魔王の作り方 ~「力が欲しいか?」と聞いてきた悪魔の力を全部もらってみた ~
木塚 麻弥
第1部
第1章 悪魔召喚
第1話 契約
……やっちゃった。
なんだか寒くて目がさめたんだ。
そしたらシーツがぐっしょり濡れてた。
僕もう6歳なのに……。
これはとてもマズい。
きっとリナに怒られる。
リナっていうのは僕のお世話をしてくれるメイドさん。
可愛いんだけど、彼女は怒るとすごく怖い。
ご飯を残したりすると怒られちゃう。
最近はおねしょなんてしなくなってたのに。
寝る前にたくさんジュースを飲んだせいだ。
トイレは大丈夫かってしつこく聞いてきたリナに、『大丈夫だってば!』って言いきってベッドに飛び込んだ。
その結果がこれ。
「あー。明日世界が滅びないかな?」
そうしたら全部なかったことになる。
……そうだ。
僕は悪くない。
あんなにおいしいジュースを作った農家のおじさんが悪いんだ。そんな美味しいジュースを夕飯の後に出したリナにだって責任があると思う。リナが僕にジュースを飲ませるのを止めなかったお父さまやお母さまだって悪いに決まってる。
みんなが悪い。
だからこんな世界、なくなっちゃえばいい。
僕は強く、とても強く世界を憎んだ。
その結果──
「おぉ。これは、とても強い憎しみの感情だな」
床が黒く光って、頭に角を生やしたお兄さんが出てきた。
「だ、だれ!?」
「我は悪魔。貴様の強い悪意によって、ここに召喚された」
悪魔を召喚しちゃった。
僕って召喚魔法を使う才能があったんだ。
5歳のころからリナに教えてもらって、簡単な魔法は少しづつ使えるようになっている。でも召喚魔法なんて試したことはなかった。
「さぁ、小さき
「望み? えっと、世界を滅ぼしてほしい…とか?」
「ふはははっ! 大人でも我を見ればまず狼狽えるが、一切臆さず望みを口にするとは! 流石だな、我が主よ。だが世界を破滅させるには相応の対価が必要だ。貴様は我に何を差し出せる?」
対価って⋯⋯。パンを買うのに銅貨をお店の人に渡さなきゃいけない、あれのことかな?
「あの、その。お小遣いで銀貨30枚くらいならあるけど」
「銀貨30枚で滅ぼせる世界などない」
ダメだった。
「それじゃあ、ジョブおじさんが作ったジュースはどう? すごくおいしいよ」
「誰だジョブおじさんって。ジュースで世界が滅ぼせるか。できて貴様に少しの力を与える程度だな」
「ぼ、僕に力をくれるの!?」
悪魔さんは世界を滅ぼしてはくれないけど、僕が世界を滅ぼすための力をくれるらしい。それもアリだね。
「力が欲しいか?」
「う、うん! ほしい!! ちょっと待ってて!」
そう言って僕は部屋を飛び出した。
キッチンに行き、ジュースの入った瓶を手に取る。
部屋に戻ると、悪魔さんはまだ床から半分生えたままの状態だった。
「いきなり飛び出していくから驚いたぞ」
「ごめんね。対価のジュースをとってきたの」
「本当にそれで我と契約するつもりなのか」
「えっ。だめ?」
これ本当においしいのに。
「まぁいい。人間の作ったジュースとやらにも少し興味がある」
「うん! まずは飲んでみてよ」
瓶と一緒にもってきたコップにジュースをそそぐ。
「どーぞ」
「では、いただこう」
悪魔さんが大きな手でコップを持つ。
一口でジュースを飲みほした。
「……こ、これは」
「どう?」
「う、美味い! なんだこれは!?」
「ジョブおじさんが作ってくれたアプルのジュースだよ。おいしいでしょ」
「めちゃくちゃうまいな。もっとくれ!」
「いいけど。その前に僕に力をちょーだい」
「おぉ、そうか。そうだったな。大悪魔たるもの、契約もせず人から何かをもらうなどあってはならんよな。まずは小さき我が主よ。そなたの名を教えてくれ」
「僕、ルシアン! ルシアン=エイルズ。お母さまにはルーって呼ばれたりするよ」
「承知した。では我が主、ルシアンよ。そなたに我が力の一部を授けよう」
悪魔さんが僕の胸に触れた。
「特別サービスだ。魔力保有量の上限を無くしてやった。これでお前の努力次第では、世界最強の魔術師になれるぞ」
魔法を使うのに魔力が必要なのは知ってる。その魔力がたくさん持てるようになったからって、どうしようもない。
僕は今すぐ、朝になるより前に世界を滅ぼさなきゃいけないんだから。
「……じゃあ、はい」
「おい、なんだこれは。さっきより少ないじゃないか」
コップの半分より少ないくらいまでジュースを入れてあげた。
「魔力がたくさんもてるようになるくらいじゃ、このくらいだね」
「くっ」
悔しそうにしながらも、悪魔さんはジュースをすごく大切そうに飲んだ。
「うまぁぁいぃぃぃ。なんなんだ、この飲み物は」
悪魔さんがこんなにおいしそうに飲んでくれたって知ったら、ジョブおじさんも喜ぶだろうな。
