第22話: 謎のお姉さん「――ヨシッ!!!」




 それから、少しばかり時は流れて。



「え、なに、ここ……え、家? こんな、家賃も光熱費も税金も払わなくていいし、気にしなくていい……こ、こんな事が許されるの!?」

「住んでいるのは異空間だし、許されるんじゃないの?」

「あ、温かいお風呂に入れる! やった、二ヶ月ぶりのお風呂! お湯で身体を拭うだけあのは辛くて辛くて……か、髪もちゃんと洗える……!!」

「ダンジョンから、シャンプー代わりのモノが手に入るから、助かるよね、本当に」

「……小山内くん。小山内くんが良いっていうなら、私は身綺麗にしてから何時でも布団に行くよ?」

「いや、そういうのが目的で仲間にしたとかじゃないから」

「うん、分かっている。分かっているけど、私は本当に何時でもOKだからね、ぜったい逃がさないからね」

「そうだね、でもね、愛。まずはアタシをブチ倒してからだよね、それはさぁ……」

「喧嘩も程々にね」



 隠野さんも『鍵&家』に招待し、ちょっと涙ぐんでいたと思ったら、なにやらレイダとドタバタし始めている……そんな中で、だ。




 ──やあ、御機嫌よう、小山内ハチ16歳、もうすぐ17歳になろうとしている、僕でございます。




 さて、ダンジョンで食糧が取れるようになったという話は以前にもしたと思う。


 実際にどれだけの食糧が、そして、どれだけの種類が獲れるのか、そこまで詳しく説明したかと問われたら、していないと僕は答える。


 結論から言うと、謎のお姉さんの説明が全て事実であるならば、無限に獲れる。ただし、毎回同じ量を獲れるかと言うなれば、違う……という話である。


 言うなれば、比較的浅い階層で多く獲れる食材と、比較的深い階層で多く獲れる食材とで、別れているのだ。


 分かりやすく例えるなら、浅い階層では小麦や米が多く獲れる場所がチラホラ見られるけど、深い階層になるとそれがほとんど見られなくなる、とか。


 もちろん、まったく手に入らないわけじゃない。探せばちゃんと見つかるし、僕もこれまで何度も見付けている。


 ただ、体感的な話ではあるけど、『○○まで下りないと、効率滅茶苦茶悪いなあ……』と思うぐらい割合が少なく感じるのは確かだ。


 ……これは僕の想像なんだけど、おそらくあのお姉さんは、一定階数ごとに手に入りやすい食材を分けているのだと思う。


 だから、比較的浅い階層で手に入る食材は、それこそ子供でも採取できるので市場に出回りやすく、逆に深い階層に集中して出る食材は品薄の傾向にある……というわけだ。


 実際、買い物とかで並べられている商品とか見ると、値段のピンキリがすさまじい。


 少し前から輸入費用の莫大な値上がりによって市場に出回る食品の量が激減しているというニュースが流れてきているけど、それのせいで、余計に拍車が掛かっている。


 浅い階層で手に入る食材とかは、以前に比べて高値にはなっているけどまだ安い方を維持している。


 おそらく、輸送費を安く抑えられるからだろう。


 以前に比べて街中の交通量は激減し、大型トラックであろうとスムーズに移動が出来るようになってきてはいるけど、所詮は焼け石に水。


 根本的な問題である燃料費がどうにもならない以上、動かせる台数は以前よりも少なく、頻度も減らされていた。



 ……ちなみに、少し話が逸れるけど。



 先日のニュースでやっていたけど、緊急的に道交法が改正されたとかで、運送トラックなどの交通を妨げる行為は原則重罪になったらしい。


 なんでも、とにかく少しでもアイドリングストップなどさせないよう、一度動き出したら最後まで止まらせず……といった趣旨の改正なんだとか。


 冷静に考えると滅茶苦茶危ないし死傷者出るんじゃないって、始めてそのニュースを見た時思ったけど、どうも、そんなキレイ事を言っている場合じゃないそうな。


 昭和の頃にあったオイルショックの時に比べて……みたいな討論番組で説明されていたけど、その時とは比べ物にならないぐらいに今の状況が悪いらしい。


 あの時は、石油が入って来ないだけで、石油自体はあった。


 でも、今回は石油そのものが無い。入って来ないのではなく、大本にそもそも無いのだから、来る来ないの段階ではない、とのことらしい。


