第13話

 敵方は一人落としてる。こちらが人数有利。ならば一対一で撃ち合う場所よりも、私たち二人が同時に撃てる場所がいいはず。今逃げ込まれた建物に愚直に入るのは……。

 

「私が逆のドアから入る。合図と同時に挟み撃ち。それまで待機」

「了解」

 

 考えは同じというわけだ。プロではないにしても、手練れの千鶴と同じ結論を導き出せたのは素人ながら嬉しい。

 わたくしはドアにピタリとつくとそのまま息をひそめる。キャラがではなくわたくし自身が。

 そして。

 

「GO!」

 

 ドアを押し退けるように攻め込んだ。

 明るい。瞬時に状況把握。

 敵は千鶴に銃を構えている。焦りからかこちらを完全に失念しているようだ。

 行ける。

 その背中をサブマシンガンから飛び出た銃弾が次々と喰らい切り裂く。

 やがてすぐに沈黙が訪れた。

 

「ナァイス〜。エイムお化け〜」

「どうも。褒められてる気がしませんね」

「褒めてるよ。すぐ適応できるあたり一流お嬢だよな」

 

 千鶴の言いつけ通り、すぐに相手の亡骸を漁りながら短く返した。

 注目されていなかったとはいえ、自分の操作で誰かが動かすキャラを倒すことができたという高揚は奥底で静かに湧き上がっていた。コンピューターではない。この地球の誰かと勝敗をつけられたのだ。

 

 ……悪くありませんね。

 

「周りも敵いない……これで初動は勝ちやな。よぅしようやくスタートってわけだ」

「さっきまでは散々でしたからね」

 

 イーペックスはチーム戦のバトルロワイヤルだ。全プレイヤーは無手でフィールドに降り立ち、拾うないしは相手から奪うことで自らの装備を強化しつつ最終戦に備える。

 つまりスタート直後は全員裸一貫というわけだ。どんなにやり込んだプレイヤーでも、どんなに課金したプレイヤーでも最初に拾える装備は等しく運次第。始まりの混迷は誰もが勝利と敗北の可能性を併せ持つ。

 

 そうしてわたくしたちは二回連続で敗北を引き続けていた。一回目はこちらがハンドガンしか拾えず火力の差で撃ち負け、二回目は千鶴が一組を片づけて疲弊したところを別の輩に横から持ってかれた。漁夫の利は日常茶飯事らしい。

 三度目の正直、ようやくわたくしたちはバトルロワイヤルを始められる。さっきまでは辛酸をたっぷりと舐めさせられてきたのだ。楽しませてもらわないと割に合わない。

 

「ねぇ。これってもしかして……」

 

 わたくしは床に落ちている武器にカーソルを合わせた。

 

「そりゃ、コンパウンドボウだな。連射力は無いけど一発がデカいスナイパーみたいなもん。あと静か。お、紫アーマーあるじゃーん」

「ほうほう」

「あれか、弓道部の血が騒ぐ的なやつ?」

 

 ズバリ、その通りだった。

 機械仕掛けによって通常の弓よりも軽い力で優れた威力・命中精度を実現した近代弓、それがコンパウンドボウだ。細くしなやかな弓と違って、メカニカルなゴテゴテが施され、上端と下端の滑車が一際目を引く。わたくしが弓道で操る弓とは仕組みが異なりはするが弓は弓だ。銃よりも手に馴染むだろう。

 

「これ使いますね」

「いいんじゃない。澄凰サンエイムお化けだしスナイパーが合ってるよ。接近戦よりもキャラコンの負担無くなるし」

「だから、化け物扱いは心外です」

 

 バシュッ!

