第5話「復讐のプレリュード」

 復讐の第二幕は、静かに、しかし確実に王国を蝕む計画から始まった。


「ヴォルフ。ゴライアス」


 謁見の間で、私は二人の幹部に指示を出す。ノワールは玉座に座り、面白そうにその様子を眺めていた。


「呪われた森の魔物を統率し、王国の辺境の村々を襲撃しなさい。ただし、条件があります」


「条件、だと?」


 腕を組んだヴォルフが、訝しげに聞き返す。


「ええ。まず、死者は出してはいけません。徹底的に痛めつけ、再起不能なくらいの重傷を負わせるだけに留めること。そして、村の食料や財産を根こそぎ奪いなさい。目的は殺戮ではなく、恐怖と混乱、そして『治せない怪我人』を大量に作り出すことです」


 私の言葉に、ヴォルフもゴライアスも、そしてリリスも意図を察してにやりと笑った。

 偽聖女リナには、重傷を癒す力はない。つまり、大量の重傷者が王都に送られれば、彼女の無能さが白日の下に晒されることになる。民衆の不満は、一気に爆発するだろう。


「承知した。面白い余興だ」


 ヴォルフは好戦的な笑みを浮かべ、すぐさま行動に移っていった。寡黙なゴライアスも、重々しく一礼して部屋を後にする。


「ねえ、エラーラ様。なかなかえげつないこと考えるじゃない」


 リリスが私の肩に寄り添ってくる。


「復讐とは、そういうものでしょう?」


 私は冷ややかに微笑んだ。甘い感傷など、あの日に森へ捨ててきた。


 計画は、恐ろしいほど順調に進んだ。

 数日後には、リリスがもたらす情報で王国の惨状が手に取るように分かった。

 辺境の村々は次々と魔物の襲撃を受け、家々は破壊され、多くの民が重傷を負った。報告を受けた王国騎士団は救援に向かうが、ヴォルフ率いる魔物たちは狡猾だった。騎士団が到着する頃には姿を消し、別の村を襲う。完全な、いたちごっこだ。

 騎士団長の任にあるアレスは、後手後手に回る対応に疲弊しているらしかった。

 そして、私の狙い通り、治療を求めて王都に運び込まれた重傷者たちが、神殿に溢れかえった。

 彼らは皆、真の聖女様ならばと、リナに最後の望みを託した。


 しかし、リナにできることなど、たかが知れていた。


「聖なる光よ、その者を癒したまえ!」


 彼女が必死に祈りを捧げても、民衆に降り注ぐのは、ほんのりと温かい程度の微弱な光だけ。骨折も、深い裂傷も、何一つ治りはしない。


「な、なんで……? こんなはずじゃ……」


 リナは蒼白な顔で呟き、何度も祈りを繰り返すが、結果は同じ。魔道具の力は、単純な治癒現象を模倣するだけで、エラーラが使っていたような生命力そのものを活性化させる奇跡とは、根本的に違うのだ。


「おい、聖女様! ちっとも治らねえぞ!」


「息子が死んでしまう! 早く治してくれ!」


 最初は期待の眼差しを向けていた民衆が、次第に疑念と怒りの声を上げ始める。


「もしかして、リナ様も偽物なんじゃないのか……?」


「じゃあ、本物の聖女様は……? 俺たちが追い出した、あの方こそが……」


 そんな声が、人々の間で囁かれ始めた。

 アレスは、神殿で立ち尽くすリナの元へ駆けつけ、彼女を庇うように民衆の前に立った。


「静まれ! リナ様はまだ、この国の環境に慣れていないだけだ! すぐに力は安定する!」


 苦しい言い訳。彼自身、リナの力の限界に気づき始めているのだろう。その顔には、焦りの色が濃く浮かんでいた。


「アレス……私、どうしよう……」


 リナは、アレスの腕の中で泣きじゃくっている。その光景を、私は魔王城の魔法の水鏡を通して、冷ややかに見つめていた。


「クククッ、傑作だな。自分たちで本物を追い出し、偽物を担ぎ上げた結果がこれか。実に滑稽だ」


 隣で見ていたノワールが、心の底から楽しそうに笑う。


「ええ。でも、まだ足りません。彼らが味わう絶望は、こんなものでは生ぬるい」


 私は水鏡に映るアレスを、金色の瞳でじっと見つめた。

 ねえ、アレス。あなたは今、何を思っているの?

 私を偽物だと断罪したことを、ほんの少しでも後悔している?

 いいえ、まだ早いわ。あなたの後悔は、そんなものでは済まない。これから、もっともっと深く、あなたの心を抉っていくのだから。


 私は立ち上がると、次の計画を練るためにリリスを呼んだ。


「リリス。王都に不治の病を流行らせることはできる?」


「病、ですか? お安い御用ですわ。私の眷属である夢魔を使えば、人々の精神を蝕み、原因不明の衰弱病に罹らせることなど簡単です」


「お願いするわ。ただし、これも死なない程度に。目的は、苦しみを与えることだから」


「かしこまりました、我らが黒の聖女様」


 リリスは妖艶な笑みを浮かべ、闇の中へと姿を消した。


 王都は、怪我人と病人、そして食糧不足で、地獄のような様相を呈し始めるだろう。

 アレス。リナ。そして、私を裏切った全ての者たちよ。

 あなたたちが築き上げた偽りの平和が、音を立てて崩れていく様を、特等席で見届けてあげる。これが、私からのささやかな贈り物よ。

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