第48話
彼女の体が力なく崩れ落ちるのを見た。
構えた拳銃の
わたくしの周りに立ち込める硝煙を吸っても、わたくしは震えることしかできない。
千鶴が千鶴を撃ったのではない。
わたくしがわたくしを撃ったわけでもない。
わたくしが、千鶴を撃った。
そして。
「っ
放った弾丸は彼女の拳銃だけを的確に飛ばしたのだった。
「びっくりし過ぎて腰抜けたわ。弾当たってない、生きてるよな……ってちょ!」
わたくしは居ても立っても居られずに駆けると、彼女を押し倒すように強く、愛おしく抱いた。
「良かった……生きてる」
「生きてるよ、お陰様で」
その胸に頭を擦り付けて、幼子のように泣きじゃくった。
「千鶴が死ぬのは違う。それは嫌……」
「本当にそう思ってる?」
「うんっ……」
「心の底から?」
「そうっ」
「バカ……それはっ……それは私もおんなじなんだよ!」
千鶴はわたくしの頭を鷲掴みで持ち上げると、瞳を真っ直ぐに見つめた。
「どれだけ辛いか思い知れ……この、バカ夕鶴羽ぁ……」
濡れた声で幾度も、良かったとかアホとか言う彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
銃口を突きつけた彼女の姿に、この世の終わりのような衝撃が一直線に貫いていた。自分よりも大切な人が命を絶とうとする瞬間に戦慄した。
もう二度と体感したくない程の恐怖。
それを先に与えてしまったなら、わたくしは大罪の咎人に違いない。
自分勝手だと自覚しながら、罪悪感でさらに涙腺が崩壊してしまった。
少しの間、抱き合うことでお互いの安堵と悲しみを共有してから千鶴はキッと顔を上げた。
「ったく、もう! ていうか実銃でもエイムお化けかよぉ。無茶しやがって」
確かにわたくしの狙いが少しでも逸れていればこうして暖め合うことはできなかったのだから、抗議されるのは尤もである。
「ごめんなさい。だって止める方法がそれしかないから……」
「そもそもあれに弾入ってないし」
その発言を最後まで聞き終える前に驚愕した。
「あれ、もう五発撃ち切ったやつで、そっちが今日奪った新しいほうだもん」
邸宅の射撃対決で一発、今日の戦闘で三発、魚に向けて一発。交番で弾は五発と解説していたから、中身はゼロ。
つまり。
「ハッタリ……?」
「だって言葉じゃ無理じゃん」
「なっ……それじゃわたくしは取る必要のないリスクを取って、とんでもない賭けを……」
「そういうことになるね。でも聞いて」
一語も聞き漏らすことは許さないと、痛いくらいにきつく肩を掴まれた。
「脅しだったけど、本心は脅しなんかじゃない。ユヅっちが死ぬって言うなら、私も死ぬ」
嘘偽りの無い芯の通った声音だ。
「次やってみろ。ユヅっちの死に方よりよっぽど酷いやり方で私も死んでやるから」
「……っ」
「私は……私にとってユヅっちがいない世界は無価値なんだ。呪いがあったとしても、うるせぇ関係ねぇつって一緒にいたい。だからこの先、自分の命に私の命も繋がってると思って。いいね?」
「っ! ………………うん」
透き通った濃褐色の瞳で見つめられたら頷く以外の選択肢はあるわけない。彼女の本気を咀嚼して理解した。
だが。
なぜだか見つめられることに耐えかねたので、わたくしは再び彼女の胸に顔を埋めた。
そんなの言われたら、まるで…………。
途端に血流が速くなった気がして深呼吸をする。
すると彼女の匂いで肺が満たされる。
あぁ…………大変。
「ユヅっち?」
「…………ん」
息を吸うのも止めるのも苦しくなって、たまらず助けを乞うように顔を上げる。
千鶴はどうしたの? というニュアンスで、そのアメジストを紡いだような髪をふわりと揺らした。
いつからか再生した世界の色の感動も最早取るに足らない。
困惑しながらも、確かに実感していた。
わたくしの心までが色づき、変容したその瞬間を。
「あなたが……わたくしの呪いで死んだら、わたくしも一緒に死にますわ」
「ああ、そうしてくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます