【第三章】誕生日のチケット

――本当に??


今度は私が画面越しに疑う。


樹の拠点の場所は、

私たちがよく聴いていたバンドがアマチュア時代に

ライブ活動に使っていた場所だったのだ。


そしてそのライブハウスは、

私の家の最寄駅から2駅しか離れていなかった。


あまりの驚きに私はしばらくスマホを片手に

固まってしまう。

しばらくすると、さらに写真が送られてくる。


『またライブ、今度やるんだ。良かったら来てくれない?』


写真は今度のライブのチケットを写したもの。

そのチケットには、

私の29歳の誕生日が印字されていた。


返事を選ぶ余地はなかった。


『うん。樹が良いなら行きたい』


8年ぶりに樹に会うのは少し怖い気もするけれど、

この胸の高鳴りを無視することはできなかった。


かつての私は、

樹の創作に対する熱意についていけなかった。

ただ何としても、

少しずつでも着実に夢を叶えるための階段を登っているその姿を見届けなければいけないような、そんな気がした。


『ありがとう。チケット、取り置きしておくね』


樹が私の席の分を確実に確保できるようにと、

スタッフに声をかけてくれたようだった。


樹が続けて、あの頃の話をしてくる。


『あのバンドのところだよ。

ほんと信じられないよね』


私が思ったこともお見通しのようだ。

私も前のめりで返信する。


『本当だよ!!嘘でしょ、って思ったんだから』


ぎこちなかった会話のテンポが、

少しずつ懐かしいあの頃に戻っていく。


再び樹から返信が来る。


『そうなんだよね。

俺もいまだに慣れないしびっくりしてるよ』


私はふと思いついて、こんな返信をした。


『なんかさ、成功へのシンデレラストーリーみたいだよね』


あの頃、私たちがよく聴いていたバンドがアマチュア時代に拠点にしていたライブハウス。

そんな場所で樹も演奏できるなんて、

そうそうあることでは無いのではないだろうか。

そんな風に考えていた。

ましてや、よくふたりでそのバンドのライブに参加したりもしていたのだ。

憧れの展開すぎる、と私の中で物語を作りたい意欲がうずうずしてしまう。


そう思っていると、樹が聞いてきた。


『そういえば咲、もう書いてないって、本当?』


あの言葉で何か考えさせてしまったのだろうか。

少し迷って、文字を打ち出す。


『うん…。あの時にあんなことを言ったから、

そんな中途半端な状態で書いちゃダメだって思ったんだよね。

そんなことを思っていたら、全然書けなくなった』


メッセージを送信すると、

樹と別れてから思っていたことが溢れてきた。


創作に必要なアイデアが浮かんでも、

それに自信を持って書き出すことができなくなった。

書きたいと思っても、

臆病になってしまった自分の性格に邪魔をされることもあった。


でもそれは、樹のせいではない。

全てはそんなことから逃げてしまう自分が原因だった。


樹がまた返信をくれる。


『なんかそういうところ、変わらないね。

やっぱりまた咲の物語、読みたいな。…どうかな?』


その瞬間、

頭の中に物語の輪郭が見え始めた。

創作を楽しんでいた時のこの感覚が懐かしくなって、

目の奥が熱くなる。


『うん。樹のおかげでまた書けるかもしれない。

今また少しストーリーが浮かんできてるの』


思い浮かんでいるものが消えてしまわないうちに、

私は広げていたメモ用紙に、ボールペンを走らせた。


『そっか。でも咲がもし、

書くことはやっぱり嫌だって思うなら

それでも良いんだ。

とにかく、ライブに来てさえくれたら、って思ってる』


樹は、昔と変わらない優しさで、

そっと背中を押してくれた。

私はその思いに応えたいと、

物語を書く覚悟を決める。


『うん。ありがとう。とりあえず書いてみるね。

樹も、ライブまで体調とか気をつけてね』


私たちはあのライブハウスで再会することを

約束した。

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