無能だと追放された錬金術師、隠していた【神級スキル】で伝説級アイテムを量産し無双する。~今さら「戻ってきてくれ」と泣きついても、もう遅い~

kuni

第1話

「チッ……! 硬えクソゴーレムが!」


リーダーのアレスが悪態をついた。彼の愛剣であるミスリルソードが、Sランクダンジョン『深淵の迷宮』の階層守護者(フロアガーディアン)――ミスリル・ゴーレムの分厚い装甲に弾かれ、甲高い金属音を響かせる。


ここは迷宮の最深部を目前にした、第七階層。Sランクパーティ【覇者の剣】は、この階層の突破にすでに三日を費やしていた。


「アレス、下手に突っ込まないで! こっちの魔力(マナ)も限界よ!」 「回復(ヒール)が追いつきません! アレスさん、一度退いて!」


パーティの紅一点である魔術師のサラと、神官のリナが悲鳴に近い警告を飛ばす。だが、アレスは耳を貸さない。彼はパーティ随一の火力であり、自分が引けば戦線が崩壊すると信じている。


「うるさい! お前らの火力が足りねえから、俺が前に出るしかねえんだろうが!」


アレスが強引に踏み込み、スキル《ヴォーパルストライク》を放つ。しかし、ゴーレムはそれを分厚い左腕で受け止め、カウンターの右拳をアレスめがけて振り下ろした。


「ぐっ……!」


アレスは咄嗟に剣でガードするが、Sランクモンスターの圧倒的な質量を防ぎきれるはずもなく、ボールのように弾き飛ばされ、迷宮の壁に叩きつけられた。


「ア、アレスさん!」 「ポーション! ロイド! とっておきのやつをアレスに!」


リナの叫びを受け、パーティの最後尾にいた錬金術師のロイドは、無言で背嚢(バックパック)から一本の小瓶を取り出し、アレスに向かって投げ渡した。アレスはそれを受け取ると、乱暴に蓋を抜き、中身を一気に呷(あお)る。


だが、彼の期待とは裏腹に、傷の治りは鈍かった。致命傷は免れたものの、叩きつけられた衝撃で折れたであろう肋骨が、鈍い痛みを主張し続けている。


「……ッ、なんだこのポーションは!? クソみてえな効き目だ!」


アレスは回復の遅さに激昂し、まだ半分ほど中身が残っていたポーションの瓶を、力任せに床(ゆか)へ叩きつけた。ガラスが砕け、淡い緑色の液体が石畳に虚しく広がる。


「ロイド! てめえ、また安物の素材でケチりやがったな!」 「申し訳ありません、アレスさん。ですが、これが今の僕に作れる最上の……」 「嘘をつくな!」


ロイドの弁明を、アレスの怒声が遮る。


「お前はSランクパーティの錬金術師だろうが! それなのに、お前が作るポーションもエンチャント(付与魔術)も、全部Cランクギルドの売店で買えるもんばっかじゃねえか!」 「アレスの言う通りよ」


ゴーレムが体勢を立て直す時間を利用し、魔術師のサラが冷たい視線をロイドに向ける。


「私たちがどれだけ必死に戦ってると思ってるの? あなたの『役立たず』なアイテムのせいで、私たちの命が危険に晒されてるのよ」 「荷物持ち以下の貢献度です。あなたのせいで、今回もマナポーションが底をつきそうです」


神官のリナも、忌々しげにロイドを睨みつける。


三人の冷たい視線と罵倒を、ロイドはいつものように、感情の読めない無表情な仮面の下で受け止めていた。


(……またか)


彼らがロイドを『無能』と罵るのは、これが初めてではない。むしろ、ここ一年ほどは、それがパーティの日常と化していた。


(僕が、力を隠しているとも知らずに)


ロイドは、ユニークスキル【神級錬金術】の保持者である。 それは、あらゆる素材から理論上、伝説級(レジェンダリー)や神話級(ゴッズ)のアイテムすら生み出せるという、規格外のチートスキルだった。


パーティ結成当初、ロイドは彼らを信じ、その力の片鱗を見せていた。 ロイドが作る【上級エリクサー】は、市販の高級ポーションなど比較にならない回復量を誇り、彼が施す【金剛のエンチャント】は、鉄の剣をミスリルソード以上の強度に変えた。


