第15話

 ショットガンが火を吹いた。

 バァンッ!

 わたくしにも聞こえた大きな、とても大きな音。

 それはわたくしの銃声。

 

 ではなくて。

 

「はぁ⁉︎ ゲーム落ちた——てか全部落ちてんじゃん!」

 

 部屋の家電が一斉に動力を失った音だった。

 信号が途絶したヘッドフォンに真っ黒な画面。わたくしの目の問題ではなく単純に点いていないだけ。

 

「おいおいおいおいおい!」

 

 ゲーミングチェアをガタガタ言わせて立ち上がった千鶴は、光源を失った部屋を明るくするためにカーテンを開いた。

 モニターに反射して映る少女はコントローラーを握ったまま離さない。一言も発しない。白と黒の世界で佇む。

 少しだけ。

 だけどその表情は感情的で少しだけ物足りなさを滲ませていた。

 

「はぁ⁉︎ なんも点かねーじゃん! モニターも! 電気も!」

「……そうみたいですね」

 

 テレビのリモコンをあれこれ押しても反応はない。

 

「はあああああ……ぜってぇ勝てたじゃん! 今んところ! チャンピオンも行けたし! ふざけんな。あーくそ! マジでくそ!」

 

 あと一歩であの敵を倒せた。相手の取りうる手を全て退けて銃口を突きつけたのだ。間違いない。

 この魂のくすぶりとも形容できる不完全燃焼はきっと悔しさなのだろう。久方ぶりに味わう。

 しかしそんな悔しさも、悪態をつきながらカチカチカチカチとマウスを連打する彼女を見ると、少しずつ冷めていった。

 

「停電はブレーカーですかね……見に行きましょうか」

「ちっ……しゃーねぇ行くかぁ。あーゴミ!」

 

 窓からの陽光とスマホのライトを頼りにブレーカーがあるらしい電気室へと急ぐ。

 

「ぐおおおおお! 納得いかねぇ。もーイーペックス君さぁ」

 

 道中も不満は絶えない。

 

「停電はどうしようもないでしょう。イーペックスは悪くありませんよ」

「だけどさぁ、澄凰サンがあともうちょっとで勝てたんだよ? 初心者なのにほぼタイマンで。めっっっっちゃすげえことなのに、あの仕打ちってマジくそだろ。信じらんねぇ」

「そんなこともありますよ。人間の力じゃどうしようもありませんわ」

「えらく諦めが早いっていうか、すんなり受け入れるのな」

 

 確かにさっきは悔しさとやらが胸中にいたが、それももうどこへやら。

 

「全て失えばこんな感じになりますわよ」

 

 ただ心のままの発言に千鶴は、笑えねぇ、と表情を強張らせるのみだった。

 

「うお、くっら」

 

 辿り着いた電気室には窓が無く光源は存在しない。ライトを天井付近に当てると目的のそれは壁の高いとこにあるのが分かった。

 

「わたくしが見てみましょう」

 

 わたくしも千鶴もそのままでは高さが足りないので近くの椅子に乗って確かめてみることに。

 

「ほほー」

「どう?」

「ふむ、これがブレーカーですか……」

「…………はぁ、お嬢様変わってくれ」

「はーい」

 

 ブレーカーと進言しておきながら実際見るのは初めて。家の電気を司る設備、存在だけ知ってるものって感じなので、目の前の箱がどういう状況なのかはさっぱりだった。

 

「落ちてはない……っぽい。なぁ、停電ってブレーカーが落ちたらなるんだよな?」

 

 視線はそのままこっちに問いかけてくる。

 

 ふん、そんなこと愚問。一切分かりませんわ。

 

「伝承ではそう聞き及んでいます」

「くそ程当てになんねぇな。えー直んのこれ」

「あの……なにも知識はないですが、ブレーカーが壊れていないのならば、電気の供給ルート、電力会社とか発電所が止まったということでは?」

 

 ブレーカーに向けてた視線とライトをこっちに向けてくる。おかげで全部真っ白。

 

「ぜってぇそれじゃん。フツーに考えて」

「ご時世柄ですね」

 

 世界の終末だ。律儀に仕事を続けて電気を届けてくれるほうがおかしいだろう。従業員にだって人生はあるし、自分なりの終わり方もある。寧ろ今の今まで給電してくれてありがとうございますってところだ。

 

「じゃあさ、これって機械が壊れたわけじゃないから、電気さえあればまた点くよな?」

「おそらく……?」

「ふふふ、金持ちの家舐めるなよ」

 

 千鶴はそう笑うと、台から飛び降り別の制御パネルに向かう。

 

「ちょ、これで照らしてて」

 

 スマホを持ったままわたくしは立ち尽くすだけ。いったいなにをしようというのか。

 その答えはしばらくして明かされた。

 

「あら」

 

 部屋の電気が煌々と点いた。

 

「じゃじゃーん。これぞ自家発電。設備確認しておいてよかった」

 

 したり顔でピースを決めているのがよく見える。

 さっきのは発電機をいじっていたようだ。

 

「素晴らしい。日頃から有事に備えていたのですね。ご自宅に発電機があるなんて」

「私が買ったわけじゃないし、知んねーけど澄凰サンちにもあるんじゃね?」

「うーむ、そうなのでしょうか」

 

 全く把握していない。あったとしても使い方も分からなくて、宝の持ち腐れだ。

 

「なにはともあれ死ぬまでは電気使えるぞ。ガソリンもそれ用があるし。ただし一応節電は心がけてくれよな」

「はーい」

「電気は有限なのだ。さてっと……ゲームすっぞおおお! 仕切り直しだ!」

「おー」

 

 今度こそ勝ち残ってみせる。

 その決意を灯すと自然と奥歯がギリリと鳴った。

 

「ノリノリだねぇ」

「一度始めた戦いは勝つまでやり抜いて、相手を分からせろと教わりましたから」

「それ……主に裏仕事の教えじゃね?」

「……かもです」

 

 熱血系の教えだと捉えていたが、汚れ仕事の実情を知った今だと解釈が異なってくる。どちらかと言うと反社会勢力が掲げていそうなスローガンだ。

 

「途端にろくでもない言葉に思えてきましたわ。発言者の立場で言葉の重みってこんなに違うのですね。新しい発見ですわ」

「まぁ親のことなんて置いといて。せっかくなんだから楽しもうぜ」

 

 部屋に戻ると主電源が入りっぱなしだったのでテレビが既に点灯していた。もう準備万端。

 

「電気あるって素晴らしいですね」

「だな。感謝の気持ちを忘れちゃならんね」

「もちろんオンライン対戦もできるのでしょう?」

「たりめーだろ。ていうかできなかったらそれこそ終わ…………」

 

 意気揚々とした口調が切れの悪いところで止まる。

 千鶴は眉根を寄せていた。

 

「できるよな?」

 

 そんなの愚問。

 

「分かりませんわ」

 

 わたくしに聞くなと顔に貼り付けて首を傾げてみせた。

 そうして恐る恐る起動させたゲーム画面。

 そのすみっこではアンテナアイコンにバツがついていた。

 

「…………」

「…………」

 

 流石にわたくしでもそれが意味することくらいは予想できてしまう。

 ゲームのサーバーとか対戦相手よりも先に逝去したのは地域一帯のネット回線だった。

 

「…………クソゲー」

 

 こうしてわたくしの最初で最後のイーペックスは不完全燃焼で幕を閉じたのだった。

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