第4話

「ううう……」


 おでこに濡れタオルを乗っけられて寝返りが打てない……。


「やっぱりイースターは不吉だあ……」


 溜め息交じりにそう呟いた。束ねた銀髪が鬱陶しくて、タオルも気にせず寝返りを打つ。フロウは夜の部のお祭りに行ってて(なるべく早く帰って来るって言ってたけれど)、あたしは教会に一人である。


 ……なんか、な。

 いままでずっとフロウがいて、トーニオ神父がいて。

 一人きりなんて思ったことが無かったからなのか、切なくなっちゃうよ。悲しくなっちゃうよ。

 泣きたく……なっちゃうよ。こんな所に一人ぼっちは。


「むー!」


 あたしはぎゅぅっと布団に抱き着く。

 全然悲しくなんて、寂しくなんて、怖くなんてないし!

 大丈夫だもん!


(やっぱ大丈夫じゃ……ないのかなあ)


 フロウに昔から言われてきたことを思い出した。

 『深呼吸して生きろよ』。

 自分に嘘ついてゴテゴテに凝り固まったままで生きてるのは息苦しいだけだからって。めいっぱい深呼吸できるように、嘘なんか吐かなくたっていいように。


(ゴマカシも嘘の入るのかしら……)


 うんっと百八十度寝返りを打った。

 ちょっと調子出てきたかな? お祭りもちょっとぐらい、顔を出せるかな?

 起き上がってスリッパを履き、服を着替える。


『ほーうほうほうほうっ、中々に良い身体してんじゃん天国の裏切り者がようっ』


 ……はい?

 あたしは宙に目をやった。


『よ、今晩は』

「コンバンワ……」


 真っ黒なマントに身を包んで、蝙蝠ばりの真っ黒な羽を生やしている。

 見るからに『悪魔』って感じなんだけれど……。


「悪魔……?」

『そのとーり』


 …………。

 たっぷりの間があって。

 あたしは――絶叫。


「いっやあ――――!」

『おいおいなんだよいきなりでっかい声出してっ」

「何だはこっちのセリフよ、天使の次は悪魔に狙われるのあたしっ!?」

『おーい』

「なんでこんな厄介ごとばっかり起きんのよ、しかもフロウがいないときにぃぃ!」

『待て待て待てー! 俺は一言だってお前を狙って来たなんて言ってねえ!』

「へ?」


 大混乱なあたしに悪魔のにーちゃんは慌てて否定した。


『ったく、勝手に大混乱になってんじゃねーよ! 俺の名前はアマネセル、元天使だ。お前に協力してやろーかって来たんだよっ』

「協力って……?」

『天国は俺たちにとってもいけ好かねー場所だ、天に仇なすものは俺達にも都合がいい。ま、敵の敵は味方ってことだ、どだ? 悪い話じゃねーはずだぜ?』

「そ……それはそーかもしんないけれど……」


 そんなことあたし一人で決められるかってーの。


『な? 良いだろ、そっちだって追われなくて済むかもしんねーし自由に生きて行けるかもしれねー道が開けるじゃねーの』


 追われなくて済む? フロウと一緒に生きて行ける?

 それって……それって!


「良いわ、協力してあげる。だからあんたも約束守りなさいよ」

『おっけー! んじゃ、契約行くぜ!』


「――――――――ッ!?」


『ぷはっ』


 な……な、な!

 ドゴッとあたしはアマネセルを殴る。


「何したのよ今ー!? なんでっなんでキスなんてされなきゃならないのよっ!?」

『いってー! てめえそれでも女かあ!?』

「女の子だからどついたんでしょ!? いきなり、いきなの人の唇奪っておいてっ!」

『契約だって言ったじゃねーか! まあ良い、それで俺は呼ばれればどこにでも現れるっ! そんじゃな!』


 怒って消えるアマネセルを見送って、あたしはしゃがみ込んでいた。

 あんなのが、あんなのが契約だなんて知ってたらっ……!