 ぶっちゃけてしまえば、1人の安全を確保するために1000人を犠牲にするか、1000人を助けるために1人の不注意による事故死を受け入れるか、という話らしく。


 これに対して人権弁護士だとか野党だとかが騒いだらしいけど。



『貴方達の寝言に付き合っている時はもう終わったんですよ、何時までも言葉遊びに付き合ってはいられません』



 といった感じで、与党の人達から血走った眼で忠告されて、それっきりなんだとか。


 まあ、これはあくまでも噂だけど、なんか文句を言って騒いでいた人たちのステータスに、さ。



『【私からの一言】:1000人苦しめて身内1人を助ける、悪党の鑑。どうしてその生き汚さをダンジョンへ向けないのですか? 処した方が良いのか迷っております』



 ってな感じのことが表示されるようになったからなんだとか……まあ、これは審議不明の噂話みたいなものだから、本当かどうかは知らないけど


 とにかく、そんな感じで、運送車両に限っては赤信号でも原則通行OKで、万が一止めた場合は……とまあ、そんな流れで、話を戻しましょう。


 とにかく、食料の値段は種類によってもピンキリであり、深い階層かつ輸入に依存していた食材ほど、高価になる傾向にあった。


 当たり前と言えば、当たり前である。


 輸送費爆上がりなのに、以前のような食品ロス前提の輸入なんて出来るわけがない。以前とは、物の単価が違い過ぎるのだ。


 特に、嗜好品と呼ばれる物の値上がりは食料品に比べて桁違い(補助金入れないので)で。


 以前は子供でも買えたお菓子が、今は大人でもちょっと考えてしまう……ぐらいにまで跳ね上がっていた。



『──ハイ、オマチ! キャラメル4kg分と引き換えダヨ! あと、タバコ(乾燥処理済み)も4kg分ダヨ!』

「お、おぉ……本当に、キャラメルと交換とか……ここって、マジでどんな処理がされているのか」

『──カンガエナイ方が、良いカモよ! ネギを背負えば殺される、織田信長の有名なシリトリ、ダヨ!!』

「絶対嘘だ、そんなの……」



 そして、この日……何気なく地下5階層にあった湖(というか、大きめな池?)より持ち帰った、珊瑚に似た物体。


 見た目は死んだ珊瑚(色は白色)にしか見えず、食い物にも見えなかったので放置していたけど、レイダがポツリと呟いた言葉で状況が一変した。



 ──なんか、甘い匂いがする。あと、タバコっぽい臭いも。



 その言葉に、もしかして……っと、ちょっと興味を引かれて、あと、前回来た時には無かったから、なにかしらのレア物かもって感じで回収したのが、少し前のこと。


 それがまさか、キャラメルとタバコと交換されたことに……しかも、どちらも剥き出しのままじゃない。


 市販されているソレと同じく、小さな紙に一つずつ小分けされていたり、フィルター付きの紙に巻かれていたりで、それを大きな箱に小分けされた状態で渡された。


 これには僕たちだけでなく、たまたま近くに居た人たちからも、ざわざわとどよめきがあがった。



 それも、当然である。



 なにせ、現在にて嗜好品の一つとして名が上がっているのは、砂糖なのだ。


 そう、砂糖。実は、砂糖の値上がりもまた、半端ない。


 さすがに10倍とか20倍とかって値段じゃないけど、以前に比べたら4,5倍にまで値上がりしている。


 ぶっちゃけると、一箱150円ぐらいで買えたのが、今では一箱700~800円ぐらいだ。


 塩に関しては以前に比べて低品質になってきてはいるものの、四方を海に囲まれているのでそこまでの値上がりはしていないが……砂糖は、けっこうヤバい。


 どれぐらいヤバいかって、砂糖を使ったお菓子を狙った集団窃盗事件が起こるぐらいに。


 たかが菓子でって思ったけど、『食の喜び』を知っている日本人はとにかく多いからさ……盗品だと分かっていても、気付かないフリをして買うやつが後を絶たなくてね。


 冷静に考えたら、キャラメル一箱だけで700円、ごそっと10箱ほどリュックに入れたら7000円分の窃盗になる。


 最悪、売らなくても食べてしまえばバレないわけで。


 おかげで、スーパーとかでもお菓子とかはレジとかサービスセンターでしか取り扱わない商品になっているっていうのだから、驚きである。


