第35話
夜二十時。電気がなければわたくしの視界が黒一色になる時間。
わたくしと千鶴はこの家で楽しむ最後のディナータイムを過ごしていた。明日この家を
「ユヅっち成長速度イカれてるって。もう私と互角とかおかしいだろ」
彼女の口ぶりは不平不満というわけではなく、埋もれていた才能を輝かせて喜んでいるといった感じだ。
「やればやるほど成長が実感できるところが良いですわね。モチベーションの維持に繋がります」
「あーもっと早く一緒にやりたかったぁ〜。それだけが悔しい」
先程最後のFPSゲームをプレイした。旅先にゲーム機やパソコンを持っていくことは当然できないので気の済むまで興じたというわけだ。そこでわたくしと千鶴の勝率やスコアは互角。同じ陣営の協力プレイだったら常勝無敗だった。
「早く出会えてたら、というのは甚だ同意ですわね。あれほどのめり込める遊びは希少ですわ」
「プロゲーマーにでもなれたんじゃない。お嬢様系プロゲーマー(ガチ)」
「一世を風靡できそうですね。親が許しませんけれど」
ナイフとフォークでステーキを切り分けて口へ運ぶ。冷凍のお肉を調理したものだが、これからはアツアツの料理も食べられない。もちろん缶詰めには期待しているが、出来たて料理を忘れろというのは無理難題だ。
「ステーキもきっと人生最後……」
「そう言われると感慨深いな。めちゃくちゃ大切な一品だ。ありがたやー」
これからはなにをするにも『人生最後の』という枕詞がついて回るのだ。あるいはもっと仰々しく『人類最後の』かもしれない。
粛々と夜は更ける。
窓の向こうに目をやれば暗黒があり、こちらが現世、あちらが異世界のようだ。
ここ最近はなにかと騒いだり困惑したりと落ち着かない時間が多かったので、静かな夜もまたありがたい。
「家を出ていくのにあたって思うところは?」
「うーん、クソ親父との嫌な記憶ばっかだからな…………あーでもモデルガン持っていけないのが残念。思い入れあるコレクションだから悔しい! そっちの財閥で四次元ポケット作ってないの?」
「プロトタイプは見せてもらえてたので、あと数年あれば間に合ったのですが……」
「マジで⁉︎ あれってもうそんな段階なの⁉︎」
「まぁ嘘ですけど」
「嘘かーーーい。一瞬信じたわ。財力でやりかねないし」
父親、というワードが出たときにはデリカシーに欠けた話題を選んだかと危ぶんだが、口調が明るくなってくれたので胸を撫で下ろす。
「モデルガンでも持ってたら脅しになるかもしれませんよ」
「そいつは脅しの道具じゃねぇ……とは言うけど、ハンドガンくらいは持っといてもいいかもね」
「役に立ちそうで持っていけるものは詰めましょう。意外なものに助けられることも……」
外の暗黒にノイズが走った。
「千鶴…………今なにかいませんでしたか」
「おい、嘘だろ」
千鶴は窓辺に駆け寄ると、スマホのライトを点灯させ外をクリアリングする。
「……いないよ」
「見間違いかしら……」
わたくしの目は不調を抱えている。
正しく見れない、変なものが見えてしまったというほうが道理だろう。無意識に疲れが溜まって神経が過敏になっているということもあり得る。
「ごめんなさい……疲れが出ただけかもしれません」
「いや、なんか嫌な感じする。部屋に銃取ってくる」
千鶴はわたくしの解釈を吹き飛ばすように自室へ向かおうとする。
「なんもなかったら良かったねって話だから、気にすんな」
わたくしに笑顔を向けて行ってしまった。
「千鶴……」
ただの見間違いだ。過度に気にすることはない。
ソファに座って努めて穏やかに帰りを待つ。
口が渇く。
水でも飲もう。
コップの縁に口をつけたとき、物事は信じたくない方向へと動いてしまった。
遠くからはっきりと届くガラスが砕ける音。
「千鶴!」
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