File.10「第四事件:糸垂女郎(後半)」



「ハニートラップを仕掛けられた理由は、印象操作です」


[印象操作?]


「スミノさんは僕を追い出したかった。でも、美園家の娘たちがそれに反対した」


 一計を案じた玲瓏館のメイド長は、妹たちに策を練らせたのだ。

 そうしてユズキちゃんが僕を追い出すために閃いたのが、〝冴木ハクアの評判を貶めるコト〟


「契約上、僕の正式な雇い主はジュリアさんです。なので、ジュリアさんが僕を解雇すると決めれば、僕は玲瓏館から出て行かなくちゃなりません」


[ははぁ。なるほどね?]

[だけど美園ジュリアは、愛する娘たちの意向を重んじ]

[キミを解雇する決断を下さなかった]

[この時点ではまだ]

[キミに惚れていたのは美園家の娘たちだけで]

[正式な雇い主である美園ジュリアは]

[あくまで娘たちの気持ちを慮って、キミの雇用を継続していただけだった]

[そういう理解で良いね?]


「ええ」


[だったら、納得だ]

[九条スミノ──いや、九条ユズキの判断としては]

[玲瓏館に妙な噂を立てかねないインチキ霊能者であるハクアを、どうにか追い出すにあたって]

[障壁となっているのは三人娘]

[彼女たちにキミの悪印象を植え付けられれば]


 僕を追い出すのに反対する意見も減るだろう。

 そういう考えを巡らせたワケだ。


「〝女の子にだらしないサイテーなクズ男だって印象付けられたら、こんなのヨユーって思ったの〟って」


 事件が終わった後、ユズキちゃんは「ごめんね? センパイ」と謝りながら教えてくれた。


[……あまり聞きたくないが]

[どんなハニートラップだったんだい?]

[どんな色仕掛けをされたんだい?]

[え?]

[言ってみろよ、このスケコマシ]


「アタリがキツくないですか?」


 つっけんどんな師匠に「えぇ……?」と戸惑いつつ、僕は簡単に説明する。

 もしかすると師匠は、話が事件から脱線しているように感じているのかもしれないが。

 ユズキちゃんが仕掛けたハニートラップの手段。

 これがまた、彼女の精神性と深く関係した代物だったとしたら、興味は持続するだろうか?


[なに?]


「ハニートラップって聞いて、何を想像したのか分かりませんけど……」


 ユズキちゃんの作戦は、そんないきなり肉体的な接触を利用するような、即物的なやり方じゃあなかった。


 ──ねぇ、ねぇ、センパイ? センパイって、どんなタイプが好き?

 ──……ふーん、そっか。

 ──じゃあ、明日は“それっぽい”メイクしてみよっかにゃ〜ん?

 ──私ね、可愛くなるの得意なんだよ?

 ──そのひとの理想に近づいて、そのひとの好みに合わせて。

 ──センパイが綺麗だな、欲しいなって思っちゃう格好をするし。

 ──香水とか、喋り方とかも。

 ──なんだって、センパイ色に染まりたい。ううん、染めて欲しいの。

 ──ユズキのこと、好きにして? あ、エッチな意味じゃなくてね?


[あざとッ!]

[なんだこの女ッ!]

[ハクア、九条ユズキは悪女だよッ!]

[間違いないッ!]


 思わずスタッカートを効かせてツッコんでしまうくらい、師匠は度肝を抜かれているらしかった。

 無理もない。

 当事者である僕なんか、「この娘ぜったい僕のこと好きじゃん」とまんまと引っかかっていたくらいである。


 ユズキちゃんは実際、日を経るごとに僕の好みを把握していったし、化粧の濃淡も見事に操って。


 異性を魅了する効果的なアプローチを繰り返した。

 具体的には、「えいっえいっ」と肩でぶつかってくるスキンシップを挟んだり(長めのおっぱいがたくさん揺れた)、「センパイ、今日のユズキは何点ですか?」と、自分の可愛らしさや美しさ、魅力の採点をさせようとして上目遣いで覗き込んで来たり(ロケットのようなおっぱいが両腕で挟まれ強調されていた)。


