第十六話……無能だった女のスキルで世界が一変するんだが……
「信じられん……」
俺の右手には、洞窟Eの魔壁近辺に多数存在する『鉄合金鉱石』の一つが握られていた。
この鉱石は、鉄と何らかの元素が添加されて生成された鉱物で、俺の持っているのは、この見た目と硬さから、炭素とクロム元素が添加された『ステンレス鋼』だと推測される。
一部の鉄合金は、現代の技術でも製錬できるらしいが、あらゆるコストがかかりすぎて、中々実現できていない。それが自然界で、ほぼそのまま採取できるとしたら、これほど楽なことはない。
しかし、洞窟Eは、人間に優しい洞窟Cや洞窟Dに比べて、魔壁への到達難易度が高いため、鉄合金鉱石の平均採取量は微々たるものだ。
本来、猛者数名が入念に準備した上で、洞窟Eに数日間入り、文字通り命を賭して少量を持ち帰ってくるという過酷な鉱物採取法に、革命が起きた瞬間に俺は立ち会っていた。
そんな戸惑いの俺とは対照的に、コミュは鉱石を持ってきてくれた二十数体の猪の頭を順番に笑顔で撫でていた。
実際に猪が持ってきた鉱石はリレー方式だったために一握りだが、どうやら自分も命令されたい一心で、最初の猪に付いてきたらしい。
ちなみに、鉱石に付いていた猪の唾液は、手持ちの布でしっかり拭いた。
「しかし、こうなるとモンスターを無闇に討伐できないな……。数が多ければ多いほど、採取リレーは早くなるし、何より、俺達のために頑張ってくれるモンスターを狩るのは忍びない。こうして懐いてくるところを見ると、愛嬌もあるしなぁ……」
「そうだよねぇ。冒険者の本来の目的は、貴重な鉱石を採取することで、モンスター討伐は過程と手段でしかないからね」
「流石に困ったな……。とりあえず、コミュ。俺達人間がモンスターを討伐することについてどう思ってるか、その猪達に聞いてみてくれないか?」
「おおー、面白いこと考えるね。じゃあ……」
コミュが質問する前に、猪達がブヒブヒと鳴き出した。おそらく、俺の言葉を理解して、コミュを介さずにすぐに回答したのだろう。本当に元人間じゃないよな?
「うんうん、なるほどねぇ……。そういうことなんだ……。バクス、分かったよ。全然討伐してくれてかまわないって。どうせ、また生き返るしって」
「……。あー、それはつまり……魔壁から出てくるのは、死んだヤツと同一個体ということか?」
「厳密には違うみたいだよ。でも、前回討伐された記憶はあるんだって。誰にどうやって討伐されたかは分からないから、同じ方法で何度も討伐されてるのかも、みたいなことを言ってるね」
「これは、モンスター研究界隈でも革命的発見だな……。しかし……逆にまずいな……」
「何がまずいの?」
「お前のスキル、間違いなく『指定最重要機密スキル』に認定されるぞ」
「重要より上の『最重要』なんてあったの⁉️」
「ああ。世界を根底から即座に揺るがすどころじゃなく、ひっくり返すレベルだ。全世界裏指名手配になり、真っ先に暗殺される対象になる。
俺達の会話はなかったことにしよう。幸い、監視官も駆け出しパーティーも唖然として距離を置いてくれているから、聞こえていないはずだ。まぁ、この人数であれば、お前のスキルでどうにでもなるかもしれない。いずれにしても、アイツらには機密スキル候補者発見時用の戒厳令を敷く。
だが、ママにはちゃんと相談する。そして、より高度な指示を仰がないと大変なことになる。それに、機密レベルに応じて、新たな情報を得られるかもしれないしな。世界を知らない俺達だけでは絶対に判断してはいけない事案だ」
「う、うん……分かった。バクスの緊張感と緊迫感がすごく伝わってきた……」
「実際、俺の心臓もこれまでにないほど激しく鼓動してるよ。これは冗談じゃなく、ガチのマジだ。洞窟A討伐時と同じか、それ以上に、ほんの少しの油断が死に至るぞ」
「怖いよぉ! バクスゥ! うわぁぁん!」
「これはチャンスとばかりに抱き付くな! ほら、ギルドに戻るぞ!」
そうして、俺達は猪を洞窟に帰し、戒厳令について監視官達と話した後、いそいそと洞窟E一番口を後にした。
「なるほどね。よく私に相談してくれた。流石、私の自慢のバクスだよ」
ギルドに戻った俺達は、早速ママに個室で相談した。事が事ではあるが、会話をスムーズに進めるために、コミュには終わるまで黙っているように言った。
「少しでも迷った時こそ、報連相は大事だからな。それで、俺達はどうすればいい? と言うか、やってはいけないことを挙げてもらった方が良いのかもしれないな」
「そうだね。まず、ギルドとしてできることを話そうか。コミュのスキルを、あえて『指定重要機密スキル』に認定する。その上で、六日後に『誰よりも前へ』をBランクに強制昇格させる。洞窟内での討伐であれば、スキルをいくら使っても情報が漏洩することはないからね。
それまでは、コミュはモンスターとの同調で、向こうの意思は聞かずに、こちらから命令するだけに留める。鉱石を取ってきてもらうのも禁止。
一番良いのは洞窟に行かないこと。ただ、今日のように、止むを得ず行く場合もあるだろう。その場合は、コミュも連れて行かないと泣き出しそうだから、一緒に行ってもかまわない」
「最重要機密スキル候補者を報告しないと、ギルド廃止の上、死刑だろ? いいのか?」
「そんなのは『知らなかった』で済ませられるさ。それを言うなら、バクスだってコミュを通報しないんだから、同じことだろ?」
「ふふっ、ママならそう言うと思ってたよ。だから大好きなんだ」
「ありがと。でも、実際に『最重要』かどうかの線引きは、スキルだけで言えば、難しいところなんだよね。機密リストの例では、『モンスターと心を通わせることができる』のは、『重要』のカテゴリで、『モンスターから具体的な話を聞いて、世界の謎を解き明かすことができる』のは、そもそもリストには含まれてないからね。
もちろん、『既得権益を破壊することができる』なんていうのも存在しないし、書けないんだけど、だからこそ、ほとんど宗教的な理由で『最重要』に認定される可能性が高い。それをバクスも分かってるから、私に相談した。そうだね?」
「その通りだ。念のために確認するが、『鉱石を容易に採取することができる』のは『重要』で間違いないよな? スキル的にも既得権益的にも宗教的にも」
「実はそれも微妙なラインなんだよ。リストでは確かにそう。でも、世界全体で見たら、むしろそれは不都合なスキルなんだよね」
「世界が格段に進歩するにもかかわらずか?」
「ああ。言い換えれば、進歩してもらっちゃいけないヤツらが、今の世界を牛耳ってるってことさ。もちろん、革新派も鳴りを潜めてはいるが……。コミュのスキルを駆使すれば、間違いなくセントラルの体制は崩壊するからね」
「なんでセントラルが崩壊するんだよ。それに、セントラルが崩壊したら、世界が一変するのもよく分からないぞ。世界の政治とセントラルが関係してるのかよ。セントラルやノウズなんて、世界のほんの一部だろ? 高々三週間弱で横断できるほどの」
「それはそうなんだけど、いずれバクスには詳しく話す。残念ながら、今話すべきことじゃない。それを知れば、アンタの行動原理が確実に揺らぐから。これは、勇者についても同様だ。
私がラウラに、鉱石採取の革新的手段を公表しないように言っているのは知ってるだろ? それと同じことが今回の件なんだよ。
ただし、その時は必ず来る。約束しよう、それは二ヶ月以内だ。それまで我慢してほしい。そうじゃないと、バクスや私が大好きな『世界』が跡形もなく崩れ去ってしまう」
「……。ママがコミュにセントラルに行っちゃいけないって言ったのも、それが理由か?」
「半分正解とだけ言っておくよ。それだけだとバクスは納得行かずに、不満に終わっちゃうだろうから、もう一つ付け加えておく。
その二ヶ月以内に、確実にバクスをトリプルAランクにすると約束する。その手筈はもう整っていて、ノウズ中央政府には私から宣言済みだ」
「なっ……!」
「トリプルAに昇格する時のパーティーメンバーを今から決めておくように。洞窟Aの魔壁挑戦は三週間後を予定。つまり、Aランク昇格およびメンバー確定は、二週間後を締め切りとする。魔壁初回到達後から三週間以内に制覇マップを作成することになる」
淡々と話すママに対して、突然のことに俺は戸惑いを隠し切れなかった。
「ま、待て! 待ってくれ! いくら何でもそれは……」
「できないのかい?」
「あ、当たり前だろ! 仮にコミュを入れても人数が足りないんだから!」
「私が入れば問題ないだろ? 引退後の復帰なんてよくある話なんだし」
「……。い、いや……マップ作成に三週間っていうのも無理な話だろ! 一回の到達だけで、最低一週間かかるんだぞ?」
「私がメンバーに入れば、私が引退前に作った分を適用できる。十分可能だよ。ここの洞窟Aはそれほど複雑でもないし」
「……。い、いや……でも……ママの力を借りるのは……」
「……。私には、バクスが今挙げた『以外』の理由があるように思えたんだけど」
「……。もし、その最終期限の二ヶ月を過ぎたらどうなるんだよ……」
「私達の動向にかかわらず世界が一変するから、セントラルまでの道は全て封鎖され、バクスが望む勇者には一生なれない。
期限内にトリプルAになれば、バクスがそこに関与できるかもしれないから、何とかなる。あくまで可能性の話だけど。でも、期限を過ぎたら、その可能性はゼロだ」
「…………。に、二週間あるのなら、メンバーについては、まだ待ってほしい……」
「……分かった。決まったら、パーティーメンバー変更届と魔壁挑戦申請書を出すように」
そう言って、ママは相談部屋から出て行った。
「…………」
「バ、バクス……」
隣でずっと黙っていたコミュが、俺の様子を心配して手を握ってくれた。しかし、俺はその手を握り返そうともせず、黙って俯いたままだ。自分でもどうしていいか分からなかったのだ。
念願のトリプルAになれるというのに、しかも思っていたよりもずっと早くなれるというのに、俺は何を躊躇しているのか。
『今じゃない、今じゃないんだよ……!』
俺の頭の中には、ママのセリフのような言葉がずっと響いていた。
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