白雪の若獅子

第■■■話 リーシャ・クドリャフカは悪だったのか?

 その大罪人が、帝国の封印を破壊した日から、今日でちょうど七十年となる。

 大罪人の名前は、リーシャ・クドリャフカ。

 後にも先にも、ただ一人【大魔導士】と呼ばれた女である。


 この女の人生を調べるほどに、運命とやらに見捨てられていた事に、深く同情する。

 おそらく闘技場で戦っていた時が、人生において一番幸せだったのだろう事も、簡単に推測された。

 私は、長い帝国の歴史において筆舌し難い大罪に焦点を――。

 いや、光を当てるべく、一人の女性とコンタクトを取った。

 ダリア・アウラ。

 彼女はリーシャ・クドリャフカの親友だったのだという。

「……初めに、私とリーシャは今でも親友です」

 そうはっきりと口にしたダリアは、少し強い視線で私を見た。

 その瞳は、親友である事の覚悟のようだと感じられた。

「では、貴女が知る限りのリーシャ・クドリャフカについて、教えてください」

「私にとって彼女は、今でも「リーシャ・アウラ」なんですけどね」

 寂しそうな声が、耳に残った。

 彼女はそっと目を閉じ、まるで懐かしい写真でも眺めるかのような笑みを浮かべた。


「私が知る限り彼女は――」

 そこから語られるリーシャ像は、どれも帝国の記録とは異なるものであった。

 私の認識、いや教科書でのリーシャという人物は、冷酷。

 そして目的の為に虐殺すら選択肢に入れる非道なる存在。

 魔法、魔術は当然として、他国の導機兵の技術等、あらゆる術を会得した、文字通りの大魔導士に足る女。

 だが、彼女が語るリーシャは、どこにでもいる普通の女の子だった。

 それがなぜ。

 あのような惨劇を引き起こしたのだろうか。


 帝国の崩壊。

 それが、リーシャの犯した罪。

 それによりダリアの、彼女の両親が巻き込まれたとしても――。

 はっきりと言い切る彼女に、私は息を呑んだ。

「今でも思います。私はであったのだと」

 ポツリと呟く彼女の目には懐かしさと寂しさが複雑に同居しているように見えた。

「確かに、リーシャのした事のみを見れば、大罪人として歴史に刻まれる事でしょう」

 彼女は言葉の最後に、「でも」と付け加える。

「果たして、本当にそうなのでしょうか?」


 私はその問いに何も答えられなかった。

 リーシャが犯した大罪。

 それを認めてしまう事は、歴史そのものの敗北を。

 そしてリーシャの思想の勝利となるからだ。

 彼女は、茶で口を濡らし、再び私に向き直る。

「あの時代、誰もが正しい事を行い、皆が緩やかに壊れていたように思います」

「……貴女の言う全ての人の正しい行いが、帝国を戦火へと突き進めていった、と?」

 少し強めの問いに、彼女は静かに首を振る。

「最善の結果が、必ずしも最良を運ぶとは限らないでしょう?」

 私の問いが鏡のように自分に返ってくる。

 それは問いであるのと同時に、彼女なりの回答であった事は明白だった。

「思えば、リーシャは初めから、……壊れていたんだと思います」

「それは、つまり、先ほど語ってくれたリーシャ像は、虚構だったと?」

「……私や、私の両親、アウラ地区のみんなが彼女を守っていました」

 その言葉に棘などは無く。

 だからこそ、私は違和感が拭えなかった。


「では、最後に――」

 この問いに対する回答で、リーシャという大罪人の……。

 歴史における評価が決まるであろう事を、私ははっきりと理解していた。

「最後に、なぜリーシャは。……いや、どこで変わってしまったのでしょうか?」

 彼女の顔の皺がぴくりと動く。

 聡明な彼女は、この意図に気付いたのだろう。

 老いた目で天井を見上げ、言葉を探すように目を閉じる。

「市内で、テロに遭ったと、聞いています」

「……その時代ですと、北方の?」

 彼女は静かに頷く。

 僅かだが、彼女に疲労の色が見えてきた。

 そろそろインタビューを切り上げた方が良いだろう。

「それは偶然だったのでしょうが。……その一言で語るには、運命とはあまりも――」

 項垂れる彼女に、声を掛けるのを躊躇ためらわれた。

 諦めたような笑み。

 それっきり、彼女は何も語ろうとはしなかった。


 過去に放たれた意志・罪・選択がめぐり、時間と他者を媒介にして、ひびきながら姿を変え、今へと戻ってくる現象。

 仮にそれを【廻響かいきょう】と呼ぶのなら。

 運命の女神ファム・ファタール。

 その本質は残酷であると、言わざるを得ない。


 ――後の歴史に問おう。

 リーシャ・クドリャフカ。

 果たして、彼女は「悪」だったのか?

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