第十八話……無能だった女どもが才能を発揮しているんだが……

 ギルドに戻ると、イシスはコミュと面談中のママの所に向かった。コミュと同様に、イシスを指定重要機密スキル保持者に認定してもらうためだ。

 『対象の近い将来を見通すことができる』は『重要』カテゴリだが、イシスはある程度の情報があれば、一年先でも見通すことができるそうで、その情報さえも、少し時間をかければ、洞窟のマップのように自力で得ることができる。これは、政治面でも有効であるため、『最重要』カテゴリに分類されても、何ら不思議ではない。

 今思えば、似たようなスキルであろうママも、実は指定最重要機密スキル保持者なのではないだろうか。まぁ、それを知ったところで、俺達には何も影響しないので、コミュやイシスに確認してもらう必要もない。

 とりあえず、ママにはこのあと、聞きたいことが……。


「バクス、会いたかったよぉ!」


 このセリフをこんな短期間に三回も聞くことになるとは思わなかったな。それだけ聞けば『アイツ』だろうなと確信できたのだが、明らかに声が違った。

 背中の方からした声に振り向くと、そこにはショートボブの見慣れない美少女がいた。


「……誰だ? 俺の噂を聞き付けて来たようだが、俺のパーティーに入りたいのか? しかし、今は受付停止中だ」

「僕だよ、バクス! フォルだよ、フォル!」


「は? フォルだとしたら、なんで女に変身してるんだよ。俺から離れている間、完璧に変身できるまでスキルアップしたことは分かった。でも、紛らわしいから元に戻れよ」

「いや、これが僕の『本当の姿』なんだけど……」


「…………。お前、女だったのか⁉️」

「あ、なんか残念がってない? やっぱり、男の方が興奮するんだね。いいよ、男になっても」


 これが本来のフォルなのか……。口調まで変わっているが、変わっていない所もあるようだ。


「どう見たら、俺が残念がってるように見えるんだよ。その捏造で、フォルなのは間違いないか……。いや……だとしたら、最初から完璧に変身できていたことになる。『フォルそのもの』が捏造だったとも言えるか……。

 どういうことか説明してくれ。お前がいつも言っていた青い虎がいるパーティーに出会ったのであれば、そこは省略していい。今のスキルが重要機密に触れる場合は、耳打ちしてくれ」

「でも、感動だったよ。やっぱりいたんだよ、青い虎は!」


「いいから省略しろ!」

「分かったよ……。あ、一応言っておくけど、僕はバクスが怒った顔も好きだからね」


「俺はそもそも怒ってないんだよ! 早く進めろ!」

「はーい……。僕のスキルの本質は『願望』だったんだよ。強い願望があれば、様々なものに変身できたんだ。もちろん、架空のものでもね。

 僕がバクスに初めて会った時、すでにコミュとイシスが側にいた。その時、バクスは『もう一人男がいれば、バランスが取れるんだがなぁ』って言ってたから、一目惚れで、しかも勇者を目指している、かっこいい大好きなバクスと一緒にいるためには、自分が男になるしかないと思ったら、男に変身できたんだ。

 でも、その鍵が強い願望だったことは分からなかった。だから、他の対象に変身しようしても、変なものしか生まれなかった。ここに帰ってくる時も、ハヤブサに変身して戻ってきたんだよ。早く戻ってきたくて」


「なるほどな。じゃあ、特になりたくないものには、今でも変身できないのか?」

「理論上はそうなんだけど、全部バクスのためを思えばいいだけって自覚して、そのパーティーと訓練もしたから、大体のものには変身できるよ。それともう一つ……」


 言いかけて、フォルは俺に近づき、耳打ちをしてきた。


「実在する生物個体に変身した場合は、その人や動物、モンスターの考えていることもリアルタイムに分かるよ」

「っ……! コミュのスキルと重なる部分があるということか……」


 だとしたら、間違いなく『最重要』だ。『最重要』のオンパレードだな。


「分かった。すぐにママの所に行って、コミュやイシスと一緒に認定を受けてくれ。リセラ、フォルをママの所に案内してやってくれないか」

「了解!」

「…………」


 リセラはかわいく反応したが、フォルはまだ行きたくないと言わんばかりに、受付の方を向いた俺の後ろから抱き付いてきた。


「フォル、どうかしたか?」

「うん……。『バクスの願望』が、『薄くなってる』気がする……。『理想』とも言えるのかな。僕から見たら、昔からバクスは輝いていたから……。何かあった?」


「……。そんなことまで分かるのか……。現実を少し見始めた……のかな。現実に向かう覚悟ができたか……」

「それは妥協? 諦め? 理想だけじゃダメなことは分かってるよ。でも、バクスにはそんな顔をしてほしくないよ……」


「俺の……顔……?」

「うん……。覚悟ができたって言ってたけど、それはそうなのかもしれない。でも、覚悟ができた人の顔にはとても見えないよ……。さっきの怒った顔だって、実はいつものバクスじゃなかった……。本当に切羽詰まってる表情。誰も逃げないのに……。

 前の僕の変身みたいに、変わりきってないって言うのかな。内面から溢れ出てきてないよ。バクスの思いが」


「…………」

「僕はまだ最近の事情を聞いてないから、的外れなことを言っているのかもしれないけど、例えば『Y』字路で左の道に行っちゃって、後ろに戻りたくても戻れない時、もう右の道には行けないと、バクスは内心で諦めようとしているんじゃないかな? それも一つの覚悟だよ。確かに、迷わずに進める。でも、僕が願うバクスの覚悟じゃないよ……。

 僕達にとっては、バクスも含めて、あの日が分岐点で、それぞれの道を行った。みんながそれを望んだかにかかわらず、それぞれ前に進んだんだよ。

 そして今、僕達は『ここ』に戻ってきた。『ここ』はその分岐点じゃない。どうやって戻ってきたんだと思う? 橋を架けたんだよ。道を作ったんだよ。『∀』のように。

 バクスは橋を架けられた側だから、気付かないのかもしれないけど、僕達はそれでも嬉しいんだ。いや、絶対にこれで良かったと思えるよ。

 バクスの覚悟に、この僕達の行動原理を加えてよ! 別の道を行っても、すぐにお前の所に戻ってくるぞっていう固い意志をさ!」


「う……あ……お、俺は……。フォルの言う通りだ……。なんて俺は無能なんだ……。手続きや過程を重視するあまり、横の繋がりを全く考慮していなかった……。狭い視野でしか、物事を考えていなかった……。

 仕事であれば、ママに相談して判断を仰いでいたはずだ。しかし、自分のこだわりになると、その観点がすっぽり抜け落ちていたんだ……。ボタンの掛け違いで、変な覚悟をして、本当に取り返しがつかない判断をするかもしれなかった……」

「いいんだよ。そうならないために、みんながいるんだから。大好きな人に悲しい顔をしてほしくないから」


「ありがとう、フォル……。やっぱり、お前達がいないと俺は……。でも、もう一人……もう一人だけ……。

 これからママと話しをする。それ次第で、俺の行動は変わる。だが、お前に言われた通り、俺は決して諦めたりしない。約束する」

「それでこそ、僕達のバクス。輝きを取り戻したね。かっこいいよ」


 フォルは俺の背後から前に回って、キスをしてきた。普段なら、人前でこういうことはするなと言い放つのだが、今はフォルのことが愛おしくてたまらない。

 俺達は、しばらくギルドの真ん中で抱き合っていた。

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