第17話
いつの間にかバイクは減速し止まっていた。思いの外早い。
「よぉし、まずは小手調べ」
キーを抜くと千鶴は髪の毛を解放するようにヘルメットを脱いだ。大変爽やかでよろしいが、わたくしはノロノロと死に体で地に足をつける。
「世の中の皆様はこの速度をものともせず走っているのですね……敬服します」
後ろにいただけでこの様だ。これで運転するなんてわたくしには到底できそうにない。
「いや、普通はもっとゆっくり。かっ飛ばしてスピード違反」
「は? また犯罪を犯しましたの?」
「いーじゃんいーじゃん。こんな世界じゃないとできないもん。きもちぇー」
「あなたって人は……」
「そんなんしてたらこの世界楽しめないぞー。はい行くよ」
そう言われて初めて目の前の建物を認識する。そこは一昨日わたくしがから揚げを買ったコンビニだった。以前は商いとして機能していたが、今やガラスは割られ風通しが大変よろしい。店員はおろか人の気配は感じられない。
「誰もいないみたい……ですわね」
「そうみたい。お邪魔しまーす」
自動ドアを自力で押し開けていく彼女に続く。
「おお、すっげぇ。ゲームみたい」
「暗い……」
電気が止まった店内は陽当たりが悪くわたくしにはほとんど見えない。スマホのライトを点灯すると千鶴も同じように照らしてくれた。
そのお気遣いができるのならバイクでも多少はお願いしたいですけどね。
店の床にはガラスの破片と棚から落ちた商品が散乱している。ガラスの煌めきこそ視認できないが一歩踏み出す度にチリ、チリと鳴る音が確かにその存在を主張していた。
「商品は持ち出されたのですかね……」
「ご自由にお持ちくださいって感じ」
陳列棚の間を歩く。お菓子や惣菜、パン類のほとんどは姿を消していた。対してまだ残っているのは調味料や生活用品、書籍。確かにこのご時世なら多くは必要ないものばかりだ。洗剤やら雑誌やらを大量に持ち出しても使い道なんてない。
あわよくばから揚げ以外も試したかったですけど。肉まんとかピザまんとか。
「澄凰サーン。ちょっとこれ持って」
声のほうを顧みると千鶴が棚の角からひょっこり現れる。
「なんですそれ?」
千鶴の華奢な手でもすっぽり収まる小さな箱。0.01という番号が振ってあるがなにを意味しているのだろう。
「いいからいいから。持って〜」
意図も実態も不明だが、お店にあるものに危険なものはないだろうと受け取る。見た目通り軽い。
「おかもと……ゼロワン」
箱の面にはそう書かれている。
「っふふ、いいね。ちょっとそれ見せながらこっち向いて、っはは」
「なにを笑っていますの」
パシャ!
残された機能の一つであるスマホのカメラがわたくしをフレームに収めていた。
「はははっ! ヤバい、あの澄凰お嬢様がコンドーム持ってんのなんかおもろい! ぜってぇあり得ない組み合わせ!」
「あなたね……」
「あ、知ってる? コンドーム」
「知っていますわよ! それくらい。こんなことで大笑いできるなんて随分と幼稚ですわね」
なんてものを持たせますの! 呆れますわ、ほんと。
わたくしの言葉なんて気にもせず、
「これ置いときますわよ。いらないでしょう」
「ぶふっ、スイーツコーナーにゴムあるッ、意味分かんな、はは」
これも写真撮ろ、と棚に置いたコンドームに向けてまたスマホを構えていた。
お下品だこと。一般的な方々はこんなのが面白いのでしょうか。
「あーウケた。てかここにはめぼしいもん無いね」
「あなたが笑い転げられたのなら収穫はあったのでは。行きますわよ」
「なんか冷たーい」
もうここにいても得られるものはない。だったら他を当たるべきだ。
懐中電灯もしまい、店員不在のレジカウンターを通り過ぎる。
「ねぇねぇタバコごっそり抜かれてるよ。酒も片っ端から無かったし、人間みんな好きだよなぁ」
千鶴はレジを挟んだ向こうの空虚な棚に向かって喋っていた。この前の一回だけ目にしたことがあるが、平時ならばあそこにタバコが詰まっているはずだ。
「無免許運転の犯罪者さんは嗜みませんの?」
陽の元に出るとバイクのシートはほんのりと温かくなっていた。
「酒はたまに。ヤニは一回だけ吸ったことあるけど、もうやってないな」
「あら意外。その辺りの不健全な行いは網羅しているのかと」
千鶴なら軽犯罪なら常習犯かと思っていたが違うみたいだ。
「その一回はな、めちゃくちゃ気分が落ち込んでるときにキメたんだよ。もう最悪だわ、どーでもいいわみたいなノリで」
ご丁寧にスパスパする仕草もつけてくれた。
「だけどそんとき初めて吸ったのがまぁ不味くて不味くて。そしたらなんでこんな落ち込んでんのに、こんなゲロ不味いもん吸ってんだよって、逆にアホくさすぎて立ち直ったわ。ははっ」
「猫草みたい」
「猫?」
いつだったか読んで得た猫の知識に通じるものがある。
「猫って草を食べますの。栄養的には不必要ですけど、胃の毛玉を吐き出すために食べるそうですわよ。それにそっくりじゃありませんか」
「そう言われりゃそうだな。私は猫か。愛されちゃうな」
「猫はコンドームで下品に笑いませんけどね」
「ちぇー。てか見て見て」
「今度はなんです」
またまた片手サイズのもの。太陽光のおかげで表面の派手な光沢がキラキラしている。そして薄い。
「説明しよう! これはカードゲームのパック。世の中にはトレーディングカードゲームつって、カードを集めて対戦するゲームがあるの。このキャラは知ってるだろ」
よく見ればわたくしでも知識のあるポケットに収まるモンスターのやつだ。某電気ネズミがパッケージに描かれている。大人気国民的コンテンツがカードゲームとして展開され売り出されているのだろう。
「これはその拡張パック。運がよければめちゃくちゃ強いカードが入ってる! ……んだけど私は別にやってないからおみくじ感覚で開けまーす。ちなレジ横から持ってきた」
「……泥棒猫」
「おーーーーぷん! おおお! なんか虹色にキラキラしてる! 他のよりえっぐい加工してるわ! ぜってぇいいやつだ! てかこれあれじゃん! リザー……なんだっけ、弱いやつはいらないの子。よく分かんねーけど!」
「はぁ……」
ヘルメットを被り、顎下でパチンと留め具をつけた。
どうやら、おみくじは大吉を引けたようだ。
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