2.沈むラテの泡。

夜のcalmeは、今日も静かだった。

時計の針が十時を少し過ぎた頃、理沙はいつもの席に座る。窓の外では、街灯が雨粒を淡く照らしている。


「いらっしゃいませ。」

カウンターの向こうで澪が小さく頭を下げた。

いつも通りの挨拶。でも、今日は少しだけ声が沈んでいた。


理沙はいつものようにカフェラテを頼む。

けれど、澪の指先がカップを置く時少し震えているのを目にした。


——どうしたんだろう。


「あの、」

理沙はそっと声をかける。


「名前、教えてくれませんか?」



澪は一瞬、目を見開く。

蒸気の白い靄の中で、彼女の瞳が少し揺れた。


「……澪、です。柚木 澪」

その声は、泡のように静かに沈んだ。


「澪ちゃん、可愛いですね。」

理沙は微笑む。


「ありがとうございます。あの、教えてください。貴方の名前も」

少し勢いのある声に驚いて、理沙はまた微笑む


「久遠 理沙っていいます。あの、澪ちゃんが淹れるカフェラテと私の名刺交換しませんか?」


「理沙さん、はい、ありがとうございます。カフェラテですね準備致します。」


理沙さんのことを思うと不思議と笑顔になれる。まだ会うのは2回目なのに理佐の雰囲気に呑まれ、居心地がいい。

デザイナーという仕事に納得しながら、プライベートで上手くいかないことを考えてふと、私の心が沈む。


カウンターの奥で、ラテの泡が消える音だけが、夜の静けさに溶けていった。

澪がラテを差し出したあと、理沙はしばらく黙ってその泡を眺めていた。

いつもなら、澪がふっと微笑む瞬間がある。

けれど今日は違った。


カップの向こうで、澪の表情がどこか遠い。

まるで、ここにいながら別の場所を見ているみたいだった。


「……何か、あった?」

理沙の声に、澪は少しだけ目を伏せる。


「いえ……たいしたことじゃ、ないです」


けれど、たいしたことじゃない顔じゃなかった。

指先を組む仕草がぎこちなくて、視線が揺れていた。


「……昨日、恋人に、別の人がいるって知って」

小さく笑ったように見えたけど、それは涙の代わりの笑みだった。


「でも、もう泣くほどでもないんです。 心配おかけしてすみません。」


「あの、今日は閉店まで居てもいいですか?」


「はい……ゆっくりして行ってください。」


理沙は閉店まで、残りの仕事を終わらせることにした。デザイナーとして仕事をする理沙はあまりに美しすぎた。



温かな空気と静かな音楽が流れる中、理沙の瞼が少しずつ重くなる。

彼女の手元には読みかけのデザイン資料。

ページの途中で、ペンが止まったまま。理沙は眠りについてしまった。


「少しだけですよ……」

澪は小さく呟いて、空になったカップを片付け、理沙にブランケットを掛けた。


「理沙さん、起きてください。」

柔らかな声が私の名前を呼ぶ。


「澪ちゃん、頑張ったね。」


えっ、澪の頬が赤らむ。完璧に寝ぼけている理沙の発言が私の心をくすぐる。


「ねぇ、理沙さん。ズルいよ、」




外では雨がやんで、街灯の下に夜の光が滲んでいた。

沈むラテの泡みたいに、澪の心もまだ静かに揺れていた。



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