ACT.3 設定

「とほほ…所持金が……」


 悲しい顔をしながら、怜司はヘッドギアを家に持ち込んだ。

 家には珍しく誰もいなかったので、夕食の時間まではぶっ通しでやろうと考えながらも、ヘッドギアの梱包を剝がしていく。


 カッターでセロハンテープを切り、箱を開封。

 そしたら気泡緩衝材に包まれているヘッドギアを見つけ、気泡緩衝材からヘッドギアを取り出す。



「おぉ…」



 そのヘッドギアは、近未来感マシマシのデザインで、良く煌めいていた。

 そんな姿に怜司は一目惚れし、一気にMXOに興味が湧いた。


 少し怜司の部屋は沈黙に包まれ、「こんなこと考えている場合じゃない」と頭をぶんぶん横に振り、ヘッドギアをベッドの上に置き、梱包されていた箱をひっくり返した。


 ひらひらと軽い本のようなものが落ちてきて、それを怜司は取って読む。


「えぇっと、どうすればこの中に入れるんだ?」



「ご家庭のコンセントにコード刺して、ヘッドギアを装着し、ソフトの名前と、その後に『起動』と一言唱えてください…?」


 怜司は少し疑問に思いながらも、すぐに解釈できた。


「ボタンや100円を入れるのではなく、一言言うのが開始コマンドとは…」


 その言動をすることが近未来的な感じで、怜司は興奮を隠しきれなかった。

 まぁそんなこんなで、一度深呼吸をし、箱の中にあったコードをコンセントに刺し、ヘッドギアにも刺す。

 その瞬間に、ヘッドギアのファンか何かが起動し、「フォーン」という音が鳴る。

 そんな小さなことでもわくわくしている怜司は、ヘッドギアをゆっくりと装着する。

 頭のサイズに合わせるように、首にある調節ネジを弄り、いい感じになったらベッドに体を打ち付けるように寝っ転がった。



「本当に、始まってしまうのか…」



 そんなことを不意に思い、「呪われている」という言葉も思い出した。

 だが、そんなことは一瞬で消して、仮想世界に入る決意をする。



(よし。)



「ミッドナイトエクストリーム・オンライン、起動!」



 胸に決意を込めながら、そう叫んだ。



 ◇ ◇ ◇



「WELCOME TO MIDNIGHT XTREME ONLINE!」



 意識が遠ざかり、視界は暗闇に包まれる。

 そして全体が暗闇に包まれると、一瞬で白の背景に変わり、目の前には「ようこそMXOへ!」という文字が浮かび上がる。

 浮かび上がった文字はすぐに消えてなくなり、左下に「NOW LOADING…」の文字が表示される。



 そして一定数時間が経った時、怜司は少しずつ意識が戻ってくる。

 怜司の思考は一度停止され、ロード画面で少しずつその思考が戻ってくるそうだ。



「アバターを作成しよう。」



 そして気づいたときには、白い空間の中に黒い長方形型のパネルが目の前に映っていた。


「おぉ…」


 怜司は目の前の光景に少し驚きながらも、そのパネルを読み始める。

 まだVRMMOに慣れていないからなのか、ぼやぼやと夢を見ているような感覚になっている。


「えぇっと、アバター?」


 アバター。いわゆる仮想体。

 現実世界での体と同じにしてしまうと、プライバシー保護ができなくなってしまう。

 ヘッドギアを開発している会社がアバターパーツを作成しており、他のソフトに入るときも、その作ったアバターで入ることができる。

 怜司はヘッドギアを初めて買って、初めて使用したから、アバターを作るところから始めなくてはならなかった。


「どんな見た目にしようか…」


 もうこの時に怜司の思考は完全に戻った。

 そしてそのパネルの左下にある「OK」のボタンを押し、アバター作成画面へと移った。

 大雑把に顔、体格、身長が色々と選べる。

 そして追加でアクセサリーも設定できた。


 怜司は適当に顔パーツや体格、身長を設定していった。

 そして最後にアクセサリー部分に移る。


 怜司はアクセサリーというものにあまり興味を示さなかった。

 普通にある人間のアバターにプラスして何か物を付け足すという、いわゆる「指輪をはめると攻撃力が上がる」みたいな、魔法風に感じていたからだ。

 なにも外見は変わらないのに、性能はアップしている。そのことに関して怜司は少しだけ腹立っていた。

 まぁ、このアバターに関してはただ単にかっこよさや可愛さをアップさせるだけの物なのだが。

 でも、「一応のため覗いておこう」ということでアクセサリーの項目のボタンを押した。

 そして一番下までスクロールし、なにか気になるものがないか調べる。



「ん、なんだ、これ」



 一番下までスクロールすると、そこには”黒色のフード”があった。

「誰が使うんだこれ」と思いながらも、怜司はそのフードをタップした。


 次の瞬間、体を包むように黒いフードが出現し、そして重力のような力で体に密着する。

 黒い布がゆっくりと降りて、フードが目元を覆った。

 アバターパーツ選択の右側に表示されている鏡を見てみると、顔はほとんど見えなくなっていた。



「……おぉ」



 思わず息を呑む。

 怜司はそのアバターをくるりと回転させ、正面からもう一度見つめる。



「……なんか、いいかも」



 怜司的に冗談半分で被せたはずだった。

 けれど、黒いフードの影に包まれたアバターを見ているうちに、心の奥で何かが落ち着く。

 誰にも見られない。誰にも知られない。

 現実では、言葉を飲み込み、感情を隠してばかりの怜司。

 でもこの世界なら、顔を隠しても、“本当の自分”を出せる気がした。



「これでいくか」



 怜司は微笑み、確認ボタンを押した。

 光の粒がアバターの身体を包み込み、白い空間が淡く揺らぐ。



「アバター作成、完了。」


 文章が表示され、「OK」のボタンを押した次の瞬間、目の前に新たなウィンドウが浮かび上がった。



「NAMEを入力してください。」


「おぉ、名前ね……」



 怜司は腕を組み、「うーん」と唸った。



「まあ、前みたいに“  空白”でもいいけどな……」



  空白”という名前は、怜司が初めてミッドエッジをプレイし、名前を入力するときに悩みに悩んだ末、制限時間切れで強制的に空白のまま登録された時のものだった。

 それ以来、「空白の奴」としてランクインするのが、ちょっとした伝説になっていた。



「……いや、せっかく初めてのVRだし、ちゃんと考えるか。」



 怜司はそう思い、頭を悩ませることにした。



 静寂。

 そして――10分後。



「……執念の追撃者チェイサー


「執念の追撃者チェイサー!!!」


 叫んだ。

 その声は白い空間に反響し、どこまでも虚しく響いた。


 10分も同じ事考えてれば、そりゃ思考が劣るのもわかる。

 途中から投げ出したくなった怜司は、頭をぶんぶんと振り、正気を保っていた。

 でもそんなので正気を保てるわけがなく、最終的にできた名前が中二病的な名前。

 もうどうでもよくなり、何も考えずに怜司はその名前を打ち込んだ。



「NAME : 執念の追跡者」



「すべての設定が完了しました。これからワールドに移動します。」



 中二病なNAMEを入力し、「OK」のボタンを押す。

 そして視界がゆっくりと切り替わっていく。

 まるで深い海に沈むように、怜司の意識は静かに仮想世界へと溶けていった。

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