そのおかげで、【覇者の剣】は結成からわずか二年でSランクへと駆け上がった。 だが、成功は彼らを傲慢にした。


アレスは、ロイドが作った【万能解毒薬】を「ちょっと酒で悪酔いしたから」という理由で使い、サラは、ロイドが竜の鱗(ドラゴンスケイル)から作った【炎熱のローブ】を「デザインが飽きた」と質に入れ、ギャンブルに溶かした。


彼らは、ロイドが生み出す奇跡のアイテムを「無限に湧いて出るもの」と勘違いし、湯水のように浪費し始めたのだ。ロイドの忠告は「ケチくさい」と一蹴され、しまいにはパーティの運営費にまで手を出し、ロイドに借金をしてまで高級素材の購入を強要しようとした。


その時、ロイドは悟った。 (こいつらはダメだ。僕の力を正しく扱える器じゃない)


このままでは、パーティは遠からず破滅する。彼らの浪費癖と傲慢さが、いずれ取り返しのつかない事態を招くだろう。


だから、ロイドは決めたのだ。 【スキル隠蔽(スキルハイド)】。 自身の【神級錬金術】を隠し、あえて「平凡で、少し腕のいい錬金術師」を演じることにした。


彼らに渡すポーションは、わざと効果を落とした低品質なもの。エンチャントも、街の職人が施すレベルと大差ないものに偽装した。 すべては、彼らの際限ない浪費を抑え、パーティの財政が破綻しないようにするため。そして何より、ロイド自身がこれ以上、彼らの強欲に搾取されないようにするための、苦肉の策だった。


もちろん、パーティの戦力は目に見えて落ちた。以前なら瞬殺できたモンスターにも苦戦するようになり、ダンジョン攻略のペースは著しく低下した。 そして、その不満の矛先は、すべて「急に腕が落ちた」ロイドへと向けられた。


(わかっていたことだ。だが、これでバランスが取れていたはずなんだが……)


「おい、ロイド! 聞いてんのか!」 アレスの怒声で、ロイドは思考の海から引き戻される。 ミスリル・ゴーレムが、再び起動を始めていた。


「どうする、アレス! もう無理よ、一旦撤退しましょう!」 「そうだ! ポーションもろくにねえんじゃ、戦えるか!」 「アレスさん、決断を!」


仲間たちの弱音に、アレスはギリッと歯噛みした。撤退すれば、またSランクギルドから嘲笑(わら)われる。「【覇者の剣】も落ちぶれたものだ」と。


アレスのプライドは、それを許さなかった。彼は苛立ちをぶつけるように、ロイドの胸ぐらを掴み上げた。


「……全部てめえのせいだ、ロイド」 「え……?」 「てめえが、無能な錬金術師だから、俺たちがこんな苦労をさせられるんだ!」


アレスの目には、理性を超えた狂気が宿っていた。 彼はロイドを引きずるようにして、通路の脇にある、まだ調査していなかった小部屋の扉へと向かう。


「ア、アレスさん? 何を……」 「ちょうどいい。この先に罠部屋があるかもしれねえ。お前、荷物持ち以下なんだから、せめて罠の起動役くらいにはなれよ」 「ま、待ってください! それは……!」


ロイドが抵抗する間もなく、アレスは小部屋の古びた石の扉を蹴り開け、ロイドの体をその暗闇の中へと突き飛ばした。


「ぐっ……!」 バランスを崩したロイドは、なすすべもなく暗い部屋の中へと転がり込む。


「あ……」 ロイドが振り返ると、サラとリナが冷たい目で見下ろしていた。助けを求めるロイドの視線に気づきながらも、二人は指一本動かそうとしない。


「……アレスの言う通りね。あなたも、最期にパーティの役に立てて本望でしょう?」 「さようなら、ロイドさん。あなたの分の報酬(取り分)がなくなれば、私たちも少しは楽になりますわ」


絶望するロイドの目の前で、アレスが嘲笑(あざわら)いを浮かべる。


「お前はここで死ね、無能」


その言葉を最後に、重い石の扉が、無慈悲な音を立てて閉ざされた。 直後。


カチッ。


ロイドが踏んだ床のパネルが、わずかに沈み込む。 罠だ。


「……!」


ダンジョンの罠は、侵入者を確実に殺すために設計されている。回避する術(すべ)はない。 次の瞬間、部屋の四方の壁から、無数の毒矢が凄まじい勢いで射出された。


「がっ……! あ……ッ!」


Sランクダンジョンの罠は、Sランクの冒険者であっても即死級の威力を持つ。ましてや、戦闘職ではない錬金術師のロイドが、まともに耐えられるはずがなかった。


数十本、いや、百本を超えるであろう毒矢が、ロイドの全身を容赦なく貫いた。


激痛が全身を駆け巡り、視界が急速に暗転していく。猛毒が回るのがわかった。手足の感覚がなくなり、呼吸すらままならない。


(……ああ、ここまでか)


