第29話 虎と鬼神
銃声がした。
その音に野亜が振り向き、心配そうにシャラクを見る。
「父なら大丈夫ですよ。それよりも……」
シャラクの言葉を継ぐように、爆発と共に三人の男たちが雪崩れ込んでくる。
濃い煙を引き裂く銃声の中、複数の足音の気配を正確に捉えたシャラクが数秒の間に一人を制圧した。
野亜は倒れた男から銃を剥ぎ取り、柱に身を隠しながら軍靴のような足音に目掛けて発砲する。
風が吹き、煙が晴れる。
野亜の弾が命中したのか、二人目の男が太ももを抱えながら倒れていたのが見えた。
だが、シャラクの姿が見当たらない。
離れた場所で金属がぶつかる音が聞こえた。
――外だ。
その場所へ向かうと再び鈍い音が火花となって散り、二人の男が距離を取っていた。
「……あの剣は?」
困惑する野亜の視線の先には、独特な形状の単剣「ジャマダハル」を持つシャラク。
対する男は、銃剣による帝国式の構え。
極端に低い姿勢で身体を揺らしながら相手の隙を伺うシャラクが、まるで得物を狙う虎のように見えた。
シャラクのリズムを掴んだ男がその振り子に合わせて、照準を絞る。
それを見切ったシャラクがリズムをずらし、低い姿勢のまま猛獣のような殺気で襲い掛かった。
刈り取る側が狩られる。
捕食者の罠にかかった得物は、慌てるように出鱈目な照準で引き金を絞るが、当然当たるわけもなく。
鋭い突きで横腹を裂き、驚異的な体幹から生じる回し蹴りで顎を砕いた。
先ほど感じたイメージのまま、相手に一礼をするまでの僅かな間、野亜にはシャラクが本物の虎のように思えて、息を抑え、震える肩を懸命に抑えた。
「……す、凄い体術だな」
「カラリパヤットです。父の、天竺の武術です」
この親子は、潜り抜けた死線が桁違いだ。
そう結論付けるには十分な余裕を、シャラクから感じ取った。
安堵した野亜がシャラクに駆け寄ると、
「野亜さん!」
再び虎のような形相で野亜へと走り、体をぶつける。
同時に銃声が響き、野亜の目の前で血が舞う。
視界の端のマズルフラッシュの残像が、瞬きをしても網膜に焼き付いて離れない。
見ると自分が制圧したと思っていた男が硝煙の中、虚ろな目で口角を上げていた。
「シャラク!」
「……ご無事ですか?」
「私よりお前だろう!? あ、ああ。すまない。本当にすまない……」
肩の肉が抉られているように、歪な三日月を描いていた。
なぜあの時、止めを刺さなかったのか。
シャラクの傷口を必死に押さえる。
指の隙間から血と一緒に、後悔が滲み出す。
シャラクは今にも泣き出しそうな野亜を安心させるように無理に笑った。
「野亜さん。リビングの木箱の中に、救急箱があります。それを……」
「わ、分かった!」
振り返った瞬間、小さな炸裂音が響いた。
銃声ではないその音は、何かの合図にも思えた。
先ほどの男を見ると煙る筒を握りしめ、気絶をしていた。
何かが来る。
悪い予感が的中。ふと頭上が暗くなり、大きな物体が通り抜けた感覚がした。
「……ヴァルク級!? そ、そんな!」
自在に稼働する六つ足に、右腕には重火器。
背中には固定砲台を一門搭載した、異形の巨躯が二人を見下ろしていた。
「くそっ! さっきのは、こいつの起動合図か!」
動力の唸りが、人を威嚇するかのように重低音を響かせる。
大きな音は時として人間の芯に恐怖を刻み込む。
何重にも空気を裂く音がシャラクと野亜を委縮させた。
まるで人間の怯えを“観察して楽しむ”かのように、7.7ミリの重機関銃が、嘲笑うように跳ねながら火を噴く。
「シャラク!」
カシームが柱の陰から様子を伺う。
おそらく全員が建屋に避難した瞬間を狙い、背中の固定砲台で一掃するつもりなのだ。
カシームが手短にハンドサインを送る。
野亜には理解できなかったが、シャラクには伝わったようだ。
「野亜さん。これから父が外に出てあれの注意を引きます。その隙に我々は家に逃げ込みましょう」
「だが、そんな事をしたらカシームが!」
額に脂汗をかきながら、シャラクが小さく笑う。
「あの父が、そう簡単に殺されると思いますか?」
どんな人間でも7.7ミリの機関銃では木っ端みじんになるのだが、
「はっ。……今理解したよ。お前たち親子は、脳筋ってやつなんだな」
釣られて野亜の口角も歪に上がる。
「時間がありません。家に入ったら、すぐそばに地下室があります。構いません、私をそこへ放り込んでください」
「何を……っ。何か、考えがあるのだな?」
無言で頷き、カシームへサインを送る。
カシームが三秒の時間を切る。
野亜には、そのたった三秒がどうしようもなく長く感じられた。
三者が一斉に動き出す。
ヴァルク級の大型導機兵は的を絞りかね、シャラクを抱えた足の遅い野亜へ照準を向ける。
「ちっ! 軍用の高度なホムンクルスを積んでいるのか!」
「……野亜さんの、足が、遅い、だけです……!」
「うるさい! 余裕だな、お前!?」
後方から迫る銃撃。
地面を削る音が野亜の服の一部を掠めた。
その瞬間、カシームの強烈な蹴りが鈍い音を響かせた。
人のものとは思えぬ威力で導機兵が態勢を崩す。
その隙に、二人同時に家屋に滑り込み、左に見えた地下室の入り口にシャラクを放り込んだ。
「――ぐっ!」
傷を庇いながら、階段を転げ落ちる。
壁に背を預け、踏ん張りながら立ち上がった。
灯りを求め、エーテリス照明を点す。
そこには、布を被った導機兵が膝をついていた。
血が付いた手で、培養管のホムンクルスをカートリッジに挿入する。
駆体の後頭部を開け、痛みで震える手を抑えながら、カートリッジを組み込んだ。
「おはよう、スラジュナ。……さぁ、戦いの時間だ」
スラジュナと呼ばれたホムンクルスが駆体にエーテリスを走らせる。
サブ動力音良好。各部気圧、問題なし。
口と腹部にある給気口が空気を循環させる。
プラーナ同調式メイン動力、正常稼働。
「……行け、ラクサーシャ」
駆体の相貌に灯る青。
導機兵ラクサーシャ。
四つ腕の鬼神が、ゆっくりと立ち上がった。
「……頼んだよ、スラジュナ」
名を呼ばれたホムンクルスが頷くような動作を駆体に送った。
それを見届けた安堵の呼吸が、シャラクの胸を通り抜ける。
痛みと出血で視界が白んでいき、やがて闇に沈んだ。
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