第15話 朱色の瞳
「聖女様、セレスティナってお名前だったんだ」
「ルシアン様はお会いしたことがありますか?」
ルシアンとシルビィは森の中を歩いていた。とりあえず城に戻って今後のことをゆっくり相談しようとなったのだ。悪者でないなら領主の息子である彼には礼を尽くして接する必要がある。そのためシルビィは敬語で会話していた。
「2年くらい前かな、聖女様がお父様にごあいさつに来てくれたの。でもあの時は護衛の聖騎士さんってシルビィじゃなかったよね」
「私は1年ほど前に聖騎士になったばかりでしたので」
「そうなんだ」
「私は聖騎士見習いとして5年ほど修練を積んでいました。その後セレスティナ様から任命をお受けし聖騎士に。入団の儀で現役の聖騎士全員を倒してしまい、聖女様の強い勧めで私が聖騎士団長になりました」
「すごいね。聖女様もシルビィの力をわかってたんだ」
「昔から今ほど強かったわけでありません。村の男たちより少し力が強く、剣が使えたので騎士養成所に入れられました。そこを視察に来ていたセレスティナ様に見初められたのです。聖騎士にも女性がいてくれたら心強いと私の手を握りながら言ってくださいました」
その時の情景を思い出し、恍惚とした表情をする。
「あの方のお力になれると思えば、私はどんな訓練も苦ではありませんでした」
「聖騎士ってシルビィ以外には女性いないの?」
「聖騎士見習いにはいますが、聖騎士になれる者はほとんどいません。実力で言えば現場に出ている聖騎士より強くても、貴族たちの圧力で──」
途中まで言ったところで隣にいる少年も貴族であることを思い出したようだ。しかし当の本人は気にしていない様子。
「貴族の人たちは聖女様に気に入ってもらわなきゃいけないからねぇ。でもシルビィは逆に気に入られすぎたから、こうなっちゃったんだ」
「どういうことでしょうか?」
「たぶん聖女様は、シルビィがそばにいてくれれば後はなんでも良かったんじゃないかな。ずっとあなたにだけ話しかけるようになって、他の聖騎士さんを頼ることがほとんどなくなった」
「……それは、確かにその通りです。でもあれは私が聖騎士団長だからであって、聖騎士団の代表として私を頼って下さったというだけのこと」
「本当にそうかな? 僕にはずっと面倒を見てくれるメイドさんがいるの。でも最近、執事がきてくれた。いつのまにか僕は、なにかあった時に執事の方を頼りにするようになっちゃった。たぶん友だちみたいで、頼りやすいからだと思うんだよね」
聖女セレスティナも、同性であるシルビィに一番の信頼を寄せていたのではないかとルシアンは考えた。そしてそれは正しい。
聖騎士として聖都に子息を送り込んでいた貴族たちは聖女の信頼を得たシルビィに権力が集中するのを懸念し、彼女と扱いにくい聖女の排除を決めた。
「そ、そんな。では女である私がセレスティナの信頼を一身に受けたせいで、あんな無茶な護衛をさせられたの? それだけのことで? そんなのでセレスティナは死ななきゃならなかったの!?」
一部の裏切者と盗賊たちのせいで敬愛していた聖女が死んだ。そう思っていたシルビィは新たな可能性に気付いてしまった。
「貴族ってさ。みんな自分の地位を守るために必死なんだよ。他の人を蹴落としても自分の一族を栄えさせようとする。使えないって判断したら身内でも切り捨てたりもする。貴族の僕が言うのもあれだけど、醜いよねぇ」
シルビィは聖騎士団にいる裏切者を殺せばよいと考えていた。それを阻む者がいれば、今回の聖騎士たちのように屠れば良いと。しかし聖女を殺した黒幕は思っていたよりも多くいる可能性を少年に示唆された。
「ルシアン様。私は聖女セレスティナの死に関わった全ての者に死を与えねばなりません。ただしこれは、復讐ではないのです」
正義を成してほしい。
それが親友となった聖女の願いだった。
「僕はいいと思うよ」
「ありがとうございます」
己の心に従い、正義を執行せねばならない。
シルビィの瞳が闇を含んだ深い朱色に染まっていく。
それをルシアンは綺麗だと感じていた。
「ねぇ。僕と一緒に世界を──」
「シルビィ=ヴァリアント! ついに見つけたぞ!!」
仲間へ勧誘する言葉を遮られ、ムッとしたルシアンが声のした方を見る。
ゼノが5人の聖騎士を引き連れ、肩で息をしながら立っていた。
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