた。たまに目を開いては愛しい人の寝顔を確認しあっていた。相手が目を開きそうになったら素早く目を閉じて、目を閉じそうになったら少しおいてゆっくりと目を開ける。


意識がある寝顔だから少し口角が上がっていたり、目を閉じながらも目の奥では瞬きをしていたり、肌を撫でれば少し動く。



みのりがゆっくり目を開ける。目が合う。可愛い。


「おはよう、みのり。」

「おはよう、明子。」


軽くキスして、みのりがゆっくり体を起こす。私の頭を撫でて布団から出ていこうとする。


みのりの温もりが布団から無くなりかける。


「寒い。もう少しここにいてよ。」

「…おりゃ!」


みのりの腕を掴んでここにいてほしいと思っていると、逆に私の上にダイブしてきた。すんごい意地悪な顔で。


私の肌をくまなくくすぐって、どさくさに紛れてバカみたいに何回もキスしてくる。くすぐったくて笑いが止まらなくて、抱きしめ合ってベッドの上をぐるぐるとはしゃぎ回っていると、



「痛い。」

「ごめん!スイッチ入っちゃった!」

「もう…」



そのまま勢い余ってベッドの下に2人まとめて落下した。幸い、私が背からいってみのりは私に覆いかぶさった形になったからみのりに怪我はなかった。私も特に怪我は無い。


「可愛い。…朝ご飯、明子がいいな。」

「変態」

「ごめん!作るから、ご飯!」

「私も作る…」


「待ってて、私が作るから。」


たまには私が作ろうと思ったのに、みのりの意思は固く、軽々とお姫様抱っこの形で持ち上げられてベッドの上に降ろされた。


最近のみのりのスケジュールには余裕がある分、本人は筋トレに励んでいる。成果が出るのが早い気がするが、ほぼ毎晩ソファからベッドまでお姫様抱っこをされている。何かしら甘い言葉を囁かれてキスをするまでがお決まりの流れだ。



「待っててね」

「はーい」





そして今もキスされて、みのりは満足そうに微笑むとスキップしながらキッチンの前に立った。



と思ったらかなりのスピードで戻ってきて

………嫌な予感。



「足りない」



真顔のみのりがそれだけ呟いて、朝にするには濃厚すぎるくらい深いキスをしてきた。私の手を掴んで自分の胸元に持ってきて強制的に触らせてくる。


私にも自然とスイッチが入る。こんな記念の日に朝からこんなことしてるなんて、こんなことさせてくるなんて、みのりは本当に



「変態」



みのりの肩を押して、足を掴んで開いた。みのりはこれから起こることを期待している顔つきになった。


「いいの?武道館だよ?」

「いいの…えねるぎーちゃーじ……てきな」

「ふーん」

「ダメ?」


目を潤ませて私に手を伸ばす。



「朝からいいの?センターさん?」

「まだセンターじゃない」



まぁこんな日だから優しくする。……アイドルにステージで艶かしい表情なんてさせたくないから。



私に伸ばされた手を掴む。


スポットライトを浴びるにはエネルギーが必要で、それを私たちは戯れの中で補給する。本当の私たちを知ったら淫らな、ふしだらな女だと誰もが思うだろう。だけどどんなに逢瀬を重ねても、また欲しくなる。私たちは禁忌を犯してでもお互いがなくてはならないんだ。






