File.12「第五事件:妖媛画華(前半)」



[第四事件の解決によって]

[玲瓏館から冴木ハクアを追い出そうという九条家の企み]

[もとい、メイド長である九条スミノの命で動く]

[双子姉妹の片割れ]

[妹の九条ユズキが抱えていた心の闇は晴らされた]

[だが、『糸垂女郎シダレジョウロウ』という怪異譚に]

[新たなる解釈が紡がれて]

[仮に終止符が打たれたのだとしても]

[キミたち人間は、おかしなものに対して]

[自分なりに納得できる〝理由〟を求める生き物だ]


 ついに本格的に。

 玲瓏館を舞台にして始まった怪しくて異なる物語。

 ひとりでに動き出した人形が、七人の住人から下着と宝飾品を盗み出し、居候の一人には包丁を振り翳した事実。


 詳細を把握しているのは読解師である僕と。

 怪異に取り憑かれた張本人、ユズキちゃんだけだとしても。


 盗難事件そのものに関する謎は、玲瓏館の住人全員が疑問視するところになった。

 師匠はその顛末を、怪異譚の本筋とは関係ない部分だと理解しながら、一応の補足説明を求めているようだ。


「そうですね。盗まれた下着とジュエリー類が、どういう理由で持ち主の元に返されたのか? それを言っておかないと、僕にはあらぬ疑いがかけられたままになっちゃいますもんね」


[あらぬ疑い……?]

[肉眼による目視で]

[着衣状態の女体の数値を]

[たった2センチ程度の差異さえ見逃さない男なんだろ?]

[あながち、あらぬ疑いとも言えないと思うんだが……]


「くそっ! これも僕が、読解師として優秀な師匠に育てられたばっかりに……!」


[おい!]

[わたしに罪を波及させるつもりか……!?]

[だが残念だったな!]

[わたしは一見ただのノートパソコン!]

[罪はすべてハクアが背負うのさ!]


「弟子を簡単に見捨てるんですね」


[たったいま破門したからね]


「マジかよ」


 と、僕と師匠は軽口を叩き合いつつ。

 じゃれ合いも済んだので話を戻す。

 読解師の仕事には、怪異事件によって発生した超常現象の余波。

 要するに、当事者ではないものの間接的な関係者──目撃者などになってしまった人たちに、実はこれこれこういうコトだったんですよ、と〝辻褄合わせ〟をする面倒も含まれている。


 もちろん、それは真実ではない。


 が、人々の心に必要なのは、あくまで〝真実っぽく思えるお話〟で充分なのだ。

 僕らは実際の事件を解決に導く警察や探偵ではない。

 僕らが相手取るのは、人智を超越した人ならざるモノたち。


 バケモノが起こす事件なんて、元々が荒唐無稽なお話なのだから。


 そこに厳密な真実は必要ない。

 というか、人の心の内側なんて、一概にこうだ! と決めつけられる代物じゃあないからね。

 答えはいつだって何通りもある。

 およそ人の数だけ、ものの見方はある。


 だから、読解師はそういう意味で、インチキ霊能者──詐欺師と呼ばれてしまっても、ある程度は仕方がない側面も持っているんだろう。


 とはいえ、だ。


「師匠。師匠はきっと、読解師のセオリーに従って辻褄合わせを気にされたんでしょうけど」


[……あー、そうか]

[今回の事件は単発じゃない]

[玲瓏館というひとつの舞台で]

[立て続けに連続している七事件]

[マクロ的に見れば]

[同じひとつの事件の渦中とも言えるワケで]


 第四事件解決時点では。

 まだ当事者になっていなかった女性陣に関しても。

 完全な第三者。

 目撃者として役を当てはめるのは不適格になる。


「僕が読解師であるコトは、この時点で彼女たちにも伝わっています」


 実際にオカルトを経験し、怪異が起こす事件から助けられた伝奇憑きたちも。

 すでに七人中四人になった。

 過半数を超え、玲瓏館における多数派の地位は入れ替わったのだ。


「なので、少々イレギュラーな対応だとは思いましたが、僕は正直に起こった出来事を語りました」


[ふーむ……]

