第7話 もしも、あの二人が、修学旅行で京都に行ったなら……

 秋晴れの朝。

 日乃本学園高校の観光バスが、千年の都・京都へと滑り込んでいく。


 車窓に映る五重塔、朱の鳥居、そして人力車。

 そのたびに清子が歓声を上げた。



「うわ〜! 映え神スポット多すぎ! ウチ、カメラロール死ぬって!」


「……あなた、修学旅行は“撮る”ためにあるわけではありません」



 隣の席の紫は、ガイドブックに付箋を貼りまくっている。


「えー、紫はテンション低すぎ。てかさ、ここ、あたしたちの前世のホームグラウンドじゃない?」


「“前世”などという軽々しい言葉で平安を語らないでください」


「いや、だってウチ、マジで“都の風”感じるんだよね〜!」


「……それは、エアコンの風です」


 

 最初の目的地は清水寺。

 清子は舞台の上で両手を広げ、「春はあけぼの〜秋は映えぼの〜!」と叫んだ。


 その瞬間、ほかの修学旅行生たちがざわめく。



「ねぇ、あの子TikTokで見た子じゃない?」


「日乃本学園だっけ? “あけぼの”の子!」



 紫は顔を覆った。



「……また悪目立ちしてしまう……」


 

 午後。

 班行動の途中で、二人は偶然、古びた茶屋に入った。

 中庭に紅葉もみじが散り、光がゆれている。


 清子は抹茶パフェを注文し、紫はあんみつを静かに口に運ぶ。



「ねぇ紫」


「なんですか」


「こうしてると、なんか……前にもこんな景色、見た気がすんの」


「わたしも、です。この色、この風、この音…… まるで千年前の“あはれ”が、まだここにあるような」



 清子はスプーンを止めた。



「ねぇ、“あはれ”って、もしかしてさ、今を大事に思う気持ちのこと?」



 紫は一瞬、息をのんだ。

 やがて微笑み、その瞳に秋の光が輝いた。



「……そうですね。あなたの言い方、案外、正しいかもしれません」


 

 茶屋を出ると、空は夕焼け色に染まっていた。

 金色の光が、二人の髪を照らす。



「ウチさ、帰ったら“あはれ旅ログ”書こっかな」


「では、わたしは“枕草子・京都特別編”を」


「タイトルだけで勝負してくるのやめて」



 二人は顔を見合わせて笑った。

 秋風が通りを抜け、紅葉がふわりと舞う。

 

 旅とは、風と記憶を拾い集めること。

 そして時の流れの中で、

 かつての自分にもう一度出会うこと。


 

 その日の夜。

 吉田兼は、部ログにアップされたふたりの修学旅行レポートを読んでいた。

 清子のレポートは写真だらけで、紫のレポートは三ページにわたる情緒論。


 兼は笑いながらノートパソコンを閉じる。



「まったく違うのに、不思議と、どっちも“あはれ”が滲んでるんだよな……」

 


 日乃本学園の修学旅行三日目。

 空は高く澄みわたり、清子はお土産袋を抱え、紫はノートを胸に抱く。

 どちらも、思い出という名の言葉を詰め込んでいた。


――今だけを スクショみたいに 切り取りたい

――秋の風 言の葉運び 遠くまで


 京都の空に、ふたりの笑い声が溶けていった。

 


(つづく)

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