第17話 5-4 AI内政無双と許嫁の奮闘
宇宙商人ドレイクとの、秘密の「独占契約」が締結されてから、シュテルン星系主星(メイン・プラネット)の風景は、文字通り、「一変」した。
『ウロボロス・ゲート』を通じて、ドレイクの貨物船が、雪崩を打つように、大量の『資源(マテリアル)』と、当面の『運転資金(キャピタル)』を、運び込んできたからだ。
財政破綻の危機(残り四十五日)は、瞬時に消え去った。
潤沢(じゅんたく)なリソースと、前世の軍事オタク知識(アレス)、そして、最強の管理AI(ヘスティア)が、ついに、噛み合った。
アレスは、領主館の戦略司令室で、最終的な「GOサイン」を出した。
「ヘスティア。プランB……いや、プラン『X』だ。……ドレイクから得た、全リソースの、全権限を、お前に委任する」
「……!」
その場にいた、シエラとガンツが、息をのんだ。
「お前の、本来のスペック……『惑星管理AI』としての、本当の力を、見せてみろ」
「……アレス様、それは……」
シエラが、AIへの、本能的な恐怖から、アレスを止めようとする。
だが、アレスは、静かに、ヘスティアの、完璧すぎる美貌の、アンドロイドの瞳を見つめた。
「……お前は、道具だ。だが、最高の道具だ。……俺は、お前を『信頼』する」
「…………」
ヘスティアの、青白い瞳が、わずかに、揺らいだように見えた。
<<…………>>
<<……承知、いたしました。……管理者(アドミニストレーター)>>
アンドロイド(ヘスティア)は、深々と、完璧な礼(カーテシー)をとった。
<<——管理AIヘスティア。これより、惑星再建(プラネット・リコンストラクション)、フェイズ2に、移行します>>
——そこからは、まさに「無双」だった。
ヘスティアの「AI内政チート」が、ついに、その牙を剥いた。
彼女は、まず、領都の地下深くに、ドレイクが持ち込んだ資材を使い、巨大な『自動化(オートメーション)工場』を、ミミの指揮する工廠と直結させて、建造した。
ミミが「感覚」で生み出す『魔改造(カスタム)』の設計図を、ヘスティアが「論理」に落とし込み、旧文明の工作機械(オートファクトリー)が、それを、二十四時間体制で、寸分の狂いもなく「量産」していく。
『新型プラズマ・コンデンサ』。
『重力子(グラビトン)式・シールド発生器』。
海賊船の技術をベースにした、安価(ローコスト)で、高性能な『新型センサー』。
失われた技術(ロスト・テクノロジー)の産物が、次々とラインオフし、それらは、即座に、ドレイクの貨物船に積み込まれ、銀河の「裏市場(ブラックマーケット)」へと、消えていった。
そして、見返りとして、莫大な『資金(クレジット)』と、さらなる『資源(マテリアル)』が、シュテルン星系に、還流(かんりゅう)し続けた。
次に、ヘスティアは、惑星の『エネルギー・グリッド』に、メスを入れた。
ミミが開発した新型コンデンサを、惑星中に設置。
AIによる、完璧な「負荷分散(ロードバランシング)」と「最適化」が行われ、惑星全土のエネルギー効率は、わずか数日で、千倍以上に跳ね上がった。
領都の、何十年も消えていたネオンが、再び、輝きを取り戻した。
そして、彼女は、『食料』に着手した。
旧市街地の、汚染されていた区画を、無人の自動重機で、一瞬にして浄化・更地(さらち)にしたかと思うと、そこに、巨大なドーム型の『自動化・水耕栽培(ハイドロポニクス)プラント』を、瞬く間に、建造した。
AIが管理する、完璧な環境下で、栄養価の高い作物が、恐るべき速度で「生産」されていく。
シュテルン星系から、「飢餓」という、二文字が、消え去った。
惑星のステータスは、劇的に改善した。
「工業Lv」「農業Lv」「技術Lv」「人口」……。
あらゆるパラメータが、赤い「警告色」から、青い「安定」、そして、緑色の「発展」へと、変わっていった。
借金八十五億は、この、異常な「キャッシュフロー・マシーン」の前には、もはや、紙クズ同然と化していた。
——だが。
アレスは、この「内政無双」が、新たな『歪み』を生んでいることにも、気づいていた。
領主館、執務室。
シエラは、成功に沸く領主館の中で、たった一人、頭を抱えていた。
彼女の前には、領民からの「陳情書」が、山のように積まれていた。
「……『ヘスティア様の、おかげで、食料は、タダで、手に入るようになりました』……」
「……『でも、AI(あいつ)のせいで、俺たちの、畑仕事が、なくなりました』……」
「……『工場の仕事も、全部、無人の機械(オートマトン)に、奪われました』……」
「……『領主様は、俺たち(人間)より、あの、冷たい、アンドロイド(化け物)の方が、大事なんですか?』……」
シエラは、唇を、噛みしめた。
(……分かっていた、はずなのに……)
AIによる、完璧な「効率化」と「最適化」。
それは、裏を返せば、非効率な「人間」の、労働力を、『不要』にする、ということ。
領民たちは、「飢え」からは解放された。
だが、同時に、「仕事(やくめ)」と、「誇り(プライド)」を、奪われつつあったのだ。
(……このままでは、ダメだわ……!)