[専門家の不文律としては]

[〝怪異に出逢った者は怪異に出逢いやすくなる〟]

[そうした予後を避けるため]

[なるべくなら怪異なんていなかった、と]

[物語を終えるのが理想とされているんだけど]


「ええ。玲瓏館の住人は何か怪しい」


 僕もほんとうなら、第一事件と第二事件。

 コハクちゃんとルリちゃん。

 彼女たち二名が、各々の事件をハッキリと「あれはやっぱり、ほんとうに起こっていた出来事だったんだ」などと認識する流れにはしたくなかった。


 しかし、僕が警察に第三事件の後始末(バレーボール部員の保護)を任せたりしているあいだ。


 町では噂が立ち始めていたし、「え、なんで!?」と驚いていたら。

 実はミウちゃんが玲瓏館で、ぜーんぶ喋っちゃっていたのだと分かった。


 曰く、「ハクアさんは本物の霊能者だったんだよ……!」ってね。


 口止めするのを抜かった。

 だから、うん。そこは素直に僕の落ち度だと認めよう。


 ただ、その様子が食料配達などの業者さんに目撃され、内何人かがペチャクチャと積極的に噂を流すような人物だったのは、モラル的にどうなんだという気もした。


 ただでさえ警察沙汰で目立っていたのだ。

 町では余計に胡散臭げな風をまとわりつかせて、街談巷説がいだんこうせつ道聴塗説どうちょうとせつ、いわゆる噂話ってヤツが飛び交うようになってしまった。


 そうなるともう、僕個人の説得力だけでは彼女たちを誤魔化しきれない。


 当事者は当事者であるがゆえに、疑念を持つ。


[いいだろう]

[ハクアの判断は間違いじゃない]

[ここまでの事件にはどれも]

[わたしですら妙だと言わざるを得ない繋がりがある]

[一見は独立した伝奇憑きのように思えるけれど]

[専門家の知識があれば]

[ひとつ目の蛇はともかく]


 その後に続く伝奇憑きは、いずれもベースとなった伝奇同士に関連があった。


 蛇は人魚──濡れ女に。

 濡れ女は牛鬼に。

 牛鬼は山の神で、形代というヒトガタを捧げられ。

 奉仕の糸に縛られた人形が、動いた。


 これは偶然なのだろうか?

 もしくは、必然?


 謎の答えは恐らく、玲瓏館に隠された秘密を暴くコトで明かされる。

 七人の住人は全員ともが、そういう意味で大いなる怪異譚の当事者と言えた。


 僕はそう判断したのだ。


[──もっとも]

[ハクアがそうして本腰を入れたのならば]

[応じて向こう側も、さらに躍起になったのだろうし]

[九条スミノもまた]

[ハクアを追い出そうという想いに]

[より一層、拍車をかけたんじゃないかな?]

[九条ユズキが恋に落ち]

[その心をキミに奪われてしまったと知ったとき]

[双子の姉ともども]

[彼女たちは次なる行動に及んだはず]


 なぜなら。


[九条のメイドは]

に、忠実]

[たしか、そういう話だったもんね?]