 一番印象的だったのは、目の前でリップを塗り直すところを見せてきて、「センパイ、こっちの色のほうが色っぽいかにゃん?」と訊ねて来たコトだ。キスしたくなった。自制した。


 ただまぁ……


「心配しなくても、僕は最初からユズキちゃんに魅了されていたので、ハニトラを仕掛けられる前と後とで特に何が変わるってワケでも無かったんですけどね」


[うわ]

[それって、九条ユズキだけじゃなくて]

[玲瓏館の全員に対して言ってるだろ]


「もちろんです」


 事件を解決して、僕は彼女たち七人全員から好意を寄せられるコトになったけど。

 そもそも、僕が彼女たちに好意を持っていなければ、七つの事件を解決しようとなんてしない。

 いくら非日常に興味があったってね。

 人間的に好感を持てない相手なら、下心だって長続きはしないものだ。


[同情した]

[九条ユズキに]

[彼女は渾身の色仕掛けを行ったにもかかわらず]

[こんな男が相手だったばかりに]

[労力に見合う対価を得られなかったのか]


「そう言われると、なんだか僕に非があるようで釈然としない気分になってきますけど……まぁ、僕が悪いんでしょうね。そういうコトです」


 ハニートラップが通用しない。

 色仕掛けが功を奏さない。

 冴木ハクアの評判を貶めるのが目的なのに、その目的がいつまでも達成されそうにない。

 当初の作戦が上手くいきそうになければ、人は次にどうするだろう?


[決まっている。次なる作戦を練るんだ]


「その通りです」


 ──セ、センパイって意外と女の子慣れしてる……?

 ──なんか……ショック、かも……


 勘違いのもとにハニトラを諦めた彼女は、違う方法で僕を罠にかけようとした。

 その方法とは、ズバリ。


「〝架空の盗難事件を起こして、冤罪を着せるコト〟」


[架空の盗難事件]

[冤罪?]

[あー、あれか]

[玲瓏館三階、展望塔とアトリエに隣接していた鑑賞ルーム]

[そこでは絵画や彫像などの美術品や、文化的に価値を持つ骨董品]

[極めて高価な着物なんかも展示されていた]

[ふむふむ]

[九条ユズキはキミを案内した張本人]

[ハクアに動機を持たせられる唯一の人間でもある]


「ですね」


 ユズキちゃんの作戦第二弾は、師匠が察した通り。

 玲瓏館にあった貴重品を、僕が盗んだコトにしようというものだった。


「さすがに泥棒となれば、たとえ未遂だろうとも一発で解雇です。ジュリアさんも有無を言わさず僕を玲瓏館から追い出すでしょう。ですが」


[ですが?]


「ユズキちゃんの目論見は、初っ端から挫かれたんです。不可解な事件によって」


[怪異のおでましか]


「はい。はじめはルリちゃんでした」


 ──夜中にキコキコ、変な物音を聞いたわ。

 ──それと……下着が……無いの。

 ──ルリ姉も!? アタシもだよ!?

 ──お気に入りの勝負下着だったのに!

 ──えっと……そういう話なら……私も、かな……

 ──てっきり、クローゼットのどこかに落としちゃったのかな……って思ってたけど……


[下着……?]

[美園家の三人娘]

[全員の下着が無くなった?]

[まさかハクア!]


「んなワケないでしょう」


 夜中にキコキコ、変な物音がした。

 最初の証言をスルーして、冤罪だけ被せようとしないで欲しい。


[ふふふ]

[分かっている。冗談さ]

[しかし、どういうコトだい?]

[わたしはてっきり]

[例の鑑賞ルームにある貴重品が盗まれると思っていたんだが]

[九条ユズキは、あれか?]

[ハクアの評判をより貶めようとして、泥棒のなかでもとりわけカスな下着泥棒の汚名を?]


「いいえ? ユズキちゃんの計画は、師匠の推理通りです」


[では、それがどうして下着に変わってしまったんだろう?]


「その謎こそが、ユズキちゃんが伝奇憑きになった原因でもあります。ちなみに、下着を盗まれたのは三人だけじゃなくて、ユズキちゃんを含めた七人全員ともでした」


[ほう?]

[計画者すらも被害者に?]