「お、おい。もっと寄越せ」
「えー。まだ飲みたいの? これは僕が明日飲む分なのに」
「わ、分かった。ではこうしよう」
悪魔さんが今度は僕の右手に触れた。
「魔力の自然回復量を常人の10倍にしてやった。しかも魔力を体外から取り込めるようにもしてやったぞ。これでお前は間違いなく世界最強になれる」
「……ふーん」
またコップの半分くらいまでジュースをついで悪魔さんに渡す。
「な、なぜだ。なぜその器にいっぱい注いでくれないのだ!」
「魔力だけあっても強くなれないでしょ。僕には魔法の知識がまだないんだもん」
僕が使えるのは初級魔法だけ。
それより強い魔法があるってリナに教えてもらっているけど、僕にはまだ使えないんだって。
僕がもっと魔法を勉強して、詠唱とか魔法の効果をしっかり覚えられたら、いつかはすっごく強い魔法も使えるようになるって言ってた。
「わかった。では次はこうしよう」
悪魔さんが僕の頭に触れた。
「私が持つ全ての魔法の知識を与えてやった」
頭に詠唱とか魔法陣のイメージが入ってきた。使いたい魔法を思い浮かべると、その詠唱が口からでてくる。
これは凄い。
でもなぁ……。
これだけで世界を滅ぼせる気はしない。
「さ、さぁ。その手に持つアプルジュースの瓶を我に寄越すのだ」
「まだダメ。次は僕とお友だちになって」
「おともだち? なんだそれは。そんな概念、悪魔にはない」
お友だちが何かって言われると、ちょっとむつかしいな。
「えっとね。一緒に遊んだり、困った時に助けてくれるかんけー、かな」
「ふむ。それであれば容易い。良いだろう、ルシアンとおともだちになってやる」
「ありがとー! それじゃこれはお友だちになった……。えっと、あなたのお名前は?」
コップいっぱいにジュースをついで渡そうとしたけど、悪魔さんの名前をまだ教えてもらってないことに気付いた。
友だちなら名前くらい知らないとね。
「我の名か? 悪いが悪魔は易々と名を明かせぬのだ。特に我の名を知る人間などひとりもいない」
「でも僕たちともだちでしょ?」
悪魔さんの視線がジュースにあるのを確認しながら交渉してみる。
「う、くっ……。我が真名を教えれば、そのなみなみと注がれたジュースをくれるのか?」
「もちろん。お友だちだもん」
「わかった。我が名はバルゼファロス=グレアディオン=アズモデヴリス」
「バルゼ…。なんて?」
「バルゼファロス=グレアディオン=アズモデヴリスだ。長ければバルゼ、もしくはグレアと呼べ。アズモデヴリスというのは我が一族の名である」
「わかった。じゃあグレアって呼ぶね」
そう言ってジュースをグレアにあげた。
「くぅぅぅ。最高だっ!」
ほんとうにおいしそうに飲むね。
まぁそれも分かるくらい美味しいんだけど。
「ふぅ。至高であった。感謝する。ではジュースも無くなってしまったから、我はこれで魔界に帰るぞ。世界の破壊、頑張れよ」
「えっ、帰っちゃうの?」
「対価がもう無くなったのだから仕方ない。あぁ、そうだ。世界を滅ぼす際、可能であればジョブおじさんだけは生かしてくれ。またあのジュースを飲みたい」
「僕と一緒に世界を滅ぼしてくれない?」
「無理だな」
「で、でも……」
もらった力だけでばどうしようもない気がしていた。
世界って、すっごく大きいんだ。
だから僕にはもっと力が必要だと思った。
「ねぇ、グレア。じゃなくて、バルゼファロス=グレアディオン=アズモデヴリス」
「なっ!? な、なぜ我が真名を全て言えるのだ」
お友だちの名前だもん。
2回も聞いたら覚えるよ。
「さっき僕に聞いたよね。『力が欲しいか』って」
「おいやめろ! 我に近づくな!! くっ、真名を呼ばれたせいか? か、身体が動かん」
「僕は力が欲しい。あなたの力を全部ちょうだい。そしたら僕と一緒にいてくれるでしょ? 僕と一緒に世界を滅ぼそうよ」
そう言いながら僕はグレアの身体に右手で触れた。
なんとなくそうすべきだって思ったんだ。
「……えっ?」
グレアの魔力が僕に入ってくる。
「ぬぐわぁぁぁああ」
「あっ、ごめん!」
苦しそうにしてたから慌ててグレアから手を離したけど、僕に力が流れ込んでくるのを止められなかった。
「はぁ、はぁ⋯…。ば、ばかな。我の力が⋯、全て奪われた?」
ちょっと身体が小さくなったグレア。
彼は両手を床について落ち込んでいた。
とても顔色が悪く、辛そうだ。
逆に僕は身体が温かい。
なんでも出来るような気がした。
「えっと。なんていうか、その。ごめんね?」
こうして僕は大悪魔であるグレアの力を全部もらい、世界を滅亡させる魔王を目指すことになったんだ。
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