 ……ちなみに、タバコも相当な値上がりらしい。


 僕たちは誰も煙草は吸わないから欠片の興味もなかったので、何も知らないけど……さて、話を戻そう。



「はぇ~……お~、久しぶりの砂糖とミルクの甘み……」

「うむむ、むむむ……うまい、うまい……」



 キャラメルと聞いて、さっそく一個をパクリといった隠野……いや、愛とレイダの2人。あと、僕も……その顔は、恍惚に緩んでいた。


 それも、致し方ない。


 『鍵&部屋』と、3人によって肉やら野菜やら、とりあえず食う分は困っていないけど……やはり、嗜好品の問題は無視できない。


 謎のお姉さんによって、ある程度は改善できているのだけど、『ある程度借金を返さないと、駄目です』と言われてしまっているので、そこらへんは他の人達と同じである。


 つまり、僕たちもまた、砂糖の甘みに飢えていた。


 たかが砂糖、されど砂糖、ああ耐えがたきは砂糖の甘味。


 果物の甘みとは、違うのだ。果物も甘いけど、砂糖の甘みとは別で、むしろ砂糖の甘み欲しいって気持ちになっちゃう。


 お金はあるからさ、品物さえあれば買えるんだけど、そもそも品物が入ってこないうえに、入って来るとすぐに売り切れちゃうし。


 ダンジョン食品じゃないから転売しても呪いは発生しないから、転売&転売みたいな感じで、もうすげぇ足元見て来るわけでさ。


 僕としては、てめえふざけんじゃねえぞ……ってな感じなわけ。


 これがまあ、砂糖に限らず、今では品薄が当たり前になっている嗜好品全般がそうなっているらしくて……ちょっと話が逸れたけど、とにかく、久しぶり……ん? 


 料理とかは、どうしていたのかって? 


 そんなの、基本的には塩一択ですよ。味噌も、買えるときは買うけど、明らかに以前に比べて味が……まあ、仕方ないのだけど。


 果物の汁を絞ってちょっとアレンジはするけど、やっぱり余計な味が付いちゃうから……純粋な砂糖が、欲しいんだよね。


 調味料の類、けっこう早い段階で品薄になったからね。


 慌ててある程度は買えたけど、それでもちょくちょく買い占めとか起こるせいで……で、だ。



「……ま~た、これぇ? 口頭で説明したじゃん、なんでいちいち長引かせられるのぉ……???」

「すまないね、小山内くん。こちらとしても出来るかぎり短時間で済ませるから、どうか協力してほしい」

「えぇ~、もうヤダだってば、何度も同じ説明をするのはさぁ~」

「本当にごめんね、あ、そ、そうだ、これ、とっておきのお茶菓子だから、ね? ね? ね?」



 とりあえず、さすがにキャラメル4kg分は胸やけがするし、砂糖そのものではなくとも、砂糖の甘味を求めている人は大勢居る。


 あと、タバコもそうなんじゃないかなって思ったわけで。なんか、依存症とかになるって話だし、吸いたいとも思わないわけで。


 なので、管理センターの方にちょろっと報告して、後は引き取り手が居るなら売るよって感じで済ませようと……していたのだけど。


 またもや職員の人達から低姿勢だけど有無を言わさない感じで別室に案内されてから、かれこれ小一時間。


 どこの階層で採ったのか、どの場所で採ったのか、周りの状況はどうだったのか、採る際の手順とか、これがまあ、けっこうしつこかった。


 たしかにキャラメルは高価になっているけど、そこまで……あ、違う……え、問題なのはタバコ? 


 よく分からないけど、タバコがヤバいみたい。


 詳しくは言えないらしいけど、けっこう影響範囲が広いとか……え、でも、タバコだよ? 



「タバコって、そんなに問題視されるものなのかな? 臭いし汚くなるだけじゃん」

「さあ? アタシの父は吸っていたけど、1日2,3本ぐらいだったような……回りには他にタバコを吸う人がいなかったから、よく分からないなあ」

「私の家も、飲食店だったせいか誰も煙草は……でも、お客さんの中には酒は止められても煙草だけは……って人がちらほら居たような……」



 レイダと愛に聞いてみたけど、2人とも身の回りに参考になりそうな喫煙者が居なかったこともあって、誰も分からなかった。


 ……。


 ……。


 …………ところで。



 ──た、タバコだ、こんなにいっぱい……!! 


