その翡翠き彷徨い【第62話 聖キーラン歴、1000年】

七海ポルカ

第1話




 聖キーラン暦1000年、初春。




 凍えるような冬が終わり、そろそろ花の芽が目覚め膨らみ始めた頃。

 ある日突然、それは始まった。


 厚く空を覆った雲に人々は鬱陶しい雲だなと呟きながらも、それ以上は何も思わなかった。

 しかしそれが一週間すぎると、人々は空を不安そうに見上げるようになる。

 二週間過ぎると不安な心は言葉となって外に吹き出した。

 そしてエデンの人々は世界中で、人々が同じ不安を共有していることを知り始め愕然とする。


 まず、世界各国で優秀な学者や高名な魔術師が集い会合を開いたがこの、立ちこめた空の異変を突き止めることは出来なかった。


 世界で最も広く信仰される【エデン聖教会せいきょうかい】が総力を挙げ各地の人心を宥めてはいたが、春にもたらされる恩恵が全て氷の下で凍り付き、腐り果てて行く姿は人々を確実に絶望させた。

 その絶望はたちまち世界中へ広がり染み込んで行く。



 エデンの南部はまだこの霧が及んでいない所もあるらしいと聞けば、人々は南に移動し始め、世には旅人のような暮らしをする人が増えた。

 だがそれは気の振れた行為では決してなく、北部では実際に畑も凍り付き、生活など出来ない状況になっていたのである。


 何より、世界は凍えただけではなかった。

 その不吉な霧に誘われるように、世界には突然不死者が増えた。

 浮遊霊などと言われる自然派生した霊ではなく、霧から生まれたこの不死者は凶暴で、時には徒党を組み村や街、旅人のキャラバンを襲った。




 後の世で【エデン天災】と呼ばれる、非業な暗黒時代の幕開けである。




【エデン天災】は1002年にエドアルト・サンクロワの手により【次元じげん狭間はざま】が閉じられると、それ以上の脅威を撒き散らすことは無くなったが、この深い霧に覆われたエデン全域が太陽の光を取り戻すまでには、それから約六年もの日々を必要としたのだった。


 その暗黒の八年の間には、もちろん数えきれないほど多くの人間が様々な理由で命を落として行った。

 中にはその八年の間に生まれ、太陽や月の光を一度も知る事無く死んで行った幼い命も多かったという。





 聖キーラン歴1000年、春。



 ――人々は白い絶望の中にいた。





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