[それはまた]


「不可解で、事件を複雑にしますよね。盗まれたものも、下着だけじゃなくてネックレスや指輪、宝飾品類も含みます」


[共通点はどちらも]

[肌に直接身につけるもの、か]

[宝飾品は貴重品だが]


 鑑賞ルームにある貴重品と比べて、それらを同時に盗もうとなると。

 場所もそれぞれの私室から。

 複数箇所に侵入する必要があって、とても容易い犯行とは言えない。


 それこそ、玲瓏館の何処にでも行き来しておかしくない人物でもなければ。


 夜中に、所詮は一時的な住み込み働きの男に過ぎない僕が、異性の私室に忍び込むなど。

 無理がある筋書きだった。

 ユズキちゃんもそれは分かっている。

 だからそれは、彼女の思い描いた計画には無くて。


[九条ユズキが、関知していない犯行だった]


 すなわち、化け物がしでかした犯行だった。


「──欠けていたピースを、埋めましょう。玲瓏館の三階、鑑賞ルームには」


 様々な芸術品、骨董品の類が展示され保管されていた。

 絵画、彫刻、壷、日本刀などなど。

 伝統的で文化的な貴重品のラインナップ。

 中には、上等な反物たんものを使って仕立てられた、艶やかな着物なども飾られていて。


「最初に見たときは、〝うわぁお金持ちの家って、ほんとうにこういう部屋があるんだ〟って思ったものですけど」


[ものですけど?]


「聞けば、鑑賞ルームにあった貴重品は、どれもこれも美園家が自分から買い集めたってワケじゃないらしくて」


[ふむ?]

[それは、当代の美園家が、って意味だけではなく?]

[歴代の美園家]

[つまり、先祖代々に共通する話なのかな?]


「そうです。あの部屋に置かれていた貴重品は、すべて歴代の美園家が上流社会特有の縁故コネクションから譲り受けた品だそうで」


 売れば一財産、容易に築けてしまいそうなくらいの宝の山であるにもかかわらず。

 そのすべてが贈り物。

 美園家、九条家。

 玲瓏館に暮らす代々の美女たちに贈られたプレゼントなのだそうだ。


 だから。


「なかにはとんでもない逸品。余人が一目見ただけで、ハッキリと理解できる品もありました」


[……つまり、それが七体の美女人形]


「ええ。然る好事家から贈られたらしいそれらは、現代風に分かりやすく言ってしまえば、最高級のラブドールにも劣らない芸術品で」


 当代の美女たち。

 七人の容貌と極めて類似していた。

 本物そっくりと言っても過言ではない。

 贈り主である好事家が、どんな想いでそれらを制作したのか。

 男が女に、宝石や花などを贈るのと本質は同じだ。


[〝あなたは美しい〟]

[〝わたしは恋をした〟]

[〝わたしの目には、これだけあなたが美しく見えている〟]

[〝いいや〟]

[〝実物はわたしなんかの手では、まったく届かないほど──〟]

[なんてね]

[有史以来、芸術家肌の男というのは大抵がそうだ]


「残念ながら、そんな彼の想いは届かなかったようで」


 製作者は病で死亡。

 七体の人形も、その死後に贈られたらしい。


「本人たちにとてもそっくりなので、服を着せて不自然な部分を隠してしまえば、あれはほんとうに人間と見紛う一級品です。それこそ」


 ドールメイク。

 化粧、ドレスアップなどもしてあげれば。


[! なるほど]

[人形愛好家である九条ユズキには]

[きっと、さぞかし愛着の湧く品だっただろうね]

[いまの言い草]

[飾られていた着物というのは]

[その人形たちに着せられる形で飾ってあったんだろう?]


「ユズキちゃんの趣味でしょうね」


[趣味か]

[実に少女らしい、と言えなくもない延長線上だが]

[和装をチョイスするのは]

[無意識下でのコンプレックスが垣間見えるな]


 師匠は実物を見たワケでもないのに、まるで見透かしたように事実を言い当てる。

 七体の美女人形。

 それらはどれも、花魁おいらんのような出立ちで飾られているのだ。

 髪型など、現代風にところどころアレンジされている部分はあったものの。


 上臈ではなく、女郎の装いで。


[しかし、彼女はどうして]

[そこまで人形が好きなんだろう?]

