第8話: はたして、幻滅したのはどちらの方か

※ ちょっと、人によっては説教臭く感じるかも


―――――――――――――――




 ──Q.朝、起きたら隣に知らない人が寝ていたらどう思う? 


 ──A.腰が抜けかけるぐらいビビッて距離を取る。




 はい、皆様方、小山内ハチです。


 緊急事態なので自己紹介を少し省きますけど、緊急事態です。


 朝起きたら、隣に知らない女が寝ていました。


 言っておきますけど、レイダじゃありません。いや、レイダの面影があるというか、顔はレイダなんですけど、明らかに体形がレイダじゃない。


 だって、昨日までレイダはガリガリでした。


 そりゃあもう、鳥ガラみたいに痩せ細っていて、こいつ明日になったら死んでねえよな……って思ってしまうぐらいな有様だった。



 それが、どうだ。



 痩せてはいるけど、明らかに身体に肉が付いている。全体的に細いけど、男って感じじゃなくなっている。


 昨日はぶっちゃけ、髪が短くて男に見えなくもない(男にしては長髪?)ぐらいな感じだったけど、今は神が短くても女かなって思うぐらいになっている。


 ていうか、髪が伸びている……伸びてないか? 


 気のせいかなと思ったけど、やっぱり伸びている。少なくとも、後ろ姿は誰が見ても女性かなって思ってしまうぐらいの長さになって……現実逃避は止めよう。


 とりあえず、眠気がぶっ飛んだのでレイダを起こす。


 意外と寝起きが良いのか、レイダはあっさり目を覚ました。


 ただ、大きな欠伸をこぼしていたが……で、話をすれば、やっぱりレイダだった。


 と、なれば、気になるのは、一夜にして起こった変化だろうか。いくら成長期だからって、そんな事あるのだろうか? 



「あ、ごめん。アタシ、昔から食べるとすぐ体形が変わるの。昨日、説明してなかったね」

「そ、そんなことある?」

「自分でも変わった体質だなって思うけど、そういう身体としか……なんか、『超特殊体質』だって……」

「へえ、超特殊体質……本当に居るんだ、テレビとかでしか見たことなかったよ、生で見たの初めてだ」

「昨日から普通に見ているじゃん」

「それもそうか、そう思うとなんか特別感が無くなるなあ……」



 どうやら、そんな事もあるようだ。


 僕は、そういうものもあるんだなと納得した。


 なんでかって、『超特殊体質』という言葉には聞き覚えがあり、テレビとかで、その手の特集を……子供の頃に見た覚えがあったからだ。


 僕もうろ覚えなんだけど、超特殊体質ってのは、生まれつきの体質とか、常識では計り知れない能力の事なんだって。


 たとえば、十数針の大怪我も半日で完治するほどの修復能力とか。


 人体の限界を超えた動体視力を持っているとか、暗視カメラ無しで暗闇を見通せるとか。


 そういったトレーニングをしているわけではないのにオリンピック選手並みの肺活量とかもあれば。


 見た目は一般的な成人男性なのに体重が10kgを下回っているとか。


 御年60歳越えなのに10歳前後にしか見えない(実際、シワもない)とか。


 人体では消化できない無機物を摂取して活動できるとか……能力もまた、同じく。


 たとえば、見ただけで構造物の内部が分かるとか、離れている物体を引き寄せられるとか……本当か嘘か、空を飛ぶことができる能力者も居るのだとか。


 そういうのを全てひっくるめて、『超特殊体質』、と呼ばれている。昔は違ったらしいけど、今はそうなっている。


 ちなみに、超特殊体質として該当される人、滅茶苦茶珍しい存在である。そもそも、言いふらしても得することなんて、あまり無いらしいし。


 人にもよるけど、体質によっては国が保護に動くらしく、血の提供をするだけでも最低限暮らしていけるお金が入るから、余計に表に出なくなるのだとか。



(……あれ? そう考えると、僕もまた超特殊体質だったとか?)



