第1話

私、神宮朝妃は、中流貴族の家の一つ――神宮家の長女として生まれた。


穏やかで優しい父・朝嵩。

才色兼備で淑女の鑑と称えられた母・瀬奈。

明るくて、どこまでも楽観的な兄・朝衡。

そして、子供の頃から家計簿をつけていたしっかり者の妹・瑠奈。


がつくほど個性は強かったけれど、神宮家はこの国でも珍しく家族仲の良い家だった。

家で戦いが起きるとしたら、せいぜい食後のデザートを巡る兄妹喧嘩くらいのもの。

他家では次期当主の座を巡って血が流れるというのに、私たちは笑い合って過ごしていた。


――ずっと、こんな穏やかな日々が続くと信じていた。

特に大きなことを成すわけでもなく、平凡な貴族令嬢として生き、平凡に人生を終えるのだと。


けれど、私の運命は十八の年、帝都で起こった反乱によって大きく変わった。


その首謀者、白蓮寺蒼雲(はくれんじ・そううん)は、天が生んだ軍略の化け物だった。

わずか数日のうちに帝都を制圧し、皇帝とその側近たちを次々と処刑していった。


皇帝側であった神宮家も、例外ではなかった。

父と兄は処刑され、母は夫と息子を殺した男に従うぐらいならと、自ら命を絶った。


「……貴女たちの幸せを、何よりも願ってる」


それが、母の最期の言葉だった。


私は妹・瑠奈を連れ、夜の帝都を逃げた。

けれど結局、白蓮寺蒼雲の手下に捕まってしまった。

死を覚悟した私たちに、彼は薄く笑ってこう言った。


「復讐どころか、自分たちに抵抗すらできないか弱い令嬢二人に、何ができる? 殺すまでもない。」


あの時の声を、私は一生忘れない。


その言葉は、確かに私の命を救った。

――けれど同時に、私の心を燃やした。


「私たちを生かしたことをいつか必ず、後悔させてやる」


そう誓って、私たちは新しい人生を歩き始めたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る