[ハクアのことだ]

[もちろん、九条ユズキのプロファイリングをするにあたって]

[これまで同様、嬉々としてプライバシーは侵害しているはず]


「語弊」


 とんでもない言い方だったが、事実その通りなので小さく抗議するに留める。

 師匠は僕の読解師としての師匠なのに、時々わざと僕を悪し様にからかうのだ。

 今夜は頻度が多い気もするけど。


「紫苑の間。ユズキちゃんの私室の名前ですが、玲瓏館二階、北西の角部屋であるそこに答えはありました」


[日記かな?]

[たしか美園ルリも、イマドキの女子高生にしては珍しく日記を書いていたはずだ]


「残念。ユズキちゃんの場合は、そこまで分かりやすい手がかりはありませんでした」


 心の内をぶち撒けた証拠品なんかはなくて。

 九条家の家紋──「九重菫ここのえすみれ」が彫られた扉を開けると、そこには淡い薄紫の壁紙の空間。


 掃除が行き届き、よく磨き上げられた暗い木材の床が照明を反射して。


 部屋の中で一番目立っていたのは、アンティーク風の三面鏡ドレッサー。

 壁側には、まるでお店のような香水棚が置かれ。

 RPGのポーションショップのように、杏・百合・沈丁花・紫紺の菫・薄氷・緋梅・無香といったラベルが貼られた瓶があり。

 ベッドは四柱式の細いカーテン付き、純白のレース。

 天井は他の部屋よりも少し高く、神棚みたいな位置にウォールシェルフがたくさんある。


[神棚みたいな、ウォールシェルフねぇ]


「そこには、洋の東西を問わず種々様々な人形が並べられていました」


 大きさは普通の、ありきたりなサイズ。

 鑑賞ルームに置かれた七体の等身大美女人形ほど、大きいものはひとつも無かった。

 だが、いずれも凝った装飾が施されていて。


「日本風の人形だったら、白拍子しろびょうしとか。西洋風だったら、ゴスロリとか」


 僕自身が詳しくないのでハッキリとは言えないが、とにかく単なる既製品とは思えない。

 異常に凝った、オーダーメイドと思われる人形しか無かった。

 ドレッサーには布の切れ端のようなものも置かれていたし、もしかするとユズキちゃんが自身の手で作成した衣装を着せられているのかもしれない。


 ある意味、それは偏執的なまでのこだわりだった。


「そのとき、はたと気づいたんです」


[何に?]


「思えば、ユズキちゃんのあざとい系のメイク──目元の涙袋を強調するようなメイクも」


 世の女子たちは、一部界隈でドールメイクと呼んでいる。

 お人形のような顔立ちに近づけるための化粧。

 大きな瞳、陶器のような肌、丸みのある輪郭。

 そしてどこか、幼い印象を残しつつも小悪魔的なそれは。


「人形に対する異様な憧れ──同化願望の露われだったんじゃないかと」


[憧れ]

[同化願望、か]

[しかし、それはやはりどうしてなんだ?]

[どうして、九条ユズキは人形になりたがって?]


 核心的なピースが、なおも足りないからだろう。

 師匠は疑問符を連続させる。

 僕は告げた。


「師匠。ユズキちゃんが美園家に対して、コンプレックスを抱いているのはさっきも言いましたよね?」


[ん? うん]


「なら、違和感を覚えませんか?」


[違和感……?]


「僕はさっき、七体の美女人形すべてが花魁のような出立ちだったと、肯定しました」


[七体──]

[四体ではなくか!]