 飛翔した矢は頭上を飛び回るアイテムポッドの中心を鋭く射抜き落とした。

 千鶴いわく、わたくしの射撃センスは尋常ならざるものらしい。動き回る標的も小さな標的も狂いなくヒットさせる。それをモノクロの世界で。

 わたくしとしてはただただ撃っているだけなので上手いという自覚は無いのだが、初心者としてはありえないレベルだという。そしてプロだのなんだの言われて、最終的な呼び方がエイムお化けだ。もう少しマシな名前をつけてほしかった。

 

 千鶴またいわく、このゲームは撃つのが上手いだけでは勝ち残れない。撃たれにくく撃ちやすいポジションをとられ、キャラクターコントロールで翻弄されればわたくしはあっという間にダウン状態だ。事実、開けた地を逃げ回る千鶴に当てることは造作もないが、視界を揺さぶってくる接近戦には一度も勝てていない。大局的な勝者になるにはゲームを見通す慧眼とテクニックが必要のようだ。

 

「あのピンのところ、やり合ってる」

 

 先行する千鶴がマーカーをつけた先で銃撃戦が行われている。

 

「あれが戦い終わったら……あ、終わったわ。一人落ちてる。あれ……蘇生いれるな。澄凰サン撃てる?」

「ええ」

 

 岩陰で滑り込むと、低い姿勢のまま弓を最大まで引き絞る。

 相手は味方を蘇生しており無防備だ。

 息を止め、スティックに触れる指先に全神経を集中させる。

 一撃で。

 

「ふっ——」

 

 黒い飛沫しぶきの花が咲いた。

 

「ヘッドショットですわ」

「ふっふー! すごいすごーい! 天才!」

 

 経験とテクニックに優れる千鶴が前衛で舵取り、正確な射撃を行うわたくしが後衛でサポートする。

 この布陣で着実に勝利を目指す。

 

「ふふ……」

「笑い声漏れてんぞー。もしかして結構楽しい?」

 

 次のポジションを目指して野を駆けていたら、耳元でそんな声がした。

 

「ええ。楽しいです。わたくし気に入ったかもしれません」

「おーマジ⁉︎ こいつぁ誘った甲斐があるねぇ」

 

 わざわざする必要なんてないのに、ゲームのキャラクターがこちらを振り向いた。おまけに飛び跳ねる。

 

「誰かを撃ち殺したときの爽快感がなんとも言えませんね」

「うわ、感想こわ」

「言葉選びが悪いですけど、だってそういうゲームでしょう?」

「それはそうなんですけどね。じゃあもっっっと楽しくなっちゃおう!」

 

 てれれっれれーと千鶴のキャラクターが召喚したのは名状し難い変なオブジェだ。古代エジプトで祭事に使われてそうな禍々しさ? がある。

 

「これは分かりやすく言うと死んでも一回だけここに戻ってこれる便利アイテム。このキャラのウルト。向こうに敵がおるじゃろ。これ使うじゃろ。突撃ぃぃぃぃぃぃッ!」

「ちょちょっと待って」

 

 ぶんぶんぱらりらぱらりら、口で奏でながら突っ込んでいくのでわたくしも慌ててついていく。よく分かんないけどオブジェにも触っておいた。

 

「作戦は⁉︎」

「敵を撹乱! そんで殲滅! 生きて返すな!」

「さっきまでの丁寧さはどこへ⁉︎」

「だって楽しくなってきちゃったんだもん! はい割ったァ! 肉肉肉肉肉! 肉60! 詰める! ローローローロー!」

 

 なに言ってるんですかこの人。

 

 サバンナの部族の狩りみたいな雄叫びの意味はまるで理解できない。

 

 ですけど…………まぁ、楽しいからよしとしましょう。

 

 そうとなれば遅れを取るわけにはいかない。わたくしには千鶴の背中を守る役目がある。

 

「ろーろーろーろー」

 

 意味は知らないままとりあえず叫びながら弦をピンと張った。フルチャージ。最大の威力が出る。

 標的は千鶴の背後を取ろうとしている一人の敵だ。このままでは千鶴が蜂の巣になる。

 発射。

 胴体に命中。

 その一射で倒すことは叶わない。しかしこちらの存在を知らしめ、警戒させるには充分だ。

 敵は遮蔽物がないその場に留まることをよしとせず、千鶴を撃つことなく身を引いた。生存する上では賢明な判断である。

 しかし相手のパートナーにとっては不幸だった。

 

っちゃうよ〜ん」

 

 わたくしが一人を足止めしたことで、もう一人は千鶴とのワンオンワンを強制される。既にライフは少ないのに、強者千鶴との撃ち合い。素人目から見ても勝ち筋が見えない。

 そしてそれはすぐに現実となる。

 千鶴はインファイトを得意とするショットガンを携え物陰から物陰へ、稲妻の軌跡を描いて肉迫する。敵も倒木から迎撃するが、数発当たったところで勢いは殺せない。

 

「じゃあね」

 

 とどめの一撃は倒木から覗かせた顔面への散弾だった。

 鮮やかだ。

 見惚れてる暇なんてないのに、そうしてしまうほど。

 千鶴はわたくしが知らない世界で羽を伸ばしている。まるで自分の生きる場所がここであるかのように存在感を放ちながら。

 そしてなによりも楽しそうだった。

 

「ワンダ〜ウン。武器変えるからそっち攻めないでね。あとスキャン撃って」

 

 てきぱきと自分の身支度をしながら飛んできた指示に、呆けていたわたくしは我に帰る。

 

「スキル……」

 

 それはゲームのキャラクター各々に設定された固有能力だ。わたくしは初心者でも使いやすいスキルを持つキャラクター、ブラッディドッグを薦められ使っていたが、すっかり役割を忘れていた。

 

 ええと、スキルのボタンは……これでしたっけ。

 

 ボタンに反応して周囲がパッと明るくなった。次いで人のシルエットがぼうっと浮かんだ。確か事前説明では敵の位置が分かるとか言っていた気がする(銃撃戦で失念していた)。

 

「あーあれ逃げてるわ。一人落とされて勝ち目ないって思ったな」

 

 確かに人のシルエットはわたくしたちから離れるように走っている。

 

「追いかけましょうよ。全滅させましょ。やれますわ!」

「いいや、行かない」

「どうして? こんな絶好の機会なのに。もったいない……」

 

 突出した千鶴の位置ならともかく、わたくしの位置なら追撃は充分可能だ。追撃戦なら正面バトルよりも勝算は高いはず。わたくし一人でもやってみせる。

 

 わたくし、キルがしたい。千鶴のように鮮やかな動きで気持ちよくなりたい。

 

「落ち着いて。あそこの窪地、別チームが来てる。あんま顔出すなよ。抜かれるから」

「え、どこに」

 

 示してくれた方角を見ると確かに伏せた人物が二つ。既にこちらを狙いすますように銃口の深淵がこちらを覗いており……。

 

「うっ!」

「だぁから出すなって。言わんこっちゃない」

 

 中々に強烈な一撃をもらった。相手もコンパウンドボウと同じ一発が強い武器を持ってる。ライフが四割も持っていかれた。

 

「どっちかが完全に潰れるタイミング待ってたんだろ。今やられないでね。さっきのウルトが発動して死に戻られたら分断だから」

 

 千鶴の声色はさっきの戦闘狂が嘘のように冷静だ。目の前の戦闘を繰り広げながら、状況把握もしていた。もしかしたらさっきの無策に見えた吶喊とっかんもなにかの策や勝機があって敢行されたのかもしれない。

 

「戦闘欲があるならあっちに向けてくれ。戦狂いは狂うだけじゃなくて頭を使って狂いな」

「すみません……ではどうしますか?」

「んー澄凰サンはどうしたい?」

「わたくし?」

「倒すか、逃げるか」

 

 わたくしは…………勝ちたい。

 敵を撃ち倒して勝ちたい。

 

 先程諫められた思いはゲームを楽しみたいという本音だ。

 

「やりたいです!」

 

 ヘッドセットのマイクに思いの丈を吹き込んだ。

 

「じゃあシンプルだ。自分が当たらないように敵に当ててくれ。スナイパーで一人落とせれば人数有利。倒せなくても大ダメージを出せれば、相手は回復に入って銃口が減る。そしたら距離を詰められるってこと」

「分かりまし——」

「ただし! それは敵も同じこと。澄凰サンが喰らえば向こうが詰めてこっちがお釈迦。できる?」


 だから当たらないように当てるのか。

 

「千鶴は加勢してくれないのですか?」

「するけど、この場面でいっちばん頼りになるのはその天才エイム力だから」

 

 そこまで言われたらやらないわけにはいきませんね。

 

 タイミングよく千鶴が付与してくれた死に戻りの効果が切れる。分断されて各個撃破という最悪なシチュエーションは無くなった。

 

 いいですわ。

 

「お任せを。必ずや勝利の鍵となってみせましょう」

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