第6話 いつもの日常?
今でも変わらずわたしと桔梗ちゃんはだべったり、2人でゲームを競ったりしている。
ちょっとひどいな、と思うところがあるとすれば、下手だ下手だという割に桔梗ちゃんはほとんどわたしよりゲームが上手いのだ。それも、なんだか実力が引き離されているような気さえする。
最初は謙遜なんだと思っていた。けれど最近、卑下なんだってわかってきた。
多分桔梗ちゃんはものすごく自信がない。
動画とか配信とかを見ているから気持ちはわからないではないんだけど、ずっとゲームができるわけじゃないし、ずっとゲームのことを考えているわけじゃない。だから、そんな人たちと比べたって仕方がないと思う。
だけど、桔梗ちゃんは、そうは思っていないみたいだった。
自分は学校に行っていなくて暇なんだから、もっとゲームが上手くないとゲームが得意とは言えない、みたいな固定観念? に囚われている気がする。
わたしからしたら、桔梗ちゃんは家にいる時間が長いだけでゲーム以外のこともやっている。体調だってすぐれないよう見える。別に、忙しさはわたしとそんなに変わりはないと思うのだけど、そうは思えないみたいだった。
あとは、わたしの方が得意なゲームがあることも原因かもしれない。
ほぼ唯一、レースゲームだけはわたしの方が得意なのだ。
そこだけは死守していきたいと、コソコソ練習もしているのがかえって桔梗ちゃんの自信を削いでいるかもしれない。
そういえば、最近2人でレースゲームをして以来、チラチラと見てくることが増えた気がする。
どこか期待したように、わかりやすく、わたしのことを見てきている。
多分、錯覚じゃないと思う。教室で男子がわたしを見てくるのと似た視線だ。気づかれていないと思っているのか、気づかれてもいいと思っているのか、胸を見てくるあれだ。
とはいえ、もっと受動的で、もっとわたしが何かをするのを待っているような感じ。
そんな時、いたずら心が芽生えてしまう。
理由をつけて肩がぶつかるくらい隣に座ってみたり、頭を撫でてみたりする。そうすると、欲しかったものがもらえたみたく、目を丸くしてから、はにかむ顔が見られるのだ。
ま、こんなこと、言っても本人は否定すると思う。予想だけど、隠してるつもりなんじゃないかな。だけど、わたしにはバレバレだ。
「桔梗ちゃんってさ、普段、親に甘えたりしないの?」
マザコンの主人公の漫画を読んでいたので、ふと聞いてみた。
親に甘やかされ、自立したところを見せたいけれど、困ったらすぐに頼ってしまう。そんな話。
「ないかな」と桔梗ちゃん。
まあそうか、と思う。
ただ、手に取った時、漫画と桔梗ちゃんの絵面が重ならなくて、意外だなと思った。だから勝手に、現実ではできないからこういう作品を読みたくなるのかな、なんて、無粋にも考えてしまう。
ちょうどページは主人公が母親に泣きついて「ママァ」と甘えているところだった。
ふむ。
一度迷ってからわたしは漫画を机に置いて黙って立ち上がった。それから、不思議そうに目で追われても気にせずに桔梗ちゃんの背後に回った。困惑気味に振り返られるけれど、気にせず、わたしはそのまま抱きついた。
「よ、横道さん!?」
突然だったし、桔梗ちゃんの体は驚く声と一緒に固くなる。
柔らかい、それに小さい体。遠くから見ても華奢だな、と思ったものだけど、こうして直に触れるとやっぱりほっそりしているのがよくわかる。スレンダーなのは羨ましい。けれど、もう少しご飯を食べた方がいいんじゃないかな、と心配にもなる。
そして、やっぱり教室の誰より体が冷えている。
密着したせいで徐々にあったかくなっている気はするけれど、相変わらず細い指先なんかはさっきまで氷でも握っていたみたいにひんやりとしている。
「横道さん? どうしたの急に」
うわずる声にわたしは肩に頭を乗せた。
「わたしが桔梗ちゃんに甘えたくって」
「そう、なんだ」
少しは嫌がられるんじゃないかと思った。けれど、振りはなされることはなくって安心してしまう。
ちょっとずつ距離を詰めようと、嫌がられない程度につついてみたり、手を握ってみたりしていた甲斐があったかもしれない。
いつもそっと手を伸ばせばわたしの手を目で追って、口を開けて待っている。その様は、さながら犬のようで、そのままお腹とか撫で回してみたくなるのだけど、さすがにそこまではしない。自分を抑えている。あくまで自然と話の流れに沿うように、だ。
このハグは沿っているのかな?
なんだか欲にまみれて動いたような気がしてきて、顔から体から熱くなってくる。
「あの、横道さん、そろそろ……」
力を加えれば壊れてしまいそうな体が震えると鼻先に髪がかすり石鹸のような匂いがした。
「ん?」
「ちょっと、恥ずかしい……」
口ごもりながら声が漏れてきたという感じ。
頬まで赤くなっているのがよーくわかって、お互いの熱を交換できた気がした。そのことでなんだか嬉しくなっている自分がいる。
だんだんと、この姿勢が楽しくなってきている。
「大丈夫だよ。誰も見てないし、それに、甘えるのは恥ずかしいことじゃないし」
わたしだって恥ずかしい。
だから正当化するようなことが口から出てくる。
無理を押して言った言葉だけに自分でも少し驚いた。
ただ、桔梗ちゃんの体から力が抜けたように感じられて、「うん。じゃ、もうちょっとだけ」と声が聞こえた時、気づかれないように安心する。
ベッドでゲームをしたあの日から、ちょっとだけブレーキが壊れてしまったように思う。
ひらめいた時、後ろから同じコントローラーを握って教えるのは妙案だと思った。普通に遊べると思っていた。それだけに、2人して倒れ込むなんて予想もしてなくてびっくりのを覚えている。よくよく考えたら、ものすごく密着していて後から恥ずかしくなったものだ。
熱中というのは怖い。
何が起きたのかわからなかった。
でも、今では手から伝わる小さな温もりだけじゃ我慢できなくなっている自分がいる。
こうして、今してるみたいに体を寄せ合いたい。
中学に上がってからの胸の奥の穴を桔梗ちゃんで埋めているようで罪悪感がないではない。
だけど、こうして一緒に過ごすことでわたしは勝手に自分を慰めている。
「……」
少し抱く腕に力が入る。
今日も明日も明後日もこんなふうに触れ合えるといいな。
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