────────────────────

「流石のマネージャーも、今日は仕事入れなかったんだね。」

「今日入れたら鬼でしょ。」

「………明子とこんなにゆっくり出来て、嬉しい。」

「私も嬉しいよ、大好き。」



白米、だし巻き玉子、焼き鮭、サラダ、お味噌汁。


バランスの良い朝食がテーブルに並ぶ。隣に並んで手を合わせて食べ始める。ホテルの朝食みたいに豪華だ。盛り付けも綺麗だし、全部美味しい。


朝にこんなに時間があるのは何時ぶりか分からないくらいで、みのりと並んで朝食を食べられる事実でさえ来るものがあった。


「明子」

「なに?」



「………悪く捉えないで欲しいんだけど、……少し丸くなった?」



「…みのり嫌い」

「違うの!ごめん!言い方が悪かったよね、そういう、太ったとかじゃなくて!」



確かに……うーん、自分だと分からないものだ。


前よりは肌がもちもちする感じはするし、胸も心做しか……こころ、なし、か…………。


自分の膨らみを右手で触り、左手で太ももを摘んでみる………。



「まずい。太ったかも。」

「だからそういう意味じゃなくて!」

「衣装、だいじょ」

「だから違うっ!」


箸をご飯茶碗の上に置いて、みのりは私の方に膝を向けて背筋良く正座の姿勢をとる。自分の肉を押して傷心していたらその手を掴まれて、膝の上に置かれた。



「顔色、良くなったなって。」



みのりが私の頬をぷにぷにと摘んで赤ちゃんみたいにケタケタ笑っている。そんなに摘めるのか…


「やっぱり太ったから?」

「だから違うって!元に戻ったなぁって!健康的なやせ体型ですこれ以上細くなったらダメだよ?明子にはずーっと元気でいてもらわなきゃ困る!」



両頬が摘まれて自由自在に動く。何かのおもちゃになったみたいに私は大きな赤ちゃんに自分の頬を遊ばせてあげる。



「みのりちゃん、ご飯冷めちゃうよ」

「あきちゃん、そんなにご飯食べたいの?」

「食べたい。手離して。」

「はい。失礼しました。」



軽く目を細めると睨んでいるように見えたのかめちゃくちゃみのりが謝ってきたけど、そんなに私は目つきが悪いのだろうか。


私は目を意識して、なるべく優しくみのりを見るような試みる。ちょっと真面目な話をしたい雰囲気を察してくれて、みのりは私の方をしっかりと体ごと向いてくれる。


今日言わなきゃいけない。約束だったから。武道館までって。



「みのり。お弁当、作ってくれてありがとう。」



私がご飯をあまり食べていないことに気づいた次の日からほぼ毎日お弁当を作ってくれた。みのりも仕事がある時はおにぎりだけでもと持たせてくれた。

可愛いメモ用紙に一言何かを書いてそれも一緒にはさんでくれていた。


みのりが作ってくれたご飯というだけで私はご飯が食べたくなるし、みのりの字を見るだけで次の仕事も頑張ろうって思えた。単純すぎるけど仕事を頑張れるのはみのりのおかげだ。



「うわぁ、え、嬉しい…、頑張ってたもんね明子ぉ~」

「まぁ、マネージャーからは愛妻弁当だの冷やかされましたけど。」



万年独身を貫くマネージャーはみのりが作ったお弁当に興味津々で随分と冷やかされた。


「まさか、メモ」

「見せるわけないでしょ。…………たまにすごいの、あったし?」


仕事が忙しくて良かったと思う。メモの内容は時にライン超えしてきて、家に早く帰れる状況だったら………どうなっていたことやら。


みのりが顔を赤くして、卵焼きを一欠片食べた。今日はさっき優しくしてあげたから武道館が終わるまでは手を出さない。



「明子ともっと一緒にいたいんだもん。でも、応援したいのも事実だから、あぁしか出来なかったの。」

「可愛い。ありがとう。」



拗ねてるのか照れてるのか、どちらにも取れる表情で相変わらず私の方を向いてくれない。横顔ですら可愛い。私は逆にみのりを見つめる。


「あと、嬉しいご報告があります。」

「武道館の前に!?」

「終わってからにする?」



「いや、今!」



みのりは私の言葉に反応してこちらを向いてくれた。コロコロ表情が変わって可愛い。微笑ましくなる。



「今日のみのり、ほんっと、可愛い」

「可愛いしか言ってないじゃん!で、話って何!?気になるから!早く言ってー!」



私が黙っていると急に横から抱きしめてきた。


「勿体ぶらないで早く言って!」

「わかったー、報告!」

「何!?」




「引越しが決まりました!」




みのりの反応がない。すぐ横にいるみのりの顔を恐る恐る見る。『なんで?』と言い出しそうなよく分からない顔をしている。


「ここじゃダメなの?」


確かにこの部屋は事務所持ちのマンションなのでセキュリティもしっかりしてる。それに私たちの思い出も詰まっている部屋だ。数回引っ越しているが、ここが一番長く二人で住んでいる。



「私ここがいい。明子とここでずっと暮らしたい。」

「どうしたの?今日はわがままさんだなぁ。」



私の耳朶をぷにぷにと弄りながら、私の体を自分の方に引き寄せてより密着させてくる。暖房が効いているけど冬は寒い。みのりの体温が暖かい。誰もが体験出来るものではない非日常で生きていると、普通の日常がいかに幸せかと思い知る。


わがままさんにちゃんと報告をしてあげる。



「事務所が持ってるマンションで一番良いところだよ。次に引っ越すの。」

「え……え、えぇ!?!?」



みのりが驚いて私から離れる。


驚くのは無理はない。そのマンションはうちの事務所の大物アーティストや人気俳優が住んでいる場所で、ホテルのスイートルーム並に広い。


「でもあれだよ?上の階じゃなくて全然下の方の部屋。エレベーター乗らなくても階段で大丈夫なくらい。上には上がいるよね。」


私が自虐的にそう言うと、みのりは真面目な声音で私に問う。



「それって、明子のおかげでって、ことだよね?」



みのりは悔しそうに顔を歪ませる。...実のところは私だけがそのマンションに引っ越すことになったが事務所の人に直談判してみのりと二人で住む許可を得た。



「私の人気で、あんなところ住めるわけないもん。明子は一人でそっち住んでも」

「嫌だ。」



可愛い顔が台無しだ。みのりを泣かせてしまった。私も泣きそうになる。目の奥が熱い。



「みのりが一緒じゃなきゃ嫌だ。みのりと一緒にいたい、みのりが一緒じゃないなら引っ越すのやめるよ。」

「なんで…」

「無理。みのり、一緒に来て。ううん…ずっと一緒にいて。ずっと隣にいてほしい。みのりと離れるなんて嫌だし、みのりを一人にしたくない。」


「バカァァァァ!!!」



声を上げて泣いて、みのりはまた私を抱きしめる。


「好き。やっぱり明子が大好きだよ。ずっと一緒にいよう。明子に見合う人になるから、頑張るから、私。」

「私がみのりに見合うか心配になっちゃうよ…」


みのりの背に腕を回して私も抱きしめる。朝から私たちはキスして愛し合って、抱きしめ合って、涙を流して、好きを沢山交換して。


「どんな明子でも好きだよ…明子の為なら、アイドルやめてもいいよ?」

「これからライブなのに不謹慎なこと言うのやめなさい。」

「ごめん。…明子は、私のアイドル姿、好きだもんね?」

「うん。大好き。……ずっとアイドルでいてよ。」

「明子のお嫁さんになっても?」

「それは、幸せかもね。」



あまりにも甘すぎる朝。


私たちは見つめ合ってまた優しくキスをする。

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