序章 追放された剣豪の娘
第1話 叔父の陰謀
「バカなっ!」
あまりにも馬鹿げた決定に、ジュメイアは声を荒げた。
「協議の結果だ、受け入れなさい」
上座に座る叔父のアンディはそう冷たく言い放つ。ジュメイアを囲うようにして座っている重鎮たちもまた、静かに冷たい視線を送っている。
「お前の剣はつまらない。剣豪の娘として、恥ずかしくないのか?お前が師範となれば、“トール”として名を馳せた父の名に泥を塗ることになる」
「だとしても、追放だなんて」
「これ以上鍛錬したとして、お前は上達するのか?」
そう言われてしまうと、ジュメイアは言い返せなかった。剣豪の娘として期待され、来る日も来る日も鍛錬し、剣術のために今までの人生全てを捧げてきた。全ては、父の娘として恥ずかしくないように。強く、誰からも慕われていた父のような剣豪になるために。
だが、どれだけ鍛錬しても、ジュメイアの剣術が上達することはなかった。才能がないとか、そういうレベルの話ではない。剣を振るう軌道は揺らぎ、狙ったところに正確に振り下ろすことができない。
指先が震える。剣をまともに振るうこともできない自分自身が情けなくて、悔しくて仕方がなかった。
「アンディ」
ジュメイアが言い返せないでいると、後ろからしわがれた声がした。
「……タイリア様」
アンディの顔が曇った。他の重鎮たちもあからさまに嫌な顔をしている。
「おばあちゃん、大丈夫なの?」
肩を支えようとしたジュメイアを、タイリアは手で制した。
「ジュメイア、気にせんでいい。わしゃこの舐め腐った馬鹿者に話があるのじゃ」
タイリアが鋭い視線を向けた瞬間、空気が変わった。重鎮たちは息を呑んで様子を伺うことしかできないでいる。ジュメイアまでもがあまりの緊迫感に体が強張り、アンディへと歩み寄るタイリアの背中を見送ることしかできなかった。
「さてアンディよ。どういう神経でその決定を下したのか、申してみよ」
タイリアの凄みを前にアンディは押され、額からは冷たい汗が流れ落ちていた。歳をとり病弱になったとはいえ、数々の修羅場を乗り越えてきたその声の重みは今なお衰えていない。
「ジュメイアの剣術が未熟ゆえ、師範として不適切とし、ジュメイアの追放について賛否を尋ねたところ賛成多数だったため、この決定を下したのでございます」
「馬鹿者が」
舌打ち混じりにタイリアは言い放つ。
「お前の陰謀であろう。わしゃの目のつかないところで手を回し、わしゃが病弱で寝込んでいることをいいことに、我が一家を手中に収めようとしたのじゃろうが、無駄であったな」
アンディは項垂れたまま、何も言葉を発せずにいる。
張り詰めるような緊張が落ちる。木々の葉が擦れ合う音がやけに大きく聞こえ、胸の辺りがじりつく感じがした。
完全にアンディはタイリアの言葉に打ち砕かれているように思えた。だが、なぜなのだろうか。
──アンディの口角は上がっている。
「では、再度審議を取ってみましょうか?」
その言葉にタイリアは固まった。
「何?」
タイリアは睨みつけるような視線を向けているが、アンディは全く怯んだ様子を見せない。
「タイリア様がいらっしゃられる前で、再度ジュメイアの追放について賛否を問います。そうすれば、私が裏で動いていたのはバレていますし、皆正直に意見してくれるのではありませんか?」
アンディは挑むような表情をタイリアに向けている。威圧感に負けていたのが嘘であったかのように、その表情は勝ち誇っているようにも見えた。
タイリアは何もいえず、ただ歯をガタガタさせることしかできなかった。年老いたタイリアにはもはや、かつてのような影響力は残っていなかった。
「では、もう一度賛否を問いましょう。ジュメイア・フェザーストーンの追放について賛成の者は正直に、手を挙げてください」
一人、また一人と重鎮たちが次々に手を上げていく。その勢いは止まらず、ついに最後の一人が手を挙げた。
「やはり賛成多数。しかも満場一致のようですよ、タイリア様」
アンディは冷徹な笑みを浮かべた。タイリアの乱入さえも、アンディの計算のうちであったかのように。全ては掌の上で転がされていたに過ぎないとでもいうように。
「アンディ……」
タイリアは目を見開いたまま、膝から崩れ落ちた。胸を押さえて激しく咳き込む姿には先ほどまでの威勢はなく、ただの老婆の姿がそこにあった。
「タイリア様には隠居していただこう。お身体が心配だ」
そう言ってアンディは目配せすると、重鎮たちはタイリアをどこかへと運び去ってしまった。体を支えられているタイリアの背中が、小さく見える。
「さて、ジュメイア。お前の追放が正式に決まった。今日中に荷物をまとめ、この家から去るように。師範については安心しなさい。私が後を継ぐ」
アンディは邪魔者を視界から退けるように手を振り払った。そして、去り際に一言付け加えた。
「お前の居場所はもう無い。あの様子だと、タイリア様もそう長くは持たないだろう。もう、お前に味方する者はいないのだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます