第51話

 縄文人が初めてテレビを見るように、わたくしはクレーンゲームをつぶさに観察してみる。

 ミニゲーセンの中で唯一の大型クレーンゲームで(以前千鶴が入り込んでいたやつ)、中には抱えるくらいのタコのぬいぐるみが閉じ込められている。タコと言っても顔面だけで、体型は人型で可愛くはない。誰が欲しがるのか、というのが正直なところ。これを鉤爪のついた二本のアームで掴むようだ。

 

「千鶴、一手ご指南くださいな」

「いいぜ、刮目してな」

 

 千鶴は張り切って、百円玉を機械に添える。まぁ確率機だからな、と予防線を張りつつも息巻いてるのが面白い。良いところを見せたいのかもしれない。

 

「んータグに引っ掛けるか、いや横四方取りで攻めるか」

 

 その道のプロのように、わたくしの知らない言葉で作戦を立てる。しかし彼女の戦績はゼロ勝無限敗らしいので、机上の空論かもしれない。

 がちゃりんと硬貨が投入されると珍妙な音楽が鳴りだして電飾が明滅する。千鶴のスティック操作に従い、アームがタコの真上に滑った。そしてボタンの押下を合図にアームが下降する。

 

「そらぁッ! 挿せッ!」

 

 アームがタコの頭と股をがっちり咥え込み空中に持ち上げた。

 

「行けぇぇぇぇッ! お前に賭けてんだーッ!」

「おぉ! 行けそうです!」

 

 このまま取り出し口に落とすだけ。

 しかしゴールに着く前にタコはアームからポロリと抜け出してしまった。

 

「…………まぁこういうことよ」

「なるほど、確率機ね」

 

 持ち上げるだけの力はあったのだから、取り出し口へ移動する間に力が弱まっているに違いない。当たりの確率を引くことができれば、パワーを維持してくれるのだろう。

 千鶴に代わって今度はわたくしが百円玉を投入する。スティックを動かして、ボタンを押し、降下。アームはタコを掴んだものの、案の定落としてしまった。

 

「む」

 

 しかしながら百円は無駄金ではなかった。タコは落下するときに位置が変わる。これを繰り返せば取り出し口にタコを近づけ、パワーが無くとも取り出し口に落とすことが可能かもしれない。

 

「フッ、気づいたようだね」

 

 後方腕組み千鶴(ゼロ勝無限敗)がニヤリと笑った。つまりこれが確率に頼らない攻略法なのだろう。

 やることは決まった。

 次の百円を投入、タコの位置調整を狙う。

 

「良い手だ」

 

 千鶴(無限敗)の呟きを背に、タコをゴール側に動かすことに成功。休むことなく百円玉を投入。

 

「なに……?」

 

 しかし次の試みは悪い方へと転がり、タコはゴールから逆方向の右に転んでしまった。どうやらアームが重心より左を掴んだことにより右へと傾いたようだ。

 

 この作戦、理解しても実行するのは難しい。まさに……。

 

「言うは易く行うは難し、悲しいかな」

 

 そんな「ついにこの境地まで来たか」みたいな顔をされても、言うて三回目のプレイで辿り着いた境地である。

 

 なんなのこの人……。

 

 その後も百円の代償を払って位置調整を狙う。近くなったり遠くなったりをして九回目でゴールの近くへ。この位置で上げて落とせば運よく獲得できるかもしれない。そんな位置だ。

 

「ラストチャンス」

「さて、女神は微笑むか……」

 

 千鶴(敗北者)の期待も背負って百円玉を投入。

 がちゃりん。ピロピロピロ♫

 積み重ねた調整のおかげでアームの初期位置から獲物は遠くはない。取り出し口の透明な囲いに引っかからないようにスティックを動かし、降下ポイントを決定。

 

「ここで決めます!」

 

 アームが降りタコをむぎゅっと掴む。そして持ち上げる。

 

「頑張って……」

「そのままーッ!」

 

 上がりきったアーム。タコがぐらりと落ち始めるのが分かった。

 確率は引けなかった。

 だが狙いは確率で取ることではなく、都合よくゴールに落ちることだ。

 

 いい感じに落ちて!

 

 祈りのおかげかタコは取り出し口のほうへ。

 

「はッ!」

 

 しかしタコは囲いに頭部を強打して外に落ちた。

 

 ダメだった……。

 

 アームは掴んでいるものも無いくせに、取り出し口の上で腕を広げ、やってやったぜみたいな雰囲気を醸すのがやるせない。

 肩に手が置かれた。

 

「カッコよかったぜ……」

 

 わたくし(敗北者)もそっち側になったのだった。

 私のも上げようか、という申し出を丁重に断って戦場を去る。クレーンゲームを遊ぶという経験を買ったのだ。タコを買おうとした訳ではない。

 

 あれを取っても大きくて運びにくいだけですし、可愛くないですし! ふん!

 

 有り金が尽きたわたくしは千鶴について回る。千鶴は大型ではなく、縦に二台重ねられた小型クレーンゲームをプレイするようだ。景品もマシンもミニサイズだが、百円で二プレイできるらしい。

 お金が投入されると手のひらサイズのアームが震えて起動し、千鶴の操作で景品の海にダイブする。

 

「こっちは沢山ですわね」

 

 さっきは抱えられるタコ一匹だったのに、こちらはストラップ大のマスコットが鷲掴みできるくらいはいた。

 

「だからこっちのほうがゲットしやすい」

 

 アームは一匹? の野菜を掴んで取り出し口へシュートする。

 

「へへ〜にんじん君ストラップゲット〜」

「こんなに容易く?」

「ゲットしやすいって言ったろ。あ、でもこれは戦績ノーカンね。プライドが許さない」

 

 二プレイ目も一匹獲得。取り出し口から二匹の野菜が収穫された。

 

「ほい、あげる」

「……なんですかこれ」

 

 手と脚が生えたにんじんが元気溌剌にジャンプした奇妙なマスコットだった。にへらと笑う顔面はキモかわというやつか。

 

「えぇ知らないのにんじん君。元々無名クリエイターのメッセージスタンプだったけど、誰だったか有名スポーツ選手が使ってるってニュースになって爆発的人気になったんだ」

「へー」

「興味ないじゃん」

「でも……ありがたくいただきますわ。それじゃ……」

 

 わたくしは腰のベルトループににんじん君を繋いだ。千鶴の手錠と同じ場所だ。

 

「あ、私もそうしよ。また手錠引っ掛けられたら堪んないし」

「それは、本当に申し訳ないです」

「じょーだん」

 

 千鶴は手錠とマスコットをチェンジする。歩くとお揃いのチャームがゆらゆらと揺れた。

 

「あ、お姉ちゃんたち」

 

 聞き覚えのある男の子の声がした。

 入口に振り返ると、そこには昨日見た面々、わたくしたちが助けた家族が揃っていた。記憶と違う点は全員が洋服ではなく浴衣姿ということ。

 

「あ、どうも。昨日は本当に」

「いやいやいいですって、もう」

 

 平身低頭しそうな父親を慌てて千鶴が止める。もう感謝はされ尽くされたので、向こうがしたくても、こちらが困る。

 千鶴はあえてフランクに会話を始めた。

 

「そっちも目的地はここだったんすねー」

「ええ、最期は家族でのんびり過ごそうと思いまして。お二人はいつ来られたんですか」

「たった今ですよー。部屋行く前に遊んじゃってるんですけど。てかこの辺電気もあってすっごいですよね」

 

 まさかこんなところで再会するとは思ってもみなかった。もう二度と出会うことはない、ほんの些細な交わりと思っていたが世間は案外狭いものだ。

 

「お姉ちゃん」

 

 千鶴と両親が話している一方、男の子はわたくしの元へと近づいてきた。

 救出したばかりの狼狽はもうどこにも無く、すっかり元気になっているようで一安心だ。

 

「どうしました?」

「僕たちを助けてくれたのって、これ?」

 

 男の子は壁際に置いてあった荷物のうち、一際長い弓袋を指差した。

 

「ええ、そう……だよ」

 

 今になって口調を誤魔化す。すっかり忘れていたが他人の前なので、お嬢様とは察せられないようにしなければ。

 

「その中の弓でこ……助けたの、うん」

 

 殺した、と言いそうになって慌てて修正。千鶴以外の一対一の会話が難しい。

 

 人間にてたのは見てないですわよね……。きっとご両親が言葉で説明しただけですわよね。

 

 子どもには惨い光景だったので見ちゃっていないか心配になる。

 

「お姉ちゃんがすっごい遠くからヒーローみたいに助けてくれたって、お母さん言ってた! お姉ちゃんってカッコいいんだね!」

 

 男の子の瞳は憧憬で眩かった。

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 あの時は自分のことばっかりで、色が戻らなくて荒んでいたが、やっぱり助けて良かった。この子の向日葵ひまわりのような笑顔を守れたのだから、一生の誇りに違いない。

 

「このお姉ちゃんはねー弓構えるとすっごーくカッコいいんだぞ」

 

 そこに千鶴がやってきて、弓を引くジェスチャーをして見せた。しかも効果音付き。

 

「そうなの! 見たい!」

「だってよユヅっち。見せて!」

「見せて!」

 

 どうして千鶴もそっち側なのだ。これでもかと隣にいたくせに。

 だが人に魅せるための弓も悪くない。わたくしだって人の美しい所作に惚れ惚れしたことは何回もある。

 助けた相手ということもありこの親子には苦手意識も湧かないので、少年のために人肌脱ぐとしよう。

 

「いいよ、おいで」

「やった!」

「私もやったー」

「あなたはお手伝い」

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