 ふと、そんな事が脳裏を過った──瞬間。



『あなたの場合は違います』



 真横から、そんな言葉を掛けられた。


 レイダではない、これは、謎のお姉さんの──ギョッとそちらに振り返れば──そこには、何も置かれていない壁しかなかった。


 ……。


 ……。


 …………まあ、いいか。



「とりあえず、元気になったってことでいいの?」

「あ、うん、まだ栄養が足りてない感じがするけど、昨日よりすごく元気」

「そっか……じゃあ、朝ご飯食べに行こう。ごはんぐらい奢るから」

「え、いいの?」

「いいよ。あ、でも、着替えとかどうする? ジャージは洗ってから干さないと着られないよ」

「このままでいいよ」

「え?」



 思わず、僕はレイダの全身を見つめる。


 着ているのは僕のシャツとズボン。


 肉が付いたとはいえまだまだ痩せ形だし、今の季節だと、別に目立つような恰好じゃない。ていうか、夜とかに似たような恰好で出歩いている子とか、見た事あったね。



 ……まあ、いいか。



 それなら行こうかと促せば、パッと、レイダの顔が晴れる。おや、笑うとカワイイなと思ったのは秘密だ。


 昨日も思ったけど、レイダは食べる事が好きなようだ。まあ、食べるのが嫌いってのは稀だとは思うけど。


 ぐう~、とレイダの腹が大きく鳴った。


 本人よりもよほど素直な返答に、僕は思わず笑った。


 あ、言い忘れていた。


『超特殊体質』ってのは、現代でもまだ一切の原因が分かっていない先天的な体質だから、病院に行っても治療方法はまったくないんだって話らしいよ。






 ──で、だ。



 お腹が空いているのは悲しい事だからと、遠慮せず頼んでいいと、ファストフードなイメージが付いている牛丼ショップへと向かったわけだが。


 これがまあ、食べる、食べる、食べる。


 朝だから大盛りぐらいかなと思っていた僕の予想を大幅に上回り、なんと朝定食5つをぺろりと平らげたのだ。


 しかも、全部の定食に+α(ご飯大盛り・生卵・納豆・焼き鮭・豚汁付き)を追加した状態で、一つも残さず食べきったのだ。


 ここまでくると、もはや「おぉ~」と軽く拍手を送るぐらいが普通だろうか。普通だろう、小さく手を叩いている人が居たし。


 たまたま目撃した他の客からの『大食いの人?』という感想は、もっともだと思う。何も知らなかったら、僕も同じ事を思っていただろうから。


 そうして、食事を終えてから一旦『部屋』へと戻り……ジャージや下着を手荒いして、それをお風呂場に干してから……さて、と。



「レイダはこれからどうするの?」



 率直に尋ねれば、レイダは困ったように視線をさ迷わせ……あの、と僕を見つめてきた。



「ハチは、ダンジョンで生計を立てているんだよね?」

「うん、いちおうね」

「これからも、そのつもりなの?」

「そのつもり。実家は勘当されたし、ろくな扱いをされなかったし、戻る気は一切ないからね」

「……私も、戻るつもりはないんだ」



 そう言うと、レイダは再び視線をさ迷わせた後で……部屋の隅に置いてある私物の中から、一枚のカードを手に取った。


 なお、その私物は授業で作ったナップサックに入っていたのだが、それも既にボロボロでうっすら臭いを放っていたので、処分……話を戻そう。



「登録カードじゃん。え、レイダもダンジョンに?」

「うん、でも、怖くって地下の方には……」

「地下1階で?」

「うん、怖くて……」

「まあ、怖いよね……で?」



 続きを促せば、レイダは……ピシッと、額を床に擦りつけるようにして、僕へ頭を下げた。



「お願いします、一緒に行動させてください、何でもしますから」

「──この、ばか!」



 ぱちん、と。


 下げられたレイダの頭にチョップを叩き込む。ふぎゃっと悲鳴をあげたレイダに、僕はふんすと鼻息荒く指差した。



「軽々しく何でもするとか言うな! そういう口先だけのやつ、大嫌いなんだよ!」

「く、口先だけじゃ……」

「口先だけじゃなかったら、そんな言葉を軽々しく……だったら、言うけどさ」



 鼻を摩りながら顔をあげるレイダに、僕はグイッと指先で額を押した。



「ここで、そのかわりしばらく僕とセックスしろって言ったら、あんたは首を縦に振るの?」

「え──っ」



 ギクッ、と硬直したレイダに、僕は何度も何度も額を突いた。



「何でもするんでしょ? だったら、股を開くぐらい良いでしょ」

「そ、それは……」

「出来ないんでしょ。だって、口先だけだから。あんたの何でもするって言葉はそれだけ軽く、僕をナメているって証拠なの」

「ち、違う!」

「違わないさ。だったら、なんで傷付いた顔したの? 赤の他人の僕を、あんたは勝手に親切な人だって思って、手助けしてくれるって思っていたから、その対価を要求されて幻滅したんでしょ?」

「そ、それは……」

「結局、昨日と今日のこれも、あんたは大した恩を受けたなんて思っちゃいないんだよ。ちょっとお手伝いしたらチャラになる、そんな程度に思っていたから傷付いただけってこと」



 ふん、と僕は、鼻息荒くレイダを睨んだ。



「それだけ自分の事を高く見積もっているのなら、どこへでも行って好きなようにやればいいよ。今よりもよっぽど良い暮らしが出来るし、親切な人だって現れるさ」



 そう、僕は吐き捨てるように……そうしてから、僕は俯いたコイツの頭を見て、深々とため息を吐いた。



「泣くなら、外で泣いた方が良いよ。ここで泣いたって、あんたに味方してくれる親切な男も女も現れないよ」

「──っ」

「そんなつもりはないって? なら、涙なんて出ないんだよ。ここでは、女の涙なんて1円の価値も無いから」



 顔を上げたコイツのうるんだ目を、僕はそれ以上の力で睨んだ。



「もう、あんたの頭の中では、僕に対する恩なんて欠片も無いでしょ。そんな薄っぺらい気持ちで吐かれた感謝の言葉なんて、100万回言われてもうっとうしいだけだよ」

「…………」

「それで、どうするの?」

「え?」

「僕はもう、あんたに感謝されたいとは思っていない。でも、せっかく元気になったあんたを見捨てるのは夢見が悪い」

「なにそれ……」



 そう言えば、コイツは……ちょっと顔をしかめた。「自分勝手に見える? そりゃあ、そうだ」でも、僕はキッパリ答えた。



「手助け人助け、全部自分の勝手。コイツを助けたいっていう自分勝手の一つでしょ」

「…………」

「あんたがもう僕に縋る必要がないと思ったら、離れたらいい。あるいは、今すぐにでもそうしたいなら、止めないよ」



 ──それで、どうするの? 



 そう、続きを促せば……コイツは、しばし考え込むかのように俯いた後で。



「……私が考えたらずでした、ごめんなさい。よろしく、お願いします」



 そう、もう一度僕へ頭を下げたのであった。










 ──────────────






※ ハチくんの人生、邪険にされたり裏切られたり低く扱われたりなことばかりだから、なんの覚悟もない口先だけでの『なんでもします!』ってのは、端から貴方を対等には見ていませんし、軽く考えていますってのと同じにしか聞こえないという


 実際、なんでもしますから助けてっていうやつほど、いざ清算の段階に来ると何もしないどころか悪態吐いて逃げて行くのが世の常ってね……




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