 フロウに見られてないだけ良かったけれど、合わせる顔がない。


 がたんっ


「へっ」


 そーっと振り返ってドアを見る。

 フロウが立っていた。


「ルイーサ……」

「み……見てた?」

「見てた」


 やだ……もお無理かも……。


「ち、違うっ! 断じてあたしは何もしてない!」

「目の前で契約しやがって何もしてないも何もあるかっつーの」

「だ、だって……ほんとにあんなのが契約だなんて知らなかったんだもんっ」


 怒ってる怒ってる怒ってる! どうしよう、こうしてなんでもなかったように装ってる時がフロウは一番怖いのよっ。これと言うのも全部アマネセルの所為なんだから!

 ……違うかな。

 アサハカで考えも無かったあたしの自業自得なのかも。

 でもあたしはそんな事認めるほど素直じゃないのだ。

 だって……なんか情けなくてかっこ悪くて。

 そんな自分と真っ向から向き合うのが何だか癪で。

 ……なんでもっと素直になれないんだろ。


「ったく……勝手な事しやがって。悪魔との契約なんてマジモノの反逆者だからな」


 へ?

 じゃあ何か?

 気にしてるのはあくまで契約の事でキスしてたことじゃないの?

 あ、なんかムカついて来た。

 つまるところはキスじゃなくて契約ってところが思いっきりむかつくじゃないのよ!


「フロウの~~……」

「へ?」

「ばかぁっ!」


 ドムッ!


「げふっ……」


 あたしはクッションを高速で投げつけた。


「なにすんだこの馬鹿娘!」

「馬鹿はあんたでしょーが! なんだっつーのよ良い!? あたしはねえ、あたしはっ……」


 止まらくなってると自覚しながらもあたしはチャンスとばかりに言葉を続けた。いつになるか分かんないぐらいならここで言ってやるわよ。


「あたしが好きなのはフロ」

「…………」


 ……あたしは泣いていた。

 いつの間にか流れていた涙が、止まらなかった。

 夢、見てたのかな?

 やっばあたしも……好きって言ってもらえること期待してた。

 だから、

 言いかけた言葉を口ごと手でふさがれたことに対して『悲しみ』と言う感情を押し殺すなんて器用な事は出来なかった。


「……らぃ」


 手を離されて自分の口から、言葉が零れる。


「フロウなんか嫌い……大っ嫌いだよ!」


 あたしは上着を着てばさばさな髪のまま、街の裏を歩いていた。


「何よぉ……」


 何で誰もいないのよお。

 祭の所為でガラガラな街。

 あたしの心と同じだよ。

 何でなの?

 なんでこんないつも上手く行かないの?

 もっと上手くやれたはずなのに。

 もう一回初めからやり直したい。全部消去しちゃいたい。

 あたしの気持ち、全部全部。

 全部流しちゃって、こんな思いする前に戻っちゃいたい。


「大嫌いっ……」


 大嫌い大嫌い。

 誰より自分が大嫌いだよ。

 なんでこんなに不器用なの?

 なんでもっと上手く出来ないの?

 なんてせ涙ばっかり流してるのよ……あたし。

 夢なんてこの世に存在しない。

 確実な事なんて何もない。

 あるのはただの絶望ばっかりだ――……。


「本当に、戻られる気はないのでしょうか」

「!?」


 ルシファー……。


「何故? あなたたちが戻る事を望んでいるのは聖母でしょ? あたしじやない」

「いいえあなたですとも。記憶は失われていてもその魂魄に変わりなどない」


 ……え?

 何を、言っているのよ。

 あたしはマグダラのマリアでしょう?

 だってそう……フロウが……。


「あたしは売春婦だろう? 聖母じゃない」

「? いいえ、あなたこそが聖母です」

『そーだぜぇ? 何言ってんだお前』

「あ、アマネセル? 別に呼んでないわよあたし」

『つめてーなあ。って言うか何勘違いしてんだ、聖母』


 何よそれ。

 だってフロウがあたしのこと。

 フロウがあたしに嘘を吐くわけが。

 フロウが……。


「ルイーサ、何やってる!? そんな恰好で『街』に出るなんてッ」


 あたしは結局……道の真ん中でフロウに掴まった。

 あたしはどんな間抜けな顔をしていただろう?

 頭の中から溢れ出した疑問符に埋もれて、どんな顔をしていただろう……?

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