「……」


 第四事件の一端を紐解いたことで、師匠は九条家と玲瓏館の関係を怪しいものとして睨み始めた。

 ユズキちゃんを操った蜘蛛の糸。

 傀儡師のように繰り糸を垂らしたのは、果たして玲瓏館そのものだったのか否か。


「はい。僕も同じように考えて、当惑しているジュリアさんから何とか承諾を得ながら、まずは調査することにしました」


[三階の天井]

[九条ユズキを捉えたのは]

[梁部分から伸びていた糸だった]


「しかも、その糸はただ伸びているだけじゃありませんでした」


[ああ]

[切られた途端、カサカサと逃げた]

[ならば玲瓏館の上階には]

[糸を垂らしていた蜘蛛]

[もしくは、それ以外のなにか得体の知れないバケモノの巣]

[闇の巣窟があっても、おかしくはない]

[少なくとも、我々読解師が調査しない選択肢だけはありえないものな]


「ええ。なんですが」


 そこで障害となったのが、ユズキちゃんの双子の姉だ。


[ほう。五番目は九条ユウナか]

[美大に通う女子大生メイド]

[双子ともなれば、片割れの敵討ちとばかりに]

[彼女がハクアの邪魔をしたのかい?]

[その主だった動機は?]


「スミノさんと同じくらい、ユウナちゃんも僕を追い出したいようでしたからね。彼女は玲瓏館を、他所者が無遠慮に踏み荒らすのを歓迎できない様子でした」


 第五事件の伝奇憑き。

 彼女のプロフィールを公開しよう。


 ────────────


【第五事件の伝奇憑き】


-フルネーム:九条優奈

-愛称:ウナウナ、ユウナちゃん

-性別:女性

-年齢:19

-身体:T164 B126(T寄りのScup) W58 H88

-容姿:

 ・髪:亜麻色サイドテールセミロング

 ・眼:伏せ目がちながら柔らかな印象と静かな印象を同居させるタレ目であり、視線が合うと長く逸らさない

 ・肌:発色がよく、妹に劣らぬ鮮やかさと奥行きのあるツヤを持つ

 ・顔:最高級の芸術品を思わせる均整

-属性:[女子美大生][画家][アーティスト][調和美][植物薬学][メイド][物静か][ガーデニング趣味][フラワーアレンジメント][調香師][嗅覚過敏][創作活動][影の支配者][紅茶・茶菓子][秘められた情熱]

-服装:

 ・制服:胸部を補正する特注コルセットのメイド服(上品でクラシカルなタイプ)

 ・私服:白の上品な中袖シャツブラウス+黒のリボンキャミソールワンピース

-好物:バニラシェイク

-苦手:大量消費

-一人称:私

-誕生日:8月1日

-家族構成:姉妹のみ

 ・長姉 九条スミノ

 ・双子妹 九条ユズキ


 ────────────


[お?]

[今度は属性欄が少し情報多量だね]

[妹の九条ユズキとは違って]

[外見、容姿、ビジュアル面での美意識の高さ]

[美容関連への強い関心ではなく]

[どうやら双子といっても]

[九条ユウナの美意識は]

[どちらかというと、アーティスティックな方面に傾いているようだ]


「ユウナちゃんは美大に通う女子大生ですからね」


 あまり詳しくはないけれど。

 一般的なイメージから言って、美大や芸大に入学するのは普通の大学受験よりも難しそうだ。

 倍率も一般大学より高い傾向があると聞くし、限られた才能に狭き門といったフレーズばかり思い浮かぶ。


[玲瓏館三階には、たしかアトリエがあるんだったな]

[では、九条ユウナの才能]

[画家としての腕前は]

[日頃、そのアトリエ内で培われたものなのかな?]

[メイドとして育てられる傍らで]

[彼女は幼少期から、絵筆を握り続けてきた?]


「メイドとして育てられる傍らで、というよりかは、メイドとして育てられる一環で、ですかね」


[む]