 ──こ、これ、買えるんですか!? 



 そんな僕たちを見ていた職員の中に、なにやら挙動不審というか、おそらく無意識に取り出したと思われるライターが片手に見えたけど……僕は、あえて触れようとはしなかった。


 あと、所長さんからも、『そうだよね、吸わないから、分からないよね……』って、ションボリしていたのが……まあ、うん。


 結局、解放されたのはそれからさらに2時間後で……結局、色々あって4時間も拘束されるハメになってしまったのであった。






 ……そうして、翌日。



 なんかいつもと違う出来事を挟んで妙に疲れた僕たちは、その日は休息日にすることにした。


 どこかに出かけようかって話も出たけど、まだまだ寒いし、以前と違って閉店している店が多いから、温かくなるまで……ってな感じで、『家』でゴロゴロすることになった。


 僕もそうだけど、レイダも愛もけっこう薄着である。思い思いに、古本屋で全巻そろえた本を読んでいたり、ゲームをしていたり、ボケーッとテレビを見ていたり。


 なんでかって、暖炉がとにかく温かいから。


 今はもうどこの施設も暖房費節約で、よほどの理由が無い限りは寒いから……自然と、足が遠ざかるんだよね。


 逆に、温泉地とかは売上好調らしいけど……とまあ、そんなわけで、僕たちはぐうたらしていた……のだけど。



『──こんにちは、グッドアフターヌーン、私です』


「あ、謎のお姉さんだ」



 唐突に、それまでテレビに表示されていた画面が切り替わり、お姉さんの姿が表示された。


 それは、テレビだけじゃない。


 ゲーム画面もそうだけど、恐ろしいことに、漫画のキャラクターもお姉さんの姿に変わり、映像で、音声で、吹き出しで、お姉さんは説明を始めた。



『──私、気付いてしまいました。そう、人間とは弱く、もっと手心を加えなければならない、と』

『──なので、新たにダンジョンを作りました。その名も、『石油ダンジョン』です』

『──中には、糞雑魚過ぎて放っておいても勝手に死ぬんじゃないのって感じのモンスターがおりますし、いちいち総合センターに持って行く必要がないよう、死亡すると同時に処理された状態になるよう致しました』

『──また、虫が嫌いなそこのアナタ!』

『──そんなアナタたちのために、モンスターを殺さずとも石油が回収できる特別な泉を、ダンジョン内に設置しました』

『──これで、ひとまずの生存は可能でしょう。さすがに、私も同じ失敗はしません。ちゃ~んと、糞雑魚モンスターですら駄目な人でもなんとかできるように致しました』

『──さすがにここまで弱いと私としても意味がないのですが、それをせずに人間たちが激減してしまうのは、些か気の毒でして』

『──なので、各自頑張るように』

『──ただし、以前と同じく駄目なモノは駄目であるということは、肝に銘じておくように』

『──それでは、また』



 その言葉を最後に、画面が切り替わり……後には、先ほど表示されていた番組やら、ゲーム画面やら、漫画やらが……ふむ。



「言っておきますけど、これでオサラバは致しませんよ。私、そのような不義理をするぐらいなら駅前で裸踊りしますから」

「ま、まだ、何も言ってないじゃん」



 まさかの、先手……プリプリと怒る愛に、僕は何も言えなかった。


 ……ところで、話は変わるけど、先ほどの『石油ダンジョン』だけれども……どうしようか? 



「アタシはどっちでもいい、虫じゃなければ。でも、最初だから混むんじゃないの?」

「私は、しばらく様子見が良いと思います。なんだか、嫌な予感がビシバシしますので」



 尋ねたら、2人とも消極的な返答だったので……僕も、混み合う中で向かうのは大変だし、しばらく様子見しましょう……と、決めたのであった。






 ……。


 ……。


 …………それから、五日後。



『──緊急速報です! 『石油ダンジョン』より火災ならびに爆発が起こったとのことで、大勢の死傷者が出ているとの──』



 ニュースより流れてきたソレを見て、僕たちは……思わず、背筋にヒヤッとした感覚を覚えたのであった。






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