「そうです! ユズキちゃんのコンプレックスは、美園家だけに向けられたものじゃなくて──」


 身内である九条家。

 九条スミノ。

 九条ユウナ。

 ふたりにも向けられていた。


 ユズキちゃんの認識では、同じ立場であるはずの姉たちでさえ、女郎ではなく上臈だったのだ。


「九条家は代々、美園家に仕えることを生業としてきた家系のようです。スミノさんもユウナちゃんも、もちろんユズキちゃんも、彼女たちは物心つく前から従者としての在り方を教育されてきた」


 優秀なメイドとして。

 美園家によく仕えて、よく働く。

 奉仕こそが美徳であり。

 私心よりも忠誠心。

 主人の家のために物を考えるのが、何よりの優先事項。


「時代錯誤な価値観ではありますけれど、歴史の長い家では古い価値観が現代でも受け継がれています」


[九条家もまた、そのひとつか]

[では、そんな家系で生まれ育ち]

[古き価値観を埋め込まれた九条ユズキは]

[自分のなかの現代的な価値観との軋轢あつれき

乖離かいりに]

[人知れず、悩みを抱えていた?]


「だと思います。第一印象を語りますね?」


 玲瓏館メイド長、九条スミノは。

 一言でいえば、完璧なオートマータだ。

 メイドとして完成していて、創作物によく出てくる自動人形……奉仕人形と言われたところで疑問は持てない。

 それくらい日頃から感情をうかがわせないし、機械的なまでに仕事を完璧にこなしている。

 まるで最初から、彼女は完璧なメイドとして生まれて来たかのように。


 双子の姉メイド、九条ユウナは。

 ユズキちゃんに比べると、イマドキ感は少ない。

 彼女は美大に通ってもいて、芸術や紅茶に造詣が深く、ガーデニングにも明るいから。

 上流が好みそうな、如何にもな教養と価値を備えている。

 スミノさんほど人形然とはしていないが、生まれた環境に相応しい在り方という点では、ユズキちゃんより適応度が高い。


[一方で、九条ユズキは]

[メイドとしての職能が劣っているワケではないものの]

[姉たちのような天稟てんぴん──本物と比較すると]

[自分が偽物であるかのような居心地の悪さ]

[卑俗で、下品な素質を]

[恥じているのか、それとも単に差異を感じているだけなのか]

[ともあれ]


「コンプレックスを抱いていた」


 異性にモテることを意識したファッションやメイクも。

 旧態依然とした価値観からすれば、はしたないと言い換えられるだろう。

 僕はそう思わないが、ユズキちゃんのなかではそうした嗜好を持つ自分が、〝下品〟な女の子だというイメージがあったのかもしれない。


 下賎な使用人のなかにも格というものがあって、品格や礼節、それらを教養とマナーとともに身に修めた者こそが〝上〟の証だった。


 玲瓏館に暮らす七人の美女。


 枠組みをそこに限定すれば、ユズキちゃんはおそらく自分が最も価値が低い人間だと考えていた。


 価値が低くて、劣っているもの。


 実際、僕の目から見ても彼女たちの育ちの良さは顕著に映る。


[しかしながら]

[人間の自我形成というのは]

[十代の後半にはほとんど出来上がっている]

[美園コハクと同じだ]

[九条ユズキにはいまさら、姉たちのようになれる自信が無かった]

[人形への愛着]

[やや偏執的なまでのドールメイク嗜好は]


「きっと、憧れからくる自己憐憫。慰めも兼ねた代償行為だったんでしょうね」


 ユズキちゃんにとって、だから美女人形は重大な価値を持った。

 価値が低くて、劣っていて、一番醜いはずの自分であっても。

 誰かの目にはこれくらい、美しいものなんだと心が慰められた。


 慰められたし、他の自分以外の人形を好きにお世話するコトで、沈黙すべき欲求も叶えられた。


[代償行為による自己投影と依存]

[複雑に複合した感情の集積]

[コンプレックスの象徴とも言うべき傀儡くぐつ

[──バケモノはそこに、繰り糸を垂らした]


 さながら、傀儡師のように。

 西洋風にいえば、人形使い。

 パペッティアのように。

 もしくは、器用に糸を張り巡らせる蜘蛛のように。


「……ユズキちゃんは聞いたそうです」


 計画にない盗難事件。

 何が起こっているのかと焦った彼女は、困惑しながらも盗品の捜索を開始した。

 すると、それらはどういうワケなのか。


 普段は人形を気味悪がって、ユズキちゃん以外は誰も近づかない三階の鑑賞ルーム。


 七体の美女人形が、それぞれ本物の持ち物を身につけ待ち構えていたのだ。

 桜色、白黒、水色、真紅、薄紫、淡翠、蒼銀。

 高級ランジェリーと高価なジュエリー。


 美しさとエロティシズム。


 並べて展示すれば、まるでショーウィンドウに飾られた高級娼婦のように。

 これは余談だけど、世間にはダッチワイフの風俗店などもあるという。


「動揺したユズキちゃんは、呆然と立ち尽くして」


[……]


「声ならぬ声を、聞いたと言います」


 ──人形になりたいんでしょう?