扉の向こう側で、ミスリル・ゴーレムの咆哮と、アレスたちの戦闘音が遠ざかっていくのが聞こえた。彼らは、ロイドを囮にして、この階層から離脱するつもりのようだ。


(結局、最期まで……僕は、道具でしかなかった、か)


意識が、完全に途絶えた。


どれほどの時間が経っただろうか。 完全な静寂と暗闇の中、ロイドの指が、ピクリと動いた。


「…………ふぅ」


ロイドは、ゆっくりと目を開ける。 彼の体は、矢に貫かれたままだ。致死量の毒も回っている。常識的に考えれば、とっくに死んでいるはずだった。


「……まったく、ひどい芝居だった」


ロイドは、おもむろに懐(ふところ)を探った。 そこには、パーティの誰にも見せたことのない、特別なポーチが隠されている。 彼はその中から、神々しい黄金色の光を放つ小瓶を取り出した。


【完全蘇生エリクサー(神話級)】。 【神級錬金術】スキルを持つロイドだけが精製できる、文字通り、死者すら蘇らせる秘薬。彼は万が一に備え、これを常に携帯していたのだ。


ロイドは、まだわずかに動く指先で小瓶の蓋を開け、その中身を自身の口へと流し込む。


次の瞬間、奇跡が起きた。 黄金色の光がロイドの全身を包み込み、体に突き刺さったすべての矢が弾け飛ぶ。皮膚が再生し、猛毒は浄化され、折れた骨すらも瞬時に接合していく。


数秒後、ロイドは新品同様の体で、ゆっくりと立ち上がった。


「……アレス。サラ。リナ。僕を、見捨てたな」


ロイドの顔から、今まで貼り付けていた「無能なロイド」の無表情な仮面が、剥がれ落ちていた。 そこに浮かんでいたのは、すべてから解き放たれたような、静かで、冷徹な笑みだった。


「いいだろう。お前たちがその選択をしたんだ」


ロイドは、ダンジョンの壁をコンコン、と叩く。 そして、おもむろに背嚢からいくつかの鉱石と触媒を取り出し、その場で錬金術を発動させた。


「スキル発動、【神級錬金術】――《構造分解》および《再構築》」


彼の手のひらの上で、素材が瞬時に光の粒子へと分解され、再び結合していく。 生み出されたのは、掌サイズの爆弾だった。


「【高圧縮プラズマ爆弾(伝説級)】。……Sランクダンジョンの壁でも、これなら抜けるはずだ」


ロイドはそれを罠部屋の扉とは反対側の壁に設置し、安全な距離まで離れる。


ドゴオオオオオオン!!!


ダンジョン全体が揺れるほどの、凄まじい爆発音。 Sランクの冒険者が三日かけても破壊できなかった『深淵の迷宮』の壁が、いとも簡単に大穴を開けた。


穴の向こうには、迷宮の外へと続く、見慣れた森の景色が広がっていた。ダンジョンの構造そのものを熟知していたロイドは、最短距離で地上へ脱出できるルートを計算し、そこを爆破したのだ。


「さて……」


ロイドは、瓦礫の山を乗り越え、久々の外の光を浴びる。


「あんな連中のために、浪費癖を心配して、低品質なアイテムをわざわざ作ってやる義理もなくなった」


ロイドは懐から、もう一つの小瓶を取り出す。 それは、彼が自分のためだけに作った、【無尽蔵の魔力源(ゴッズ)】だった。


「これからは、僕の好きなようにさせてもらう」


彼はアレスたちが逃げていったであろう方向とは逆の、王都から遠く離れた辺境の地へと目を向けた。


「……今日から、自由だ」


『無能』の烙印を押され、パーティから追放された錬金術師。 だがその正体は、神のスキルで伝説級アイテムを意のままに生み出す、世界最強の男だった。


ロイドの本当の物語は、今、始まったばかりである。

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