第9話 3-3 軍事オタクの“神”指揮
シュテルン星系、主星(メイン・プラネット)の衛星軌道上。
その片隅にある、老朽化した宇宙港(スペースポート)の、さらに一番奥の、忘れ去られたようなドック。
そこで、旧式コルベット艦『アルゴス』は、何十年もの間、静かに眠っていた。
その艦橋(ブリッジ)は、現代の、触れるだけで操作できるクリスタルパネル式のものとは似ても似つかない、古色蒼然(こしょくそうぜん)とした場所だった。
物理的なレバー。
意味不明なランプが点滅する、アナログな計器盤。
まるで、前世の博物館で見た、潜水艦の司令室のような、無骨で、油臭い空間。
だが、その艦長席に座ったアレスは、なぜか、心の底からの「安堵」を覚えていた。
(……落ち着く)
前世で、数千時間を費やした艦隊戦シミュレーター。そのコックピットの感触に、酷似(こくじ)していたからだ。
「……アレス様。本当に、よろしいのですか?」
操舵(そうだ)席に座ったガンツが、不安げな声でアレスを振り返る。
彼の手足は、見慣れた帝国軍の艦船とは全く異なる『アルゴス』のコンソールに、まだ馴染んでいないようだった。
「艦(ふね)のOS……この『アルゴス』とかいうのは、ヘスティア様とリンクしているとはいえ、あまりにも非力だ。戦闘シミュレーションでは、敵艦の砲撃に三発耐えられん、と……」
「三発も耐えれば、御の字だ」
アレスは、艦長席の古びたアームレストを、優しく撫でた。
「……大丈夫だ、ガンツ。こいつは、オンボロじゃない。『相棒』だ」
「……はあ」
ガンツには、アレスのオカルトめいた言動は理解できなかった。
その時、艦橋のメインスクリーンに、領主館のシエラから、暗号化された通信が入った。
『アレス様! 聞こえますか!』
「こちら、アレスだ。状況は?」
『敵艦隊、宇宙港の目前に到達! ……現在、港の管理AIに対し、無条件降伏を勧告中です!』
シエラの緊迫した声と共に、スクリーンに、宇宙港の監視カメラが捉えた「敵」の姿が映し出された。
三隻の、フリゲート艦。
『ククルカン級』。
その艦体は、あちこちが錆び、違法な武装が醜く増設されている。まさに「海賊船」の出で立ちだ。
『……どうやら、アレス様がこの艦(ふね)に乗っていることには、まだ気づいていないようです!』
「だろうな。こいつは、ドックのリスト上、『廃棄(スクラップ)判定』されてるオンボロ船だからな」
アレスは、不敵に笑った。
(……敵は、油断しきっている)
(こちらの戦力は「ゼロ」だと、高を括っている)
(これ以上ない、最高の「奇襲(サプライズ)」の舞台だ)
「……よし」
アレスは、深く息を吸い込んだ。
前世の、大事なプレゼンの前と同じルーティン。
「ガンツ。……『アルゴス』、発進」
「……御意!」
ガンツが、古びたスロットルレバーを、ゆっくりと、しかし力強く押し込む。
ゴゴゴゴゴ……!
艦体が、重々しく振動する。
何十年も溜まったドックのホコリが、艦橋のコンソールにパラパラと降り注いだ。
旧式すぎるエネルギー炉が、悲鳴のような起動音を上げる。
「……こんな骨董品(アンティーク)で、本当に戦えるのか……」
ガンツが、思わず弱音を吐いた、その瞬間。
『アルゴス』は、ドックの係留アームを強引に引きちぎり、凄まじいGと共に、宇宙空間へと「射出」された。
「「ぐ……っ!?」」
あまりの加速Gに、アレスとガンツは、シートに強く押し付けられる。
「な……!? なんだ、この加速は!?」
ガンツが、信じられないという顔で、操舵桿を握りしめる。
「旧式コルベットの、それじゃあないぞ!?」
「言ったろ、ガンツ」
アレスは、顔面に張り付くGに耐えながら、笑った。
「こいつは、『相棒』だ。……エネルギー効率度外視の、旧文明(ロスト・テクノロジー)の、バケモノエンジンを積んでやがる」
(父上の、唯一にして最高の道楽だったんだ……!)
一方、宇宙港の上空で、悠々(ゆうゆう)と降伏勧告を続けていた海賊「ブラッド・ハウンド隊」は、突如としてドックから飛び出してきた「何か」に、完全に意表を突かれていた。
『……艦長! な、なんだありゃ!?』
『ドックから、所属不明艦! 旧式の……コルベット!?』
『シャシャシャ……! あのガキ(アレス)ども、あんな博物館(ミュージアム)のゴミで、俺たちに喧嘩を売るつもりか!?』
『ハウンド1』の艦長……爬虫類系の異星人(リザードマン)が、下品な笑い声を上げる。
『いい的だ! 『ハウンド2』『ハウンド3』! あのゴミを、さっさと沈めちまえ!』
『『了解(ラジャー)!』』
敵フリゲート艦2隻の艦首が、こちらを向く。
エネルギー砲が、チャージされる、致命的な光。
「……アレス様! 敵、砲撃態勢! 回避……!」
「ガンツ! 回避するな!」
アレスが、叫んだ。
「……は!?」
「取舵(とりかじ)一杯! 奴らの『上』を取れ!」
「上……ですと!? 無茶だ! あの砲撃のど真ん中に突っ込むことに……!」
「いいからやれ!」
アレス(山田健一)の脳内では、シミュレーターの映像が、完璧にトレースされていた。
(敵はフリゲート。主砲は艦首固定。対空砲(タレット)は、艦の上下には、射角の『死角』がある!)
「御意!」
ガンツは、もはやヤケクソだった。
老練な操艦テクニックで、彼は『アルゴス』を、敵の砲撃が交差する、わずか一点の「隙間」へと、錐もみ回転させながら突っ込ませた。
凄まじい閃光が、艦橋を白く染める。
衝撃。
「……っ! 被弾か!?」
<<……右舷(ゆうげん)シールド、30%消失。……掠めただけです>>
ヘスティアの、淡々とした声が響く。
「……化け物め……」
ガンツは、アレスの神がかった指示と、自分の操艦技術が起こした「奇跡」に、冷や汗をかいていた。
「シエラ! ヘスティア!」
アレスは、敵艦二隻の、完璧な「真上」……射撃の死角に入り込んだことを確認し、叫んだ。
「今だ! 敵艦『ハウンド1』(旗艦)を除く、二隻の通信(コム)を、最大出力でジャミング(妨害)しろ!」
『りょ、了解! 全エネルギー、回します!』
<<……広域ノイズ、照射開始>>
『ハウンド1』の艦橋では、艦長が、獲物(アルゴス)が煙になったのを見て、高笑いしていた。
『シャシャシャ! あっけないもんだ! ……おい、『2』『3』! 被害状況は……』
通信が、途切れた。
『……おい? どうした? 応答しろ!』
砂嵐。
『チッ……! あのオンボロが、死に際に、旧式のジャミングでも撒きやがったか!』
艦長は、苛立(いらだ)たしげに舌打ちした。
『……まあ、いい。どうせ、もう沈んだ。……全艦、予定通り、宇宙港の制圧に……』
その時、オペレーターが、悲鳴のような声を上げた。
『艦長! ジャミングの影から、反応……! 敵艦、生きてます!』
『なに!?』
『進路……我々とは、逆方向! ……あの、『重力の浅瀬』に向かって、逃げていきます!』
『……逃がすか!』
艦長の、爬虫類特有の冷たい目に、怒りの炎が宿った。
(あの、オンボロ船……! この俺様に、恥をかかせやがった……!)
(ジャミングで、他の二隻の目をごまかし、その隙に、単艦で逃げるつもりか!)
『……シャシャシャ。小賢しいガキだ』
彼は、通信パネルを叩いた。
『……おい! 『2』『3』! 聞こえるか! ……クソっ、まだジャミングが……!』
彼は、決断した。
(ここで、あのオンボロを仕留め損なえば、部下(あの二人)に、何を言われるか……)
(あのガキの艦(ふね)は、一隻。こっちも、一隻。……だが、こっちはフリゲートだ!)
『……操舵手! 面舵(おもかじ)一杯! あのオンボロを、追うぞ!』
『か、艦長!? 単艦で、ですか?』
『うるさい! どうせ、虫ケラ一匹だ! 奴が、あの『浅瀬』に逃げ込む前に、背中から、蜂の巣にしてやれ!』
『ハウンド1』は、僚艦二隻をその場に残し、たった一隻で、『アルゴス』の後を追って、全速力で加速を開始した。
ジャミングが晴れた宙域で、残された『ハウンド2』と『3』の艦長は、あっけに取られていた。
『……おい、見たか?』
『ああ……。艦長、俺たちを置いて、一人で、手柄を独り占めしに、行きやがった……』
『アルゴス』の艦橋。
メインスクリーンには、猛烈な勢いで追ってくる『ハウンド1』の姿が、急速に拡大していた。
「……アレス様! 敵、来ました! まさに、仰せの通りに、単艦で!」
ガンツが、興奮した声で叫ぶ。
「……ああ。かかったな」
アレスは、冷たく笑った。
(……サラリーマンを、舐めるなよ)
(お前ら海賊(フリーランス)よりも、こっちは、よっぽど、陰湿な『手柄の独り占め』や『責任のなすりつけ合い』を見てきてんだよ……!)
「ヘスティア! 敵艦、『浅瀬』への突入まで、あとどれくらいだ!」
<<……突入まで、10……9……8……>>
「ガンツ! 艦(ふね)を、180度反転! 全シールドを、艦首に集中!」
「は……!? 逃げるのでは!?」
「『釣り』は、終わりだ」
アレスは、艦長席の、古びた「主砲(メイン・キャノン)」の発射トリガーに、その小さな手をかけた。
「……ここからは、『狩り』の時間だ!」
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