 ──あの男をここから、追い出したいんでしょう?

 ──叶えてあげる。

 ──あなたの理想をずっと受け止めてきた。

 ──完璧な私が、そうではないあなたの代わりに。

 ──


[抜かったな、バケモノめ]

[よっぽどハクアが、邪魔だったんだろうけれど]

[九条ユズキのガワを被るにあたって]

[取り憑く宿主の動揺を、強引に作りすぎだ]

[わたしたちは、そういうモノじゃない]

[気づいたらそこにいて]

[表裏一体という在り方なんだ]

[これじゃあ、九条ユズキは〝他〟を意識してしまう]


 自分のなかの怪異を、自己とは違うナニカだと意識してしまう。

 師匠はチープなやり口だ、と評した。

 僕は意外だった。


 アニメやマンガじゃ、もうひとりの僕って展開はよくある。


 自分と同じ声で、自分の本心を言い当てられたら。

 それは自分の深層心理で、自分となんら変わらない存在だと、認識してしまってもおかしくないと思うが。


[美学の問題だね]

[あるいは、美意識と言い換えてもいいけれど]

[それで?]

[成り代わられた九条ユズキは]

[その後どうなったんだい?]


 肩を竦めたような流し方だったので、僕も続きを語る。


「ユズキちゃんは気がつくと、自分が人形のように身動きできないコトに気がついたそうです。そして、ついちょっと前まで自分の人形が飾られていた場所に、自分が固定されているような感覚もあったようで」


 下着姿の人形と同化。

 必死に状況を確認しようとすると、自分を含めた七体の美女人形には天井の梁から糸が繋がっていた。

 糸は六体の美女人形を動かし、ユズキちゃんを羽交締めに。

 間違っても、ユズキちゃんが鑑賞ルームから出られないように拘束していたのだ。


[天井から垂れた糸、か]

[まるで玲瓏館そのものが、操り主──パペッティアだとでも言わんばかりだ]

[成り変わった九条ユズキ人形は?]


「〝これからは私があなたの代わりに完璧なあなたを演じていく〟──そう言い残して、どういうワケか本物の人間みたいな自然さで部屋を出たそうですよ」


[言の葉を手繰るまでに化けたか]

[にしても喋りすぎだが]

[んで?]

[部屋を出た人形が、そのまま九条ユズキとして今も振る舞い続けているワケじゃないだろう?]

[ハクア]

[キミはどうやって、それが人形だと気づいた?]


「あー……ちょっと言いにくいんですけど」


 人形(怪異)の目的は、冴木ハクアの排除だった。

 あれは最初、ユズキちゃんのフリをして僕に近づき、一階の食堂から盗んだ包丁で刺し殺そうと企んでいた。


 けれど。


[けれど?]


「師匠……僕ら読解師は、対象の観察力に優れている必要がありますよね?」


[は?]

[何を今さら……]

[そんなのは当然だろう?]


「じゃあ、是非とも誤解なくご理解いただきたいところなんですけど……」


[なんだ]

[やけに口滑りが悪くなったな]

[遠慮しないで言ってみたまえ]

[大丈夫]

[わたしとハクアの仲だ]


「……分かりました。信じます。つまりですね? 僕が言いたいのは、サイズが違ったってコトなんですよ」


[サイズが違った?]