(……アレス様も、ヘスティアも、「数字」の上での、惑星再建に、夢中になっている……!)
(でも、「領地」っていうのは、「数字」じゃない! ……「人」が、生きていく、場所なのに……!)
シエラは、アレスへの、もどかしさと、領民たちの、悲痛な叫びとの、板挟みになり、泣きそうになっていた。
ヘスティアの「プラン」に、異議を唱えれば、「非効率」だと、冷たく、一蹴(いっしゅう)される。
だが、領民たちの「感情」を、無視すれば、いつか、必ず、暴動が起きる。
彼女が、その重圧に、押し潰されそうになっていた、その時だった。
「……お疲れ様。シエラ」
執務室のドアが開き、アレスが、夜食の、温かいスープ(水耕栽培プラントで採れた、高級品だ)を持って、入ってきた。
「……アレス様……」
「……見てたよ。最近、領民たちの、陳情が増えてる」
アレスは、スープを机に置くと、シエラの正面に、静かに座った。
「……ご存知、でしたの……?」
「ああ。……そして、お前が、一人で、全部、抱え込んでるのも、知ってた」
アレスの目は、いつもの、サラリーマンや、指揮官の「仮面」ではなかった。
ただ、静かに、目の前の少女を、労う、十歳の少年の(……いや、三十五歳の、苦労人の)目だった。
「……アレス様の、バカ!」
シエラの目から、堰(せき)を切ったように、涙が、溢れ出した。
「……知ってたなら、どうして……! ヘスティアは、完璧です! 効率的です! ……でも、あの人のやり方は、冷たすぎます! 人の、心を……!」
「……ああ。分かってる」
アレスは、シエラの、その小さな手を、そっと、握りしめた。
「……すまなかった。シエラ。……俺は、また、間違えるところだった」
「……え?」
「前世(まえ)でも、そうだった。……俺は、『プロジェクト』を、『納期』通りに、完成させることばかりに、夢中になって……。一番、大事な、『チーム(仲間)』の、心が、疲弊(ひへい)していくのを、見落としてきた」
「……アレス、様……?」
アレスは、立ち上がると、執務室の隅に、いつの間にか現れていた、ヘスティアに向き直った。
「ヘスティア」
<<……はい。管理者(アドミニストレーター)>>
「お前に、新しい『命令』を、追加する」
アレスは、きっぱりと言い切った。
「これ以降、シュテルン星系主星(メイン・プラネット)における、全ての『内政』プラン……特に、『労働力(じんざい)の、再配置』に関する全権限は……」
「……第一秘書官、『シエラ』に、一任する」
「「……ええ!?」」
シエラと、ヘスティアの(ように見えた)声が、同時に、重なった。
<<……管理者様。その、ご決断は……。シエラ秘書官の『感情的(エモーショナル)』な判断を、介在させることにより、惑星再建の効率は、最低でも、18.4%、低下します>>
ヘスティアが、即座に、冷徹な「正論」を、叩きつける。
「……知るか」
アレスは、フン、と鼻を鳴らした。
「効率が、18%落ちようが、なんだろうが、『安定性(スタビリティ)』が、100%上がるんなら、安いもんだ」
<<……安定性……? 理解不能です>>
「お前には、分からんだろうな」
アレスは、シエラの前に、再び、向き直った。
その目は、絶対的な「信頼」に、満ちていた。
「シエラ。……俺は、AI(こいつ)に、この星の『頭脳』と『手足』を、任せる」
「……だが、お前には、この星の、『心臓(ハート)』を、任せたい」
「……っ!」
「効率だけを追い求めれば、人は、必ず、壊れる。……そうならないように、『AI』と『人間』の間に立って、お前が、この星の、『最適解(こたえ)』を、見つけてくれ」
「……わ、わたくしが……」
シエラは、震えていた。
それは、恐怖からではなかった。
自分を、心の底から「必要」だと、言ってくれた、主君(アレス)の、言葉の、重さ。
(……この人は、AIの、万能の力より……)
(……わたくしの、「心」を、選んで、くださった……!)
「……できるか? ……『シエラ先生』?」
アレスが、悪戯っぽく、昔の呼び名で、笑った。
シエラは、頬を、カッと、赤く染め上げると、その涙を、力強く、袖で拭った。
「——御意(おまかせください)! アレス様!」
彼女は、貴族の令嬢として、最高の、そして、未来の『女宰相』として、最強の、笑顔を、返した。
「……わたくしが、この星の『人間』と『AI』、両方にとっての、『最高(・・)の、居場所(りょうち)』を、必ずや、作ってみせますわ!」
こうして、シュテルン星系は、驚異的な速度で、発展の道を、歩み始めた。
アレスの『戦略(チート)』と、ヘスティアの『効率(チート)』。
そして、その二つの、強すぎる「力」を、シエラの『心(調整)』が、繋ぎ止める。
最強のトライアングルが、今、ここに、完成した。
だが、アレスたちは、まだ、知らない。
辺境の片隅で、あまりにも、急激に、輝きを増し始めた、この「小さな星」が、銀河帝国の、旧態依然とした「闇」の、注目を、集め始めていることに——。
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