第23話

 行くあても無くなり、わたくしたちは駅ビルを気の赴くままぶらついた。

 普段は着ないような服を試着して、ちょっと派手で敬遠するようなアクセサリーも試してみると存外悪くなかった(色は分からないけれど)。

 香水コーナーでは二人であれやこれや試し過ぎて匂いが混ざり合い、結局鼻が鈍くなってしまった。

 途中ジュエリーショップがあったためてっきり千鶴が強盗しようぜ、と犯罪を犯すと思ったが別に宝石は眼中にない様子なのが意外だった。

 ガラス張りの連絡橋で自撮りをし、張り巡らされたペデストリアンデッキを右往左往し、惣菜屋では食べれそうなものをつまんでみる。

 

 わたくしも千鶴もかなり笑った。誰かと街中をただただ歩き回るのがこんなに愉快なことだと知っていれば、わたくしはもっと充実した生活を送れていたのだろう。金銭的な豊かさではなく、心の豊かさという意味で。

 世間のことをもっと知りたいと願えば、両親だって娯楽に時間を費やすことを許したかもしれない。

 

 わたくしは……自分から動いていたのでしょうか……。

 

 ただあるがまま運命を受け入れる人生が幸せではないと悟ったが、両親が死んだ今となってはもう遅い。

 

「てか……澄凰サンが遊びたがってたゲーセン、もうダメじゃん」

 

 中毒性を孕んだ光輝は見る影も無くなったゲームセンターで立ち尽くす。

 

「この辺に電力送るなんて私らじゃできっこないしな」

「やってみたかったですけど……間が悪いといいますか」

 

 ライトを右に左に動かすと、獲得されることなく囚われた景品たちが佇む。わたくしがイメージしていた抱えられるぬいぐるみもあった。暗闇でチャーミングな動物やキャラが収監された牢獄の連なりは、なんとも不気味だ。

 

「ホラゲーでこいつら動きだしそー。ダンダンダンってへばりついて見てくんだよ真顔で」

「悪趣味なこと考えますね」

 

 眼球をひん剥いたような顔をする彼女を一瞥する。そっちの方がホラー系に出れそうだ。

 

「でもさ今ならこん中入れんじゃね?」

「ちょっと千鶴」

 

 思いつくやいなやリュックやバッグを床にドサっと置いて、景品取り出し口に頭をツッコむ。迷いが無い。

 

「お、お? いける? ぐぬ……肩をうまくやれば……」

 

 お尻をぷりぷりさせて、あーでもないこーでもないと筐体をガタガタ言わせている。幼い子ならまだしも、いい歳した大人のなりかけがなにをしているんだか。見るに耐えない。

 

 こういうのは、わたくしの柄じゃないですよね……。

 

「先行ってますわ」

「え⁉︎ もうすぐ……キタ! 入れた! ワァ! ハローつぃーかわ!」

 

 きゃっほう喜ぶ新人受刑者を置いて、わたくしはゲームセンターを遊覧することにした。

 

 いろんなゲームがあるんですね……。

 

 大から小まで、遊び方も予想できない多様な筐体が並んでいる。ゲームセンターから連想するのは景品が得られるゲームだが、単純に遊ぶだけのゲームも多いみたいだ。

 

「これは銃? 銃撃戦ができるゲームでしょうか」

 

 リビングの壁掛けテレビのような大画面が搭載された筐体には、精巧なディティールの銃型コントローラーが用意されている。これを使うゲームということならばやってみたい気持ちはある。

 

 イーペックスだって楽しめましたし……。

 

「あのー」

 

 声がした。

 声の方向にライトを向ける。

 千鶴ではない。

 知らない男性がいた。

 クレーンゲームの角から半分だけ体を出している。

 男性は急に浴びた強い光に目をギュッとつむった。

 

「……どうされましたか?」

「いやぁちょっとお話でもどうかと思いまして。久しぶりに仲間以外に会ったものですから……あ、危害を加えようとかそういうわけではなくて、本当に。嫌なら断ってくれても……」

 

 その自信の無さそうな声を聞きながら観察する。

 身長はあるが、全体的に細身の印象。服装はジャージで、右頬のフェイスラインにはモノクロでも分かるニキビが三連でできていた。肌荒れがまだ落ち着かない大学生と予想する。おそらく歳上だ。

 

「そうですか……お話と言われましても…………今日は……いい天気ですわね」

「はは、確かに」

 

 千鶴以外の人間ということもあり、内心たじろいではいる。ただ相手も相当気弱そうなので話せなくもなさそうなのだ。危害は加えてくるとは思えない。

 

「すごく……お嬢様っぽいですね。雰囲気とか」

 

 まずい。

 

「い、いえいえ、そんなことない……ですよ。ただの女子高生です。じぇいけー」

 

 まずい。澄凰の者とバレるのは保身を考えれば絶対に避けねばならない。顔も割れていないし、髪だって以前とは似ても似つかないけども、万が一ということもある。気をつけねば。

 幸い男性は掘り下げてくれることもなく、次の話に進んでくれた。

 

「あなたは一人なんですか?」

「いえ、友人と生活していま……いるの」

「避難とかはしないの?」

「自由きままに生きたいって言ってたから」

「そう、僕たちと一緒ですね。僕と仲間もそういう感じなんだ」

「……」

「……」

 

 え、すごい話しにくいです。なんですかこの空気。

 

 学校に友人だっていたし、コミュニケーションに難ありな性格ではなかったはずだが、どうやら一連の悲劇のおかげで他者との対話に欠陥が生じている。話せるけど会話ができるとは言っていない。

 

「それなら……僕たちのグループに来ない?」

 

 キョロキョロ。彼は一秒以上目を合わせない。

 

「グループですか」

「そう。僕たちは今三人で最期まで楽しくいようってことで気ままに生きてるんだ。聞いた感じ、僕たちと合うと思うんだけど、どうですか」

 

 どう、と言われても困り果てる。わたくしたちがどこに向かうのかは完全に千鶴の舵取りなので、決定権がない。千鶴にお誘いがあったと報告することはできるが……。

 

「お、いた! 澄凰サンなんで先に行っちゃうん」

 

 後ろからスマホのライトが近づいてきた。思いを馳せていた相手がタイミングよく来てくれたのだ。

 

「出るの大変…………誰だお前」

 

 声が急降下した。

 

「あ、そちらがご友人……ですよね。偶然見かけてお話していただけなんです」

「そうなんです。ついさっき偶然」

「…………」

 

 千鶴は体を斜めに立ち、目線だけスッとわたくしに流すと、すぐに男性に向ける。引いた腰には目立たないように右手が近い。

 

「えっと、二人は近くで暮らしてる、のですか?」

「いえ、バ」

「バイト先の居酒屋にいる。近くの」

 

 バイクで、と言いかけた言葉を千鶴が強引に繋ぐ。

 

「悪いけど、もう行く」

「そ、そっか。話せてよかった」

 

 よい終末を、という彼の言葉を聞きもせず、わたくしは千鶴に腕を引かれて去った。

 なにかを警戒するようにそのまま足速にビルを出て隠したバイクの元へ。

 

「メットつけて。つけたら歩くぞ。急ぎめに」

「え、乗らないのですか?」

 

 思いもよらない指示にきょとんとする。

 

「今乗ったらバイクだって音でバレる。ある程度離れてから」

 

 時折後方を振り返りながら、裏道に入った。ヘルメットの内側、頭皮がじんわりと蒸れる。

 

「あんさー、言ったよね。会うやつ全員気をつけろって」

 

 その途中で息を切らしながら唐突に口を開いた。その口調がいつもより尖っている。

 

「怒っていますか?」

「怒ってるっつーか。てか私も勝手にはしゃいで油断してたのが悪い。てかそーじゃん。くそ」

 

 はぁ、と大きなため息が聞こえた。それは自身の失態に向けたものだろう。

 

「あの人臆病そうで、敵意みたいなのはありませんでしたよ」

 

 三連ニキビの人慣れしていない表情を思い出す。

 

「異質だと思わなかった?」

 

 千鶴は苦虫を噛み潰した顔をした。。

 

「あいつあの暗闇でライト点けてなかった。光が無きゃ右も左も分からないあの場所で」

「あ……」

 

 顧みるとあの人は筐体を眺めるわたくしにいきなり声をかけてきた。ということは声をかけられるまで気づかないくらいに存在感が無かったということか。

 

「その時点で普通じゃないだろ。ライトが無きゃゲーセンまで来れないんだから持ってはいる。だけど点けてない。真っ暗な空間でこっちの場所はよく見えてただろーね」

 

 存在感が無かったのではない。

 消していたのですね。意図的に。

 

「本当だ……」

 

 よくよく思考を巡らせれば怪し過ぎる。

 

「んで澄凰サンは臆病だって思ったのか。あのな、臆病なやつが見ず知らずの人間に自分から声をかけるってのが矛盾してんだ」

 

 人差し指を教鞭のように振る。

 

「するわけないだろ。そんな性格だったら私たち察知したら隠れてやり過ごす」

 

 指摘されればされるほどおかしな点が出てくる出てくる。だから千鶴は嘘までついて、迅速にあの場を離れたのだ。あのままい続けて、誘いに乗っていたら……。そう考えると末恐ろしい。

 

「企んでるよな。確実に」

「迂闊でした。申し訳ありません」

「私もだよ。悪かったね」

 

 来る途中、交番の会話を思い出す。

 千鶴に忠告されたばかりだったのに浅はかだ。相手が軟弱そうだったからと油断した時点で相手の思う壺だったのだろう。

 この世界に善意は残されていない。影で暮らしてきた千鶴の言わんとすることを、身を危険に晒して初めて理解できた。

 

「まぁいいさ、結果的になにも無かったわけだし、次回からは気をつけような。よしこの辺からバイク乗るぞ」

 

 歩くのに疲れたわたくしたちは一息ついてから、午後の街にエンジンを吹かした。

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