「ユズキちゃんとユウナちゃん。ふたりは双子ですから、きっと制作者は細部に至るまで同じサイズで調整したんでしょうけれど」


 ────────────


 九条優奈ユウナ|双子姉|19歳|玲瓏館の女子美大生メイド

  T164 B126(T寄りのScup) W58 H88

 九条柚姫ユズキ|双子妹|19歳|玲瓏館の女子短大生メイド

  T164 B124(S寄りのRcup) W58 H88


 ────────────


 最初に提示した七人の簡易プロフィール。

 そこに記した各スリーサイズの通り。

 双子であっても、ふたりのサイズは一部違った。


「下着が紛失したって話の流れで、ほら、僕もユズキちゃんとは別に捜査を進めていたんです」


 玲瓏館で唯一の男。

 順当に行けば疑われるのは僕で、いくら論理立てて否定したところで、女性は感情論で決めつけて語るところがある。

 ミウちゃん、ルリちゃん、コハクちゃんの三人は満更でもなさそうな顔だったが、ジュリアさんやスミノさん、ユウナちゃんは疑念の混じった眼差しだった。


「なので、最初にも言いましたけど……七人のスリーサイズを聞き込みして、もし下着が見つかったら、きちんとそれぞれ持ち主のもとに返してあげようと考えていたんです」


[嘘だろ?]

[まさかあの発言が]

[ここで伏線回収されるのか!]

[このセクハラ読解師!]


「うっ!」


 ぐうの音も出ない責苦だった。

 けれど反論はできない。

 実際、真面目ぶって聞き込みをする傍ら、僕のオス部分は歓喜していたからだ。

 情報だけで興奮した。大変申し訳ございません。


「で、ですけど! そのおかげで、気づいたんですよ!」


[は?]

[まさか、バストのサイズに?]

[怖いよ]

[肉眼による目視で、たった2センチ程度の差異を見て取るとか]

[怖いよ……]


 ドン引きされてしまった。

 し、しかし、その後に包丁で刺されそうになったコトを思えば、いろいろ帳消しじゃないかな?

 正確なスリーサイズを把握していたコトで。

 ほんの些細な違和感に、「気のせいかな?」とならずに。

 きちんと、「こいつは偽物だ」と断言できたとしたら。


 功罪だと思う。自分で言うのも何だけども。


[功罪なのは……認めるけどさぁ]

[まぁいいや]

[じゃあ、それで?]

[九条ユズキ人形が偽物だと分かった上で]

[キミはどう、襲いかかる白刃を躱したんだい?]


「躱す? 何を言ってるんですか? 師匠」


[え?]


「僕はこれでも、武道に嗜みのある男ですよ」


 玲瓏館に下着泥棒ないし正体不明の怪異がいると仮定して。

 何の対策もせぬまま、のこのこ屋敷内を歩いたりしない。

 なにせ、四番目の事件は明らかに物質的な被害が発生していたのだ。


 包丁を持った人形が出てきた時点で、物理攻撃が通用すると確信した。


「相手は歳下の女の子を模した人形です。そりゃ不意打ちだったらヤバかったですけど、あれはご丁寧にハニートラップまでなぞろうとしましたからね」


[九条ユズキ]

[本物が成し得なかった作戦を]

[完璧である自分なら成し得る]

[そう驕ったのか]


「驕ったというより、それもまたユズキちゃんの深層心理の反映だったのかもしれませんけれど」


 〝美園家や姉たちのような自分だったら、ハニートラップも成功したはず〟


 そんな想いが彼女にあったかは分からないが。

 どうあれ、僕は欠点のあるユズキちゃんのほうが好ましく思う。

 ミロのヴィーナスと同じ理屈かな。

 不完全だからこそ、美しい。

 ギリシア神話では、ピグマリオン王という彫刻家の王が、自身にとっての〝完璧で究極な理想の少女像〟を彫って、ガラテアという女性を誕生させた逸話があるけれど。


 やはり僕は、闇のある女性が好きだ。


 陰影のある女性が好きだ。


「ちなみに、言い忘れていましたが、僕が襲われたのは鑑賞ルームです」


[なに〜?]

[わざわざ戻った?]

[ハクアを誘き出して、九条ユズキ本人の目の前で]

[自分が成功する瞬間を、見せつけようとした……?]

[悪趣味な]

[屈折している]

[九条ユズキはよほど、抑圧された承認欲求の持ち主なんだろうね]


「かもですね」


 とはいえ、そのおかげで僕は武器を手にした。


[武器を手にした?]

[今しがた、あらかじめ対策をしていたと言っていたじゃないか]

[どういうコトだい?]


「すいません。事前に十徳ナイフを準備していたんですけど、いざその時が来たら、十徳ナイフよりも断然いいモノが見つかってしまって」


 鑑賞ルームに飾られていた日本刀。

 美術品として寄贈されていたそれを、咄嗟に手に取った。


[……十徳ナイフに比べれば、そりゃ遥かにマシだね]


「まぁ、持ってみたら模造刀で刃は潰されてたんですけど」


 模造刀でも振りようによっては、糸くらい斬れる。

 紙ですら時には肉を裂くんだから、偽物には偽物で充分だった。

 剣道の小手打ちで包丁を弾き飛ばし、返す刃で人形の頭上にあった繰り糸を裁断。


 僕が特別、優れた腕前の武人だから出来たって話じゃない。


 単純に、今回の事件では人間の世界のルールが通用しやすかっただけ。

 糸を切られた人形は、元の器物に戻って崩れ落ち。

 糸だけがカサカサと、虫みたいに天井の闇のほうへ逃げていった。


「ユズキちゃんも拘束から解放されて、僕は彼女を保護しました」


[事件落着だな]

[では、聞こう]

[上臈に焦がれた女郎の物語に]

[ハクア]

[キミはどんな新解釈を?]


 質問には少し、気恥ずかしさを覚えながら答えた。

 この世界では、化け物を撃退すれば万事解決! といったハッピーエンドは訪れない。

 怪異に取り憑かれた人間の心の闇と向かい合い。

 その闇にほんの一筋でも光を与えなければ、バケモノは何度でも忍び寄る。


 怪しくて異なるモノ。


 人が人知れず、妖怪変化。


 だから、


「師匠。知ってますか? 日本の伝統芸能、能では」


 女神や花鳥の精を演じる際に、神秘的な衣装が用意される。


[ふむ?]

[能に限らずとも、舞台演劇全般に言える話だね]

[特別な役には、一目でそうと分かる衣装が必要だ]


 そう。

 だから、僕はユズキちゃんに言ったのだ。


 断ち切られた糸が頭に絡みついて、くずおれた人形たちに下敷きにされていた彼女。


 僕は人形たちをどかしてあげて、丁寧にユズキちゃんを助け起こして。

 呆然とする彼女を座らせたまま、その糸を取って上げつつ、やっぱり蜘蛛の糸なのか妙に粘つくそれに難儀したので。


「〝参ったね。ユズキちゃんにはどうせなら、糸垂いとたれのほうが似合うだろうに〟と」


 言った。


[……糸垂いとたれ

[能において、女神や花鳥の精が被る冠の装飾品だったか]

[フン……]

[それはまた、いつになく賭けに出たんだね? ハクア]

[相手が日本文学を勉強している大学生だからって]

[知識が無ければ、通じない決め台詞だ]

[そして毎回毎回、どうもキザすぎる]

[読解師で食っていけなくなったら、キミは俳優かホストにでもなればいい]


「うるさいですよ」


 相手は無機物だというのに、僕は恥ずかしくなってうなじが赤くなるのを居心地悪く思った。


「結果として、通じたんだから問題はありません」


 ユズキちゃんはきちんと、僕の言葉を理解してくれた。

 だから、四番目の事件はこれで終わったのだ。


[自身を上臈ではなく、女郎と認識していた九条ユズキ]

[そんな彼女に、よりにもよって女神や花鳥の精?]

[お互いの教養レベル]

[似通った学問への知識があればこそ]

[それは深い意味を持つ]

[ハクア。やっぱりキミ、九条ユズキがことさらにタイプなんだろう]

[今回に関しては、口説いていないなんて言い逃れ]

[難しいと思うよ?]


「ご解釈はご自由に」


 否定はしない。

 けど、他にどんな解決手段があったっていうんだろう?


[読解師め]


 師匠は短く、[一本取られたか]といじける。


 ……いや。


 ここは敢えて、僕が師匠から〝一本巻き上げた〟と言うべきなのかな?


 操り人形の繰り糸を、巻き上げて仕舞い込むみたいに。



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