第20話 黒い契約、白い覚悟

「――兎雪。

 白鹿工房の最新作。

 弊社はこれまで、延性積層構造『雪貝ゆきがい』と、サンドイッチ複合板『兎芯としん』を主軸とした商品展開をしてきた。

 しかし、加工の難易度、合成分布の不均等一。

 及びコスト高騰という共通問題を抱えていた。

 ……要するに、その従来品を新技術によって、結合。

 加工の難しさもコスト問題も、みーんな頑張って解決しましたーって感じか」


 リーシャが渡された資料を放り投げる。

 机の周囲に紙が舞い、一枚が鼻先に羽のように落ちた。 

「……。兎雪とせつ、か」

 顔に掛かった一枚をめくる。

 そこには、各種オプションを装備した白い駆体の写真。

 宗春を彷彿とさせる、どこか無機質で美しい姿が映っていた

「なんだ、それは?」

 スピーカー越しに宗春の声がした。

 収音マイクに接続した為、手を塞がなくても会話できるようになったが。

 間に合わせの部品で改造したせいか、相変わらずカリカリという機械音が混じっている。 

「んー。あんたが前の試合で滅茶苦茶にしたライトニングの、新しい外装だよ」

「ほう」

「ほう、じゃないわよ。壊したのは”あんた”なんだからね」

「よくある事だ」

「あってたまるか」

 リーシャが溜息をつき、カレンからもらった紅茶をすする。

 琥珀色の心地よい香りが、気持ちを落ち着かせた。 

「ねぇ、宗春」

「どうした?」

 呼びかけたは良いが、次の言葉を口にできない。

 理由は分かっている。

 この言葉を口にしたら最後。

 おそらく自分は、もう後戻りはできない。

 悪いお姫様はこの国にいるの?

 もし、居たとしたら。

 だが――。

 それでも、他に道はない。

 そう思えた。

「……やっぱり、何でもない」

 ――もし、私があんたの復讐に協力するって、言ったら。

 あんたは、私に力を貸してくれる?

 リーシャにはそれが、人ではない”何か”との契約のように感じた。

 途中で降りる事など、許されない。

 黒い、契約。

 その覚悟が持てない自分が情けなく思える。

 項垂れた頭を腕で支えながら、

 培養管の宗春を見つめ、小さく自分をなじった。


 二日後。

 その日は早朝から慌ただしかった。

 工房には数人のスタッフを連れたカレンが、持ち込んだ兎雪のパーツ類の搬入を指示している。

 リーシャはスタッフの一人から仕様書を渡され、説明を受けていた。

「リーシャ!」

 カレンに呼ばれ振り返ると、そこには簡易的に組み立てられた兎雪の姿が、そこにあった。


「……お、おぉ!」

 思わず漏れた感嘆。

「綺麗でしょ? 正式名称 白鹿複合装甲。名を、……兎雪とせつラミナ」

 微細梨地びさいなしじの白銀色。

 光の角度によっては淡い青を帯びる。

 冷却蒸気を反射し、まるで“雪に包まれた金属”のような質感。

 白鹿の象徴色〈白と青〉を再現した、意匠。

「下地の銀色は、リーシャのライトニングにも通じるものがあるね」

 あまりの美しさに、カレンの問いかけに上の空で答える。

 兎雪とせつラミナと命名された、白き装甲にひたりと触れる。

 まるで全身に電気が奔ったかのような、目の覚める衝撃。

 装甲に触れた指先に、ゆっくりと熱が通う。

 呼吸の度に、胸に溜まっていた淀みが消えていく。

 宗春の復讐の話が段々と晴れていく気分だった。


 宗春の復讐など知らない。

 ただ――この駆体で勝ちたい。

 技工士としての想いが、全身に満ちるようだった。

「さて、お待ちかねのフェイスパーツだよ」

 スタッフが二人掛かりで、外箱から最後の装甲を慎重に取り出す。

 頭部を包んでいた布が床に柔らかく落ちる。

 歩みを進めるカレンの足音だけが、工房内に浸み込む。

 布を拾い、カレンが自信に満ちた目でリーシャに向き直す。

「……どう? 仕様書にはない、私からのプレゼント」

「これって……!」

 単眼仕様の頭蓋部。

 それを見ていた宗春が思わず「ほう」と唸る。

「課長と、部長も巻き込んで、うちの最高級品を持ってきたよ」

 ふふんと胸を張るカレンに思わず抱き着く。

 現在単眼の導機兵は、闘技場において一機。

 十数年、トップランカーとして君臨し続ける、【錬鉄】メグ・リオンのみ。

 その意匠を汲んだ構成に、手に力が籠る。

 簡易とはいえ、全身が組み上がった。

 白鹿工房らしい、古く日夲にほんの騎士――武者鎧をモチーフにした特異な一品。

 気付くとカレンだけではなく、数人のスタッフも、神秘的な駆体に見とれているようだった。

「それで、広告の件なんだけど……」 

 武者鎧の大袖にあたる部分に、白鹿工房のロゴが左右に大きく刻まれている。

「……こんなもんでいいの?」

「うちの職人がごねちゃってさー。本当は全身にやりたかったんだけど」

 あはは、と愛想笑いをするカレンがすぐに押し黙る。

 少し溜息をして、営業の顔から親友の顔へと切り替えた。

「……ねぇ、リーシャ。私にできる事は、ここまで。だから……」

僅かに曇った表情を打ち消すように、リーシャが強く頷く。

「……大丈夫。勝つよ。絶対」

 その眼差しに、決意が宿る。


 納品を済ませたカレンたちが去っていくのを見届けると、工房は途端に静かになった。

 白い武者が凛と佇んでいる、静かな空間。


 リーシャは部屋着を脱ぎ捨て、作業用のつなぎに袖を通す。

 金髪を後ろできつく結い、保護ゴーグルを首から掛ける。

 穴あき手袋を指に馴染ませ、頬を一叩きした。

「宗春」

「……なんだ?」

 白い武者鎧を見ながら宗春を呼ぶ。

「もし、仮に。……仮にあんたの国を滅ぼした悪いお姫サマがいたとして……」

「俺が目覚めた以上、この国にいるのは間違いないだろう」

 あれはそういう類の呪いだ、と宗春が言葉を続ける。

 リーシャには理解できなかったが、どんなに離れていても必ず引き合うよう宿命になっているらしい。

「そう、そのお姫サマと戦う事になったとしても……」

 深く、呼吸をして決意を言葉にする。

「私。あんたの復讐なんかに、手は貸さない」

「……」

「でも、私はあんたの力を借りないと、たぶん、この戦いには勝てない」

 宗春は無言でリーシャの言葉を待つ。

 午後を告げる鐘が遠くで一度鳴り、沈黙が少しだけ伸びる。

「…そして、あんたは、私がいないと、……何もできない」

 自分で吐いた言葉が、喉の奥に苦みとして刺さる。

 真実を盾に、宗春に対して脅迫をしているのと同義だからだ。

 しかし。

 それでも

「だから、あんたは私を利用して。……私も、あんたを利用するから」

 それが、今のリーシャが宗春に対して出せる精一杯の回答。

 血生臭い私怨を汲みつつ、双方が納得できるギリギリの分水嶺。

 契約とも、共犯とも異なる、共生。

「私は、私の持てる力を全部出しきって、こいつを仕上げる。だから――」

 あんたも力を貸してほしい。

 恐れか、焦燥か。

 無意識に手を、痛いほど強く握りしめていた。

 培養管に浸された宗春の青い瞳を見る。

 その純白の決意に、瞼の無いホムンクルスが目を閉じ、思案しているようだった。

「――相分かった。約束しよう。俺はお前が全力を出す限り――」


 俺も死を賭そう。

 リーシャが無意識に口角を持ち上げる。

 全身が泡立つような熱さに、心が震えた。


 これより先、途中下車など許されない。

 互いの命が尽きるまで続く、見果てぬ戦いの旅路。

 たった今、手にしたばかりの白い覚悟。


 リーシャが、ゆっくりと一歩を踏み出した。

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