第8話

 柔らかな朝日が頬を撫で目を覚ます。体を起こすと、私の胸を枕にしていたシアンがずり落ちて目を覚ました。ごめんよ。


 ベッドから立ち上がり窓の外を眺める。太陽は顔を出したばかりで、雲一つない晴天が地平の彼方まで続いている。小鳥のさえずりが耳に心地よい。清々しい朝だ。


「こんな時は踊りたくなっちゃうね」

「きゅう?」


 定位置となった私の頭に乗ったシアンは、朝から若干テンション高めな私に困惑気味の返事を返す。


「失礼します、お嬢様……珍妙な踊りを踊っている所申し訳ありません」


 なんだと? 私の『今日も一日がんばろうの舞』を珍妙な踊りだと? 変態許すまじ。あとノックしろよ。


「ノックはしましたが、お嬢様は珍妙な踊りに集中されていたようで返事がありませんでした。なのでお部屋に入らせて頂きました」


 平然と心を読むなよ。てか、ノックの意味は?


「そんな事より、お客様がお見えです」

「お客様?」

「あの、えっと、おはようございます」


 何故か気まずそうに視線を逸らすお客様もといクロエ嬢。


「クロエ嬢? どうしたの? 一緒に『今日も一日がんばろうの舞』踊る?」

「いえ、それは遠慮させて貰います。その、昨日のお礼にクッキーを焼いてきました」

「ほんと! ありがとう! フラン、お茶の用意を」

「お嬢様、これから学校ですのでお茶をする暇はありません」


 学校? そんなの一日くらい行かなくても大丈夫でしょ。


「言い忘れていましたが、アイリス様より言伝を預かっております。『学校を一日休む毎にカウンターが一つ進むから。何のカウンターかは言わないでおくよ』との事です」


 それ一番怖いやつ! 虐待だ! こんな横暴が許されていいのか! 私は断固として抵抗する!


「……フランが黙っていればバレない」

「そんな事をすれば、私が殺されてしまいます」


 くっ、我が身可愛さに主を売るなんて。それでも変態か!


「アイリス様は、『殺しはしない』と仰っておりました」


 それ、死ぬより辛い目に遭わせるって意味だからね。実質死刑より重い罰だからね。


「はぁ、世知辛い」

「きゅう!」


 おお、慰めてくれるのか。ありがとう、シアン。私の味方はシアンだけだよ。


「お姉さんと仲が悪いのですか?」

「いや、至って良好な関係だよ。私は姉様を尊敬しているし、姉様は私に期待している」


 やり方はともかく、姉様は惰性で生きていた私に目的をくれた。

 けど、それはそれ。姉という絶対的優位を最大限悪用して私を脅す悪逆非道の権化を、いつかぎゃふんと言わせてやる。


「ああ、ごめんね待たせちゃって。すぐ準備するから」

「いえ、私はクッキーを渡しに来ただけですので。それに、平民の私と一緒に居たらミラさんにご迷惑が」

「そんな事言わないで一緒に行こうよ。あ、ついでにミトス殿下に謝りに行こう」

「王族への謝罪がついでですか。流石はお嬢様です」


 いいんだよ、どうせミトス殿下は気にしてないんだから。


 さっさと制服に着替えて、クロエ嬢と一緒に寮を出る。


 そういえば、フランは私が学校に行っている間何をするんだろう。昨日は荷物の片付けがあったけど、それも終わったし。

 まあ、いいや。どうせ変態行為に勤しむのだろう。


 校舎に入ると、丁度いい所にバーミンガム卿がいた。ミトス殿下に取り次いで貰おう。


「おはようございます、バーミンガム卿」

「お前は昨日の、たしかブルーロータスだったか。何のようだ」

「名前を覚えて頂き光栄です。こちらのクロエが先日の無礼を殿下に謝罪したいと申しております」

「……ついてこい」


 バーミンガム卿の後をついていきながら、クロエ嬢に耳打ちする。


「クロエ嬢は私が謝罪した後に続けて謝罪するだけでいいからね」

「わかりました」


 教室に入ると、最後列の席でミトス殿下は紫竜と戯れていた。周りには取り巻きがうじゃうじゃいて、口々に殿下を褒め称えている。

 第三王子に取り入ろうと必死だな。ここは竜騎士学校だぞ。そんな事をしている暇があったら自身の鍛錬に励むべきだろ。


「ミトス殿下、少しよろしいでしょうか」

「どうした?」

「この者らが殿下に話があるようです」

「お初にお目にかかります、ミトス殿下。ミラ・ブルーロータスと申します」


 その場に片膝をつき胸に手を当てる。別にここまでする必要はないけど、ミトス殿下は椅子に座っているし上から挨拶するのはどうかと思うので一応だ。

 私と同い年であるミトス殿下は、なるほど確かに王族としての威厳をお持ちだ。


「ブルーロータス……子爵家の娘が俺に何の用だ」


 たかだか子爵家の娘を知っているのか。まさか、貴族全員を憶えているなんて事は……それはないか。たぶん姉様の事を知っていたのだろう。


「先日、こちらのクロエが殿下に無礼を働いたようで、謝罪に参りました。大変申し訳ございません」

「申し訳ありませんでした」


 私が頭を下げると、クロエ嬢はそれに続いて頭を下げる。

 ミトス殿下の表情を窺う事はできないけど、怒りやらなんやらは感じない。周囲の取り巻きもどきからは、なんだこいつらみたいな空気はひしひしと感じている。


「話はそれだけか?」

「はい」

「そうか。ブルーロータス、次からは用がある時は直接俺の元に来い。エディを通す必要はない」

「感謝致します」


 もう一度頭を下げ、クロエ嬢と共に踵を返す。


 ミトス殿下は品格人格共に優れた素晴らしい王子だ。人の上に立つ資質も有しておられる。けど、それは王の資質ではない。

 ミトス殿下はお優しい。それは美点だ。だけど、ミトス殿下の優しさは、切り捨てられない優しさだ。それは甘さとも言う。

 王様なんて冷酷非道なくらいがちょうどいい。

 ミトス殿下のような人は、騎士団の団長にでも置いておけばいい仕事をしてくれるだろう。て、何を考えているんだ、私は。不敬もいいとこだ。


 昨日と同じ席に座ると、その隣にクロエ嬢が座る。そこで漸く、ポケットに隠れていたシアンが顔を出した。

 きょろきょろと周囲を見渡し危険がない事を確認すると、定位置である私の頭に乗る。

 恥ずかしがり屋さんというより、臆病だね。


「ミトス様には許して頂けたのでしょうか?」

「許すも何も、ミトス殿下は初めから気にされていなかったからね。今のは形だけだよ」

「そうなのですか?」

「この国の貴族はいろいろと面倒なんだよ」


 そんな事を話していると、スピカが教室に入って来た。目が会うと、スピカは天使のような微笑みを浮かべる。

 こちらに来るのかと思ったら、スピカはミトス殿下の方へ向かった。


 良かった。昨日の取り巻きーズの話を聞いて、正直ちょっとビビっていた。超絶テクというのも気にはなるけど、傀儡にされたらたまったもんじゃない。

 スピカとは適切な距離感を保っていきたいものだ。

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