「僕にはよく分かりませんけど、ほら、昔は使用人のなかにも良い家柄の人がいて、そうした上級の使用人は上流のなかでも特に上澄みで働いたらしいですから」


 中世だか近世ヨーロッパだかの王宮では、貴族の娘が侍女をやったりしたのと同じような話だろう。

 主従の関係性といえども、主人の生活を密接に助ける役柄を持つ上級使用人には、主人のお目汚しやお耳汚しにならない程度に知的レベル、教養レベルが求められた。


 残酷な話かもしれないが、これは現代でも通じる話。


 たとえばレストランで、ゴミ収集業者が作業着の上からエプロンを着てウェイターをやっていたら、客は誰しも眉を顰めて席を立つだろう。

 職業に貴賎は無い、と言いたくなる世の中ではあるけれど。


 TPOは弁えなければいけない。


 上流社会では、特にそれが日常的で顕著に要求されるんだろうね。

 ユウナちゃんは小さい頃から、美術方面での才能と知識を磨き上げられた。


[なるほど]

[では、玲瓏館という環境で]

[彼女はどんな絵を?]


「美人画ですね。もっぱら、写実主義の」


[──美人画]

[それも、写実主義か]

[となると、現代では写真のよう、と評されるほどの作品かな?]

[パッと見ただけでは、それが絵なのか写真なのか分からない]

[九条ユウナは、そういった絵を描く?]


「ですです」


 僕は軽快に肯定した。

 玲瓏館三階、展望塔隣のアトリエ『彩霧の間』では。

 たったいま師匠が推測した通り、写真と見間違えそうになる絵が複数点飾られている。

 そのどれもが額縁に入れられていて、描かれているのは大半が玲瓏館の七人だ。


「ユウナちゃんは花とか植物も好きみたいなので、彩霧の間には静物画もありますけど、やっぱり一番多いのは美人画ですね」


[およそ〝美しき〟とされるもの]

[そもそもが玲瓏、などという二文字を冠する館のアトリエだ]

[九条ユウナにとって美術とは]

[もしかしなくても]

[館の住人たちを絵筆とキャンバスによって、表現するコトなのかもしれないね]

[審美眼は自ずと鍛えられてきたのだろう]

[センスも磨かれてきたのだろう]


 美大に入学できてしまう。

 メイドとして働きながら、一方でそれほどに画家としての才能を併せ持っている才能の豊かさに。

 師匠は納得を示し──同時に。


[よし。今回は消去法で行こう]


「消去法、ですか?」


[ああ。第五事件の伝奇憑き]

[九条ユウナの心の闇にアタリをつけるにあたって]

[プロフィールから怪しそうなものを残したい]

[だから、まずはカテゴリ分けだ]


 ────────────


 ①:[メイド][紅茶・茶菓子]

 ②:[女子美大生][画家][アーティスト][調和美][創作活動]

 ③:[フラワーアレンジメント][ガーデニング趣味][植物薬学]

 ④:[調香師][嗅覚過敏]

 ⑤:[物静か][影の支配者][秘められた情熱]


 ────────────


 師匠は大きく五つに分けて、属性情報を並べ替えした。


[①は、玲瓏館での立場と、特別優れた職能を表すものだろう]

[②は、①に紐ずく美術・芸術などの教養に関連している]

[③は、そこからさらに準じて、恐らくはサブとなる教養を兼ねた趣味嗜好の類]

[④は、まだ情報不足だから何とも言えないけれど、きっと植物──フラワーフレグランスと関係しているはずだ]

[⑤は、少しおもしろい書き方をしているけれど、彼女の性格や内面だね]


 異彩を放っているのは、明確に⑤だった。

 カテゴリ分けしながら、だから師匠も最後にそれを残したのだろう。


[うん。ハッキリ訊ねようかな]

[──影の支配者って、なに?]


 厨二病? とは、師匠の追い討ちではなく僕の被害妄想である。

 が、なんとなく居心地の悪さは感じた。


「そんな真顔で言わないでくださいよ……」


[えっと……わたしに真顔なんて無いけど?]


「真顔でしたよ。いまのも言い方が完全に……」


 ノートパソコン相手に、何を言っているのか。

 僕も自分がおかしな主張をしているのは分かっていたが、流れ的にどうにもそんな感覚が否めなかった。

 コホン、と咳払いを挟んで。


「それを説明するには、ユウナちゃんが起こした怪異事件について、一通りを触れてからのほうが良いでしょう」


[……そうかい?]

