ACT.6 少女との出会い
「あなた、初めて来た方……?」
ドアに手をかけて、明らかに帰ろうとしている怜司とは裏腹に、その少女は聞いた。
空気を揺らすような、低くも透き通った声。
「あ、はい。そうですけど……」
そう答えると同時に、怜司はその少女を見た。
光を吸い込むような瞳が、まっすぐにこちらを見ている。
そしてまた、周囲のプレイヤーたちが騒めきだした。
居心地の悪さに、怜司は視線を逸らしながら答えた。
「その……すぐ出るんで」
少女は怜司の言葉で周りの状況に気づいたようで、怜司の手を掴み、引っ張り出した。
指先が、わずかに冷たい。
「こっち、来て」
少女に手を引かれたまま、怜司は人混みを抜けていく。
照明の届かない通路の奥、PAの隅に出ると、冷たい夜風が頬を撫でた。
振り返ると、さっきまでの喧騒が遠くに霞んで見える。
少女は手を離し、振り返って笑った。
「初めてなら、ここで迷うよね」
「……まぁ。…あの空気、ちょっと無理です」
「ふふ、みんな警戒してるだけ。このゲームに新規プレイヤーなんて滅多に来ないから」
怜司は黒いフードの上で苦笑した。
ライトアップされたビルの群れの下、遠くを走る車の音がかすかに聞こえる。
「で、走るの?」
「……一応、そういうつもりで来たけど」
「じゃあ、行こっか。C1」
「…え? 今から?」
「“初めて”なら、走って覚えるのが一番でしょ」
少女はそう言うと、小さな手で向こうを指さした。
その向こうに、黒いZが佇んでいた。
街灯の下で艶めくボディは、どこか挑発的に見えた。
「……Z、か」
「まだあなたと同じで始めたばっかだからね。あなたのは?」
「86。……明らかに君が勝ちそうな感じするんだけど…」
「大丈夫。私まだ足回りしかチューンしてないから。」
理由になってない言葉を言いながら少女は笑い、改めて聞いた。
「名前は?」
その疑問に、少し躊躇いながらも怜司は答える。
「……
「アークト。よろしくね、”
◇ ◇ ◇
箱崎PAを出ると、前にアークトのZがゆっくり進んでいた。
怜司はそれに合わせ、ゆっくりと前へ進んでいく。
「あれ、これどこからスタートだ…?」
名前を聞いて、そのままアークトはZに乗ってしまって、どこからスタートなのかを聞き忘れた。
そんな怜司は、そのZについていくことしかできない。
そのまままっすぐ行き、そしたら上に「C1外回り」と「C1内回り」の標識が出た。
「外かな」と思いながらも怜司はアークトのZにゆっくりとついていく。
そして怜司の読み通りに、アークトのZは「C1外回り」のコースへと行く。
怜司もしっかり後ろにつき、「C1外回り」のコースへ行く。
大きくて急なコーナーを曲がったら、少しだけ開けている道路に合流。
怜司はそのままZのスピードで後ろにつく。
だが、Zは右側に車線を変更し、急に減速をし始めた。
そして、じわじわと怜司の86と並んでいく。
怜司の86とアークトのZが並び、アークトは前を少しだけ確認し、怜司のほうを向いた。
そして、謎な、でも綺麗な、そんな笑みを浮かべる。
怜司もそのアークトの行動に気づいていたようで、アークトのほうを見る。
笑みを浮かべているアークトに対し、少し不安に思いながらも、怜司はハンドルを握る。
時速60kmで坂道を下り、ゆっくりとC1に馴染んでいく。
「ん…?」
そのまま走っていると、視野の隅にあるインターフェースに「Measure Standby」という文字が浮かび上がる。
下には残りを示すmの表記が書かれている。
60kmで走っているからか、その数値が減るのが少し遅い。
200m、100mと、どんどんと数値が下がっていく。
「え、なにこれ?」
怜司は何もわからずにゆっくりと進んでいく。
そして、その数値が0を指した瞬間…
「ブロォォン!!」
アークトのZが進み出す。
「はっ!?」
明らかにスタートが遅れた怜司も、急いでアクセルを踏み込む。
そして速度が上がるにつれ、ギアも上げていく。
怜司は速度を上げながらさっきの「Measure Standby」を見た。
「60km」
そう表記されていたのである。
「くっそっ!ズルだろ!!」
怜司がどんどんと加速していくうちに、目の前に一本の壁が出現する。
ミッドエッジで鍛えた運転技術と、さっき少しだけ走った感覚だけを頼りに、間一髪でその壁を避けていく。
壁を抜け、コーナーが出現し、インへ車を寄せ、華麗にコーナーを抜けていく。
(ふふ、やっぱりね)
怜司の目の前を走っていたZは、コーナーを抜けた後にすごい加速力を見せる。
さっきまで本当に目の前にいたはずのZが、もうブレーキランプしか見えないくらい前へ行ってしまう。
「やっぱ86じゃ無理だって!」
そしてまたの緩いカーブ、またの一本の壁、それらを綺麗に抜けていく。
怜司の86は、できるだけコーナーのインに車を寄せ、Zとの距離を縮めるようにした。
が、そんなのはお構いなしにZは前へ前へ進んでしまう。
そのまま進んでいると、きついS字コーナーが目の前に出現する。
Zはブレーキを踏み、そのS字コーナーへ入っていく。
「このままじゃ、負ける…!」
ブレーキランプを見た怜司は、瞬間的にそう思い…
「「キャァァァァァ!!!」」
ブレーキをかけずにそのS字コーナーへ突っ込んだ。
追記
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これまで宣伝などしていませんでしたが、やっぱりしてくれると嬉しいです(笑)
よろしくお願いします!
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