第7話 人質と銃声と
止まった時が、再び動き出した。
空気が震え、沈黙が一拍だけ遅れて崩れる。
誰よりも早く、団長が動いた。
犯人の身体を押し倒し、その勢いのまま板を掴み取って二階の窓を覆う。
まるで、この結末を最初から知っていたかのように、滑らかに。
乾いた音が一つ。
板に穴が開く。
その位置は、さっきまで犯人の頭があった場所と見事に一致していた。
――狙撃? いつの間に?
思考が追いつく前に、二階から声が落ちてくる。
「落ち着いて! かすり傷程度だし、毒とかもないから!」
団長の声が終わるより早く、再び銃声。
「うわぁ、危なっ! プリシラ、当たるから狙撃しないで!」
声が届く距離ではない。
それでも、届いている。
音と無音が交互に世界を支配した。
その狭間で、誰も息をするのを忘れていた。
⸻
二発の銃声。
ようやくシェリーの思考が戻る。
プリシラが狙撃した。
それは間違いない。
だが――。
あまりにも正確すぎる。
狙撃ポイントは通常の射程の倍、いや三倍はある。
弾丸が届くこと自体が常識外れだ。
まして、確実に頭を狙って当てるなんて。
喉が乾く。
心臓の鼓動が、わずかに遅れて耳に響いた。
「……届くはずが、ねぇ」
背中をつたう冷たい汗が止まらない。
理性が現実を否定しようとあがく。
そして、ひとつの結論に達した。
あの女、普通の狙撃手じゃねぇ。
⸻
そのとき、隣の桜花が――動かない。
立ち尽くしたまま、かすかに唇が動いていた。
「……団長を……傷つけた……」
同じ言葉を、何度も、何度も。
その瞳から光が消えていく。
胸の奥で、何かが軋む音がした。
桜花の唇が、やがて別の言葉を紡ぐ。
「殺す、殺す、殺す、殺す……」
その声を聞いた瞬間、
シェリーの視界から桜花の姿が消えた。
風が一歩遅れて追いつく。
気づけば、桜花は酒場の扉の前にいた。
扉が、賽の目状に崩れ落ちていく。
いつ抜刀した? どうやって動いた?
思考が追いつかない。
「……なんなんだ、あの速さ……」
呆然とするシェリーの耳に、メイファのため息が届いた。
「シンジン、モウ仕事オワリネ」
「桜花、ホンキネ。モウ誰モトメラレナイネ」
メイファは拳を軽く握り、構える。
その笑顔の奥に宿る気配だけは、冗談ではなかった。
「コウナッタラ、修行スルネ!」
一瞬、風が揺らめく。
次の瞬間、メイファは桜花の隣に立っていた。
「ヤパリ桜花ノマネシテモ、縮地ムズカシネ」
メイファは笑いながら振り返り、シェリーに手を振る。
「次ハ、シンジンノバンネ。縮地、ヤルネ」
風だけが二人の足跡を追いかける。
シェリーの思考は、また置き去りにされた。
⸻
置き去りにされた思考の中で、シェリーは呟いた。
「……俺、もしかしてヤバいとこに入ったんじゃねぇか?」
その声に、背後から静かな声が返る。
「残念ながら、契約は絶対なので」
アイナだった。
その冷静な声音に、シェリーの後悔は音もなく吸い込まれていった。
静寂だけが、再び世界を包み込んだ。
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