第2話 扉と団長と
扉が、ゆっくりと開いた。
光が差し込み、室内の空気がわずかに揺れる。
シェリーは反射的に立ち上がった。
緊張が一気に走る――だが、その理由は違う意味で裏切られた。
寝癖だらけのボサボサの銀髪。
半分閉じた目は明らかに寝起き。
着ているのは、どう見ても下着。
「……は?」
思わず声が漏れた。
「アンタが団長さんか?」
呆れを隠せない口調で尋ねる。
「……ふぇ? 団長?」
間の抜けた声が返ってきた。
脳が理解を拒んだのか、シェリーはただ口を開けたまま固まる。
次の瞬間――
「貴様、何しに来た! プリシラ!」
怒声が部屋を震わせた。
桜花の声だ。
その声音には、怒りよりも焦りのような響きが混じっていた。
「桜花、うるさいよー」
その女――プリシラは、まったく悪びれた様子もなく、
あくびをしながら部屋にずかずかと入ってきた。
「大変だったねー。あんなおっかない女と二人きりなんて」
桜花を指差しながら言うものだから、空気はますます悪くなる。
「邪魔をするなら出ていけ」
桜花の声は低く、しかし確実に震えていた。
怒りというより、焦燥。
それがなぜかシェリーには伝わった。
(この人、焦ってる……? いや、それよりもなんなんだこの状況)
「一体なんなんだよ、この露出狂女は」
気づけば、言葉が漏れていた。
「んぁ? わたしはプリシラ。この騎士団の頼れるお姉さんだよー」
プリシラはにっこり笑い、腰に手を当てる。
「それと、下着つけてるから露出狂じゃないよ」
(基準おかしいだろ……)
心の中で突っ込む余裕も、だんだん麻痺していく。
⸻
「黙れ。まだ入団試験中だ。さっさと去れ、馬鹿者が」
桜花が苛立ちを隠そうともせず告げた。
シェリーも思わず同意するように頷いた。
「団長じゃないなら、団長呼んできてくれよ」
「ふぇ? 団長いないの?」
プリシラが頬に手を当てて考え込む。
しばらくして、目が少しだけ開かれた。
「桜花。これって、もう入団試験始まってるんじゃない?」
「どういう意味だ」
桜花の声が一段低くなる。
静寂。
さっきまでうるさかった鳥の声さえ、遠のいていく。
「団長が入団試験を無視して来ないって、あると思う?」
プリシラの問いに、桜花は小さく息を吐いた。
「有り得んな……あの方は、娯楽に飢えているからな」
「俺の入団試験が娯楽かよ」
シェリーのぼやきを無視して、プリシラが笑う。
「でしょ? なら、こう考えるのが普通じゃない?」
桜花が静かに頷いた。
「団長を見つけ出すのが入団試験か……なるほど」
「はぁ? なんだよそれ! 今までの時間って何だったんだよ!」
思わずシェリーが叫ぶ。
「すまん。私としたことがぬかった」
桜花が真剣な顔で頭を下げる。
シェリーは返す言葉を失った。
「……別にいいけど。それで俺は団長を見つけりゃいいのか?」
「そうだよ。でもスタート遅れたから、この頼れるプリシラさんが手伝ってあげる」
笑顔でプリシラが手を差し出す。
「おう、すまねぇ」
シェリーがその手を握ると、桜花がその上から手を重ねた。
「このままでは終われない。団長の期待に応えてみせる」
「そうだねー。ポイント稼がないと」
二人のやる気に、シェリーは一歩引いた。
冷静に、ただ呟く。
「……俺の入団試験だよな、これ」
静けさの中、三人の視線が交錯した。
これが、騎士団の日常だとは――この時のシェリーは知る由もなかった。
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