[なら、聞かせてくれ]

[第五事件の伝奇憑き]

[傀儡を操った蜘蛛糸を辿る前に]

[読解師たるキミの前に立ちはだかった怪異とは]

[九条ユウナの、バケモノとしての名前とは?]


「『妖媛画華ヨウエンガカ』」


 精魂吸い写す妖女、毒華香る幽霊画。 


[前半は妖艶、後半は画家とのダブルミーニングかな]

[しかし、だとしても字面からでは推測が難しいな]

[ただ単に色っぽい、セクシーアーティストってワケじゃあるまいし]

[ベースとなった伝奇は?]


「そうですねぇ……【魔女】と【吸血鬼】でしょうか?」


[え?]

[魔女と……吸血鬼?]

[おいおい]

[それはまた、ずいぶん西洋的なビッグネームじゃないか]

[ふむ]

[ふぅむ]

[魔女をアジア風に言い換えれば、妖婦または妖女]

[辞書をひけば]

[妖女とは艶かしく美しい女]

[または、人(特に男)を惑わす魅力を持つ女]

[もしくは単に、魔法使いの女]

[そんなふうに記されているから、まだハクアのネーミングとそう遠くない気もするけれど]


 吸血鬼は完全に離れている。

 妖媛画華ヨウエンガカ

 血を吸う鬼の要素は、たしかに少しもうかがえない。

 というか、吸血鬼からは芸術家要素や植物要素もうかがえない。


[それなのに、なぜ吸血鬼が?]


 師匠は困惑している。

 意表を突けたようで嬉しい。

 なので、僕は意地悪するのをやめた。


「すいません、師匠。言い換えますね? 魔女と吸血鬼は、正確には【山姫】です」


[山姫]


「それと、足りないものがありました。今回は【画霊】も挙げておきます」


[画霊]

[後者を最初に挙げなかったのは]

[魔女と吸血鬼に並べるにしては]

[少々]

[いや、かなり格が見劣りしてしまうからか]


「絵のなかに引き摺り込むとか、逆に絵のなかのモノが現実に飛び出てくるとか、超常現象のレベル的には結構すごい怪異なんですけどね」


 あいにく、サブカル大国クールジャパンのアニメ・マンガカルチャーでは。

 魔女と吸血鬼は大人気のキャラクターになりがちだけど。

 画霊は名前も聞いたコトがないって人が、大半だろう。


妖媛画華ヨウエンガカの性質を、すんなり教えてくれたね]

[九条ユズキの人形神ひんながみと同じで]

[画霊には画家の執念が込められている]

[だから魂が宿って、妖怪化するなんて一節もあるけど]

[有名なのは、古くなってボロボロになった屏風から]

[そこに描かれていた女性が動き出して]

[持ち主に自分を、大切にしてほしい、と訴える逸話だ]

[ハッハー]

[持ち主にとってはビックリ仰天だろうけど]

[憑藻神であるわたしとしては]

[なかなかにシンパシーを覚えてしまう妖怪だね]


「……」


 言外に、大切にしてほしい、と訴えられた気がした。

 ので、師匠のツルツルの筐体側面を少し指の腹で撫でてみる。


[えっと……]

[意図が正しく伝わったのは、嬉しく思うんだけど……]

[ハクア]


「あ、はい」


[キミにとって〝大切にする〟って……]

[そういう行為コトなの……?]


「嬉しくないですか?」


[…………]


 師匠は数秒、黙り込んだ。

 その後、ブルーライトが一瞬明滅する。


[さて]

[つまり、九条ユウナは絵画にまつわる怪異現象を引き起こしたのか]

[そうなると、山姫]

[コイツがどう、絵画系の怪異に結びつくのか?]

[俄然気になって来たところだけども]


 話が元に戻った!

 僕は驚きつつも、筐体から発せられる熱がさっきより高い気がしたので、指の位置をキーボードに戻す。


 僕は大人なのだ。


 そして、師匠はやはり、一度ヒントを得てしまえばスラスラと推理を始める。

 流れる水のように。

 弾ける脳内電気信号のように。

 その思考は古今東西の民間伝承、神話知識などを検索しながら、怪異像の掘り下げを進めていく。


[山姫と聞いて、魔女と吸血鬼が並んでいた理由が分かった]

[山女、山姥、山姫]

[日本には山奥に棲む女性の姿をした妖怪を、そんなふうに呼ぶコトがある]


「一番馴染み深いのは、『三枚のお札』で知られている山姥でしょうね」


[人喰いの鬼婆だろう?]

[山で栗拾いをしていた小僧が]

[夜になって老女に出逢い]

[山中の家で泊めてもらうのだが]


 小僧がふと深夜に目覚めると、老女の正体は小僧を食べようと目論む山姥で。

 包丁を研いで舌なめずりしていた、という昔話。

 小僧は知恵を捻りながら逃げ出して、昼間にお師匠である寺の和尚から渡されていた三枚のお札を使って、山姥から逃走する。


[あらすじは日本人なら、結構な数が知っているだろう]

[それはそれとして、山姫・山女の場合]

[山姥と違って、伝承では若く美しい女の姿をしている]

[伝承はほぼ全国に伝わっていて]

[狼少女などの、いわゆる野生児、野蛮人的な姿]

[葉っぱだとかシダだとかで身を覆っただけの、半裸姿をしている逸話もあれば]

[十二単と緋袴を着た高貴な姫──ただしツノのある異形の姿で現れて]

[人里の人間を婿に取ったり、男を襲って生き血を啜るなど]

[あるいは、毒を浴びせて命を奪ってしまうなどの逸話もある]


「山姫と逢って笑わされた男は、必ず殺されるという伝説もありますね」


[そうだね]

[けれど、ここで肝心なのは]

[山姫の正体がどちらかといえば]

[山や樹木草花の化身]

[精霊的な側面を備えているコトだろう]


 山姫には人間の生き血を啜る伝承がある。

 僕が吸血鬼を挙げた理由は、もはや語るまでもない。


 では、魔女は?


 師匠はその疑問にも、すでに大まかなアタリをつけている様子だった。


[魔女とは]

[現代では西洋的なイメージ]

[ハロウィン、映画やアニメなんかの影響もあって]

[とんがり帽子を被って、黒猫やヒキガエルを連れて]

[空を飛びながら、箒にまたがる姿を連想されがちだけど]

[中世暗黒時代の魔女狩りの歴史を紐解けば]

[当時、民間療法に優れていた女性]

[すなわち、薬草知識に明るかった女性などが]

[迷信から生じた冤罪によって、魔女と決めつけられて処刑されてしまったコトでも有名だ]


 魔女は薬草の知識が豊富で、ベラドンナ、トリカブト、各種ハーブなどを軟膏や煎じ薬などに加工して、治療・健康目的で使用していた。

 そうした歴史がある。


 魔女というより、この場合は「賢い女」と呼び替えたほうが適切だろうけれども。


 魔女の伝説が生まれた背景には、植物知識、薬草学に明るい女性の存在があった。

 これは余談だけど、いわゆる黒魔女がどうして箒にまたがって空を飛ぶのか?

 理由は、サバトなどの儀式の最中、薬物使用により恍惚トランス状態に陥り、性的な刺激を得ながら〝空を飛ぶような〟快感を得ていたからだとも伝わっている。


 淫らで、不品行で、西洋ではだからそうした魔女像が嫌われてしまったんだろう。


[もっとも]

[魔女の元型、アーキタイプに言及するのなら]

[植物や薬草の扱いに秀でる女の元型像は]

[実を言うと、神話にまでさかのぼれる]

[例を挙げると……そうだな]

[ギリシャ神話の冥王妃ペルセポネー]

[この女神は春と植物再生の女神で、同じく豊穣を司る女神デーメーテールの娘とされている]

[冥界の女王になったのは、ハデスに見初められて誘拐されたからだね]


「死の神が春の女神に恋をしたのって、なんだか詩的ですよね」


[そうだね。ギリシャ神話は内容的にはひどいものが多いけれど]

[詩的であり浪漫的であり]

[だからこそ、現代でも最大級の知名度を誇る神話なんだろう]

[そして]

[有名であるというコトは]

[それだけ広く人々の間で受け入れやすく]

[また、親しみやすい〝お話〟だった事実を意味する]

[ペルセポネと同じように春や植物を司る女神は、ギリシャ神話に限らず多い]

[ローマ神話の花の女神フローラ]

[北欧神話の美と豊穣の女神フレイヤ]

[日本ではコノハナサクヤなど]

[さらにさらに神性から格を落として、精霊にまで範囲を広げれば]

[ドライアドと呼ばれる木精のニンフ]

[北ヨーロッパの民間伝承に登場する小妖精エルフなども]


 美しく神秘的な存在であり、且つ、女性として知られている。

 洋の東西を問わず、人々は春や花々、植物の再生性を女性と結びつけてきた証だ。


 子どもを孕み、新しい命を産み落とせる性別には、自然的な象徴が関連づけられて来た。


 転じてそれは、命を癒し、時には救う薬草の智慧。

 賢い女、魔女の能力として受け継がれて来たのだ。

 口承され、伝承されて。


[魔女、妖女]

[山姫、山媛]

[妖媛]


 自分のネーミングセンスを、繰り返すように解明されるのは少しだけ気恥ずかしい。


[姫を媛に変えているのは、ちなみに?]


「最初に師匠が言った通りですよ。妖艶とダブルミーニングにしたかっただけです」


[ほう]

[わたしはてっきり、〝兎に角〟と同様]

[ちょうどいい当て字があったからかと思っていたよ]

[漱石を気取ったのかな? って]


 だって、と師匠は続ける。


[山姫の伝承は、山の神と関係が深すぎるだろう?]

[キミはわたしに]

[九条ユウナと美園ミウとの関係性を]

[暗に仄めかしているのかと思った]


「山姫は山の女神で、山に女性を連れて行くと、嫉妬深い山の女神が事故を起こすって伝承もありますからね」


[否定はしないのか]

[オーケーだ]

[九条ユウナと美園ミウとの関係性については]

[これまであまり、触れられていなかった記憶だけども]

[そこも込みで話が進むものと理解して]

[期待しよう]

[名付けの由来はだいたい分かった]

[怪異としての性質も]

[絵画にまつわる何かだろうと察しがついた]

[山姫と画霊]

[真っ先に思い浮かぶのは]

[色鮮やかな植物などを使った顔料]

[絵の具との関連だけども]

[さすがに憶測だから、そろそろ教えてくれ]


 第五事件の詳細を。

 師匠は要求する。


「……そうですね」


 僕が玲瓏館の上階を調査しようとした際、果たしてどんな怪異がその邪魔をしたのか?

 ユウナちゃんに取り憑いたバケモノが、どんな怪異現象を引き起こしたのか?

 僕を玲瓏館から追い出そうとした彼女たちは、如何なる智慧を練っていたのか?


 目を閉じれば、ああ、いまでも鮮明に目蓋の裏によみがえる。

 頭蓋がグラングラン揺さぶられて、脳みそがミキサーでシェイクされながら、目の前で万華鏡がスパークしているみたいに。


「師匠……」


[ん?]


「僕はユウナちゃんに、まず禁止薬物媚薬を盛られたんです」


[……キミってヤツは、ほんとうに]


 あれ?

 心なしか、師匠はげんなりしているようだ。


 後半に続く。


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