厄災のアイテム鑑定士

色々大佐

第一話 リーンとアデルト

 リーンはその日も不機嫌だった。折角もぐったダンジョンでゴミのようなアクセサリーしか手に入らなかったからだ。

 

 赤い宝石のようなものがはめられた首飾り。チェーンは銀で編みこまれた代物で、売りに出せばそこそこの値が付くだろう。だが、ダンジョンに潜るために使った秘薬や使われた装備品、道具や食料などを考えれば完全に赤字だった。


 黒髪のリーンに合いそうな首飾りだ。何か価値がありそうなら身につけてやろうとは思ったが、実際身に着けてみても、特に何もなかった。


 ダンジョンから出てすぐにある広場、大勢の探索者たちがひしめき合う中で、彼女リーンのいるベンチの割には人が寄り付かない。


 リーンは見た目だけなら線の細い美少女である。薄い黒色をした布の服に、白いスカートを履いた少女。その長い黒髪は彼女の性質を表したように漆黒の色を帯びている。


 そして、彼女の事を知らない人間はこの広場にいなかった。危険なダンジョンの中を最低限の防具で身を固め、トラップだろうと魔物の攻撃だろうと、あらゆる危険を紙一重で回避し、その見た目からは想像できない程の異常ともいえる怪力であらゆる敵を葬り去る化け物。


 そんな彼女にちょっかいを掛けようなんて人間はすでにいない。昔はいたが、悉くリーンに殺されたか、殺されなくても反抗する気概を失うくらいには彼女が叩きのめしていた。


 そんな彼女が不機嫌な顔で一人座っているのである。誰も関わりたくなかった。


 じゃあ、もう休憩も終わったし、はよいこかと立ち上がろうとすると、リーンの前に一人の青年が現れた。


「すいませんちょっといいですか」


 その青年はきっちりと髪型を決めた青年だった。散髪した直後なのだろうか、金髪の髪の毛は適度に耳の上にかかる程度で仕上げてある。服装も清潔感がある。白いYシャツの上には茶色の上着を着て、見ている人間にだらしなさも緊張感も与えるような物でもない。紺のズボンもしっかりアイロンでも掛けてあるのか皺ひとつ存在しない。


 あー、この手の輩かとリーンは思った。べつに珍しくない、商人の類だ。

 リーンに限らず探索者が手に入れた宝を、商人たちが優先的に売ってくれと頼んでくることがある。ただ、基本的にそういう商人達に対して探索者は冷たい。というのも、よく物の価値も分からなかった新人の時代に、一度や二度は高額な宝を不当に低い価格で売ってしまっていることがあるからだ。

 

「何の用、今は機嫌が悪いんだけど」

「あーいえ、そのあなたが手に入れている首飾りに関してなんですよ」


 これか、まあ多少なりとも見た目は良いからそこそこの値段にはなるだろう。リーンが首飾りを手でもてあそびながらそう思った。


「これ? まあ特に何の効果もなさそうだから、銀貨10枚くらいなら売ってあげてもいいわよ」

「あーいえ、そうじゃなくて、よろしければ、それを引き取って上げても良いと言いたかったんです。金貨五枚ほど払ってくれれば」


 リーンは言葉の意味を最初は理解できなかった。だが、理解出来るにつれて頭に血が上り始める、


「だれが払うって?」

「あなたが」

「誰に?」

「私に」

「何を?」

「金貨八枚ほどを」


 さらっと値上げしてきた。


「増えてんじゃねーか!!」


 リーンがぶちぎれたが、男性の方はさらりと受け流した。


「そうは言いますがこちらも商売ですので、時価という物がございます」


 もういい、話にならない。ちょっとツラ貸せやと後ろにある木の林をリーンが親指で指した。


「少し話があるからあっちに行こうか」

「申し訳ございません、私としてはもう少し肉付きの良い方がタイプでして、いえ決してあなたが魅力的ではないという意味ではございませんが、男女が人気のない場所で行為を行うにしては少々私達の過ごした時間が足りないと思います」


 よし殺す、こいつにはなんで人の指の爪が両手に十個もある上に他人の手で剥がれるように出来ているのかを教える必要がある。今までの経験から言うと三枚くらい剥がした辺りで全ての人間がその意味を理解してきた。どれだけ頭の悪い、鼓膜のモラルが人間以下の畜生共でも、優れた体験学習の力で理解力の極みを発揮してくれた。こいつにもそれを是非とも教えてやらねばならない。リーンはそう固く決意すると戦闘の態勢を取ると、相手の男が一枚の紙を差し出してきた。


「どうにも、今日は取引にならないとわかりました。後日、この地図に書かれている私の店にまでおいで下さい。では失礼します」


 そういうと男が背を向けるが、行動の選択肢をアドレナリンに任せているリーンには、それが隙でしかなかった。


 背中から心臓めがけて男の臓腑を握りつぶすべく手を前に突き出すが、その瞬間、男が消えてしまった。


「!?」


 辺りを見回すが、先ほどの男の姿がない。

 右を見ても左を見ても、先ほどの男がいない。いるのは、リーンを猛獣のような目で見ている野次馬たちばかりだ。


「何見てんのよ!!」


 リーンの怒声で、我先にと周りの人間達が逃げ出した。それでも怒りが収まらないのか、リーンは肩で息を荒げている。


「あいつ、本当に!!」


 そこで、自身が左手に掴んでいる紙切れを見た。そこには、アイテム鑑定士アデルトと書かれていた。


「アデルト……アデルト……覚えたぞアデルト!!!」


 名前は覚えた、後は探し出して殺すだけだ。そういえば地図も書かれているとかあのアホは言っていた。馬鹿め、獲物がわざわざ自分の居場所を教える等とは!! リーンがそう期待して紙面の裏側を見ると、そこには幼稚園児が適当に自分の住んでいる場所を書きなぐったかのような、識別不能な地図